文芸部事件・問3
「お見舞いなら早く行ってあげたほうがいいわよ。昼休みも終わっちゃうし」
壁に備えられているホログラムに時刻が浮き上がっている。
十三時。昼休みが終わるまで三十分しかない。
「理解くん。三人から話を聞かないと」
「気になる事件になってきたからね」
四百先生に聞こえないよう小声で話す。
本宮さんが倒れた原因は外傷でも病気でもない。それなのに突然前のめりに倒れて額をぶつけたのだ。人間が倒れるときには防御反応を無意識に取るため、額をぶつけて気を失うとは考えにくい。
「一番奥って言ってたよね」
「カーテンで閉じられたところかな」
少しだけ着崩された制服からふんわりと香る好きな香りが僕を横切って進んでいく。前を行く景の髪からはインナーカラーがたなびくカーテンのように揺れ動いている。中学校の頃にハマっていたバンド漫画の主人公にそっくりな姿に僕は格好良さを覚えていた。いつだって景は僕の好みに寄せてくるから困ったものである。
景に後れを取らないように僕も後ろを付いていく。本宮さんが寝ているベッドの周りはカーテンで区切られていたが、差し込む光によって、ベッドを取り囲むように立っている三人の影が浮かび上がっていた。
「お邪魔するよ」
僕はカーテンを開けて三人の前に顔を出す。
「揣摩?」
「どうも、揣摩理解だよ」
「どうしたんだお前」
「本宮さんが倒れたところを見て心配だったからお見舞いに来たんだよ。一応運び出すところにもいたからさ」
「揣摩くん、ありがとう。読子ちゃんは大丈夫だって四百先生は言ってたから安心して」
「それなら良かった」
あらかじめ聞いていた内容でも初めて聞くふうに装うのは社会を生きていくために必要な力だ。ぶっきらぼうな対応をした編縫くんに対して、浮鉄さんは優しく応えてくれる。滑川さんはベッドの脇に座って、心配そうに本宮さんの頬を撫でていた。
「さっきは自己紹介出来なかったね。僕の名前は揣摩理解。一年F組の生徒だよ」
三人のことをよく知らないから自己紹介をしてもらう。編縫くんは分からないが、浮鉄さんの性格なら自己紹介を蔑ろにはしないだろう。
「えっと、浮鉄燐です。一年C組にいます。異能は――」
浮鉄さんは腰まで伸びたロングヘアーに赤い眼鏡をかけている。身長は一五〇センチ程度だろうか。景よりも身長が低いはずだ。
表立って発言することに慣れておらず、自己紹介をしている最中も僕と目を合わせることはせず、チラチラと編縫くんに目配せをしていた。
「浮鉄、Fクラスの奴に異能を言わなくてもいいだろ。俺の名前は編縫尖。浮鉄と同じ一年C組だ」
僕よりも高い身長は一七〇センチ後半はありそう。体格も良く、金髪に染められた髪は不良みたいで圧がすごい。威圧的な態度はCクラスという恵まれた異能の賜物かもしれない。
それに編縫くんは学校がつけたランクに従順なようだ。まあ、Fクラスが下に見られるのは仕方がない。別に怒るようなことでもないからスルーしよう。
編縫くんに強く言われた浮鉄さんは肩を縮こませて「分かった」とか細く呟いていた。力関係が垣間見える。
「おい、滑川」
「え? 何?」
「そこのFクラスに自己紹介してやれ」
「なんで?」
「なんでって、そりゃ――なんでだ?」
自己紹介をすることに疑問なんてないだろう。袖触れ合うのも他生の縁と言うように、本宮さんが倒れていたところで出会った僕たちにも縁があるはずだ。
いきなり顔を出したFクラスを警戒するのも分かるから、正直に話すことにした。
「さっき四百先生に聞いたんだけどね。本宮さんは外傷も病気もないのに額から倒れてしまったみたいなんだよ。受け身も取らずにね。それがおかしいなって思って話を聞きに来たんだよ」
「興味本位で気を失っている本宮のことを探りに来たってことかよ」
一瞬で頭に血が上った編縫くんは僕に詰め寄ってきた。暴力を振るわれることはなかったが上から睨みつけられている。
「編縫くん。やめたほうがいいと思う、よ?」
「そうだよ編縫。暴力なんて起こしたら評価下がるよ? あんた、評価下がることを一番嫌ってるんだから下手なことはしないほうがいいわ」
「ちっ。分かってるよ」
刃を鞘に収めた編縫くんは詰め寄ってきた距離と同じ分だけ後ずさる。編縫くんは上昇志向がすごいみたいだ。
「編縫がごめんね」
滑川さんが顔の前に手を持ってきて僕に謝る。
「気にしてないよ」
「それなら良かった。悪いやつじゃ無いんだけどね」
「滑川ぁ!」
「あんまり大きい声出さないでよ。保健室なんだから。――自己紹介だったわね。私の名前は滑川擦。二人よりも一ランク上の一年Bクラスに所属してるの」
滑川さんは小さなポニーテールをした垂れ目の女子。迫力のある編縫くんに意見を言える様子から芯の強い人なのだろう。怯えている印象を受けた浮鉄さんとは対照的だった。
「そんでFクラスが何を調べてるって?」
凄みを効かせて編縫くんが聞いてきた。
「本宮さんが倒れた原因かな。ちょっと理解ができない状況でさ」
「倒れて頭を打って気絶した。それだけだろ」
「倒れた原因が分からないから気になるんだよ。頭なんて人間が一番最初に守るところでしょ? それを守らないで額から倒れるなんてあり得ないし」
「読子ならあり得ると思うけど」
滑川さんは気持ちよさそうに眠っている本宮さんの顔を見ながら呟いた。
「どういう事?」
「ちっ。Fクラスに話すことはねえよ。お前、自分の異能を使って評価を上げられるかもしれないから首を突っ込んでんだろ? Fクラスの考えそうなことは分かる。大した異能を持ってねえんだから変な正義感を見せんなよ」
当たらずとも遠からずな評価をした編縫くんを見直してしまった。言動から頭の弱い相手だと思い込んでいたが、僕のことを観察する能力はあったみたいだ。
評価を上げられると思ってやっているわけではないけど、異能を使って解決できるかもしれない事件にワクワクしているのは事実だ。解決しようとしている感情が正義感なのかは分からないけど。
「じゃあさ」
今までの発言を全て聞いていたのは僕たちだけじゃない。
再びカーテンが開かれると、景が内側に入ってきた。
「誰だよ、この女」
「こんにちは、編縫くん。私は冥覧景」
「冥覧? 冥覧ってまさか」
景の名前を聞いた瞬間、編縫くんの表情が固まった。二人は知り合いなのだろうか。景は僕の友好関係を知り尽くしているけど、僕は景のことをあまり知らないと思う。
編縫くんだけじゃなく、浮鉄さんと滑川さんの視線も景に注がれる。場の空気に乗り遅れないように僕も景のことを見た。
「Fクラスの理解くんには話せないって言っていたけど、Aクラスの私になら話せるよね?」
「ゼクスの冥覧がなんでFクラスと一緒にいるんだよ」
ゼクスの冥覧とはなんだろう。聞いたことがない呼び名だ。
「ゼクス?」
「なんかAクラスって八人しかいないから、その中でもランク付けされてるみたいなの。其々の異能が違うんだから分けられるはずが無いのにね」
「じゃあ景の下には二人いるんだ」
「私の上には五人いるよ」
「Aクラスって層が厚いんだね」
「面の皮も厚いから面白いけどね」
Aクラスといえば学年の代表のようなものだ。
僕の幼馴染が上から六番目に居るなんて鼻が高い。逆を言えば、景の異能はそれほどまでに評価されているということ。身を削るものだから多用はできないが、一瞬の使用で事象の変化をもたらすから、期待されているのだ。
「なんで、AクラスがFクラスに協力するんだ」
「私と理解くんは幼馴染だからね。ランク制度を知る前からの関わり合いだからクラスなんて関係ないの」
動揺する編縫へとどめを刺すように景は言い放った。
Cクラスであることが僕へのマウントだった編縫はAクラスが出てきたことで牙をもがれた獅子のように弱々しく見える。そんなに景は怖いのだろうか。




