文芸部事件・問2
「話は変わるけど、景がここにいるのってなんで?」
叫び声が聞こえて来た時には僕一人だった。直前まで景と話していた訳でもなく、男子トイレから出た直後にここへ向かってきたのだ。他の生徒には叫び声が聞こえていないのか、誰もやって来ない。階段の近くにいた生徒にしか聞こえていなかった可能性が高い。
一年である景が階段の近くにいる姿を見ていない僕からすれば、彼女がここに居ることが不思議極まりないのだ。
「だって理解くんがここにいることを知っていたから」
「――またやったね?」
「何のこと?」
蠱惑的に口角を上げた景はわかった上で聞き返している。
僕たちの間に隠し事なんてあるわけがないのに。
「異能のことだよ。やめてねって言ってるじゃん」
「そんな酷いこと言わないでよ。私は理解くんの事を見守っているだけ。事件の匂いがしたらって自分から動くなんて……。やっとクラスを上がる気になったんだって嬉しくなってさ」
景の言う『上がる気』っていうのはFクラスから脱出することを言っている。Fクラスに居続けるつもりはないけど、そんな事を知らない景からすれば僕には向上心が無いように見えていたのだろう。
「ほどほどにね」
「そんな事言わないでさ、私と一緒に授業受けよう? もし理解くんが上がりたくないなら私がFクラスで授業受けようかな」
「景が? Fクラスで? そんな事学園が許すわけないじゃん。Aクラスの生徒がFクラスに入るなんてことを」
冥覧景。『物質が見た景色を見る能力』の持ち主。デメリットは『見ている間は呼吸が止まる』。景の異能は一瞬しか使うことができず、長時間使ってしまえば命の危険すらある。
強い異能に付いて回る重いデメリット。異能を使う頻度が少なくてもAクラスに入れるポテンシャルが景にはあるのだ。
「そうしたら理解くんのことを肉眼で見られるでしょ?」
「異能を使って見ることもやめてよ。デメリットを考えると気が気じゃないんだから」
「そのおかげで私はこの教室にいるの。理解くんは事件の匂いを感じてここに来たんでしょ? それなら幼馴染の私がフォローしてあげなきゃ。Aクラスの私がいれば融通が利くよ?」
確かにFクラスの僕が発言するのと、Aクラスの景の発言では説得力が変わってくるだろう。学校という小さな社会でも、ランク制度によって優劣がつけられる。
入学試験の時に僕の異能が最低評価を付けられたことに景は憤っていた。遅効性の異能は評価が難しく、僕の異能は明確な変化を起こすことができない。本人が妥当な評価だと諦めているのに、景だけが評価に納得していなかった。
「事件って……。本宮さんが倒れたのは病気か何かじゃないの?」
だからこそ、景は僕の評価を上げるために事件を求めたのだ。
「理解くん。君の異能は物事を解き明かすためにあるんだよ。先入観に囚われずにちゃんと考えなきゃ。お弁当の御礼だと思ってこの事件に首を突っ込んでくれると私は嬉しいな。本宮さん? が病気で倒れたなら早期発見できてラッキー。逆に事件だったら解決できるのは理解くんしか居ないんだから解決できて評価も上がって最高でしょ?」
事故か事件か、現状では判断をすることが出来ない。
事件を解決することができるなら喜んで異能を使わせてもらう。幸いにもFランクの異能のデメリットは大したことがないから、景みたいに慎重にならなくていい。
乗りかかった船だと思い、僕は文芸部で生徒が倒れていた事件について調べていくことにした。
「それならまずは三人に話を聞きに行かないと。倒れていた本宮さんのことも、発見者である三人のことも、名前しか知らないからさ」
解決のためには情報を集めなければいけない。
乗り気になった僕を見て、主人に懐く番犬のような表情に変化した景を連れて保健室へ向かった。
*
「失礼します」
「一年生ってことは本宮さんのお見舞いかしら」
一階にある保健室は病院の一室かと見間違う程に設備が整っている。ベッドの数も片手で数え切れないほど置かれており、異能者は国から大切にされているのだ。末端であるFクラスでも授業料の大半が免除されていることからも、国は異能者を管理したいのだ。手厚い待遇をを約束することで他国に流れ出ることを避けようとしている――とニュースで見た気がする。
保健室の扉を開けると白衣を纏った二十代後半の女性が僕と景を迎え入れた。彼女の名前は四百四病先生。若いながらも異能学園の保健医に選ばれた理由は持ちうる異能のおかげだった。
四百先生の異能は『患者の悪いところを見れる』ものであり、医者にもなれそうなほど優秀で学生時代はAクラスにいたらしい。しかし、デメリットの『見た相手の症状が重いほど自分に鋭痛として現れる』ことで医者の夢は諦めたと本人が言っていた。保健医なら学生の怪我など大したことではなく、自分に表れる鋭痛も弱いらしい。
「まあ、そんなところです」
「一番奥のベッドに寝かせているわ」
「四百先生は本宮さんの病状を確認してくれましたか?」
「ええ。そのために私がいるんですもの。本宮さんは至って健康体です。頭を打った衝撃で気絶しているだけで命に別条はありません」
「倒れた理由って……」
「何かに躓いてしまったのでしょう。額を打っていたから」
額を打ったということは前のめりに倒れたのだろう。パイプ椅子から転がり落ちてしまったのかもしれない。
「外傷とかってありました?」
「外傷? 特になかったと思うわよ」
誰かが危害を加えたわけでもなさそうだ。
健康体と言っている以上、病気が原因で倒れたわけではない。つまり、別の要因によって本宮さんは倒れていたことになる。
「一応お見舞いに来た人も名前を書いてもらうようにしているの。貴方たちもクラスと名前を書いてもらってもいい?」
四百先生はクリップボードに挟まれた保健室使用名簿を僕に差し出した。欄には編縫くんたちの名前も書かれており、一番上には付き添っている浮鉄さんと同じ筆跡で本宮読子の名前が書かれていた。
クリップボードを受け取って自分の名前を書き景にも渡す。紙にペンを走らせる音が止まると、四百先生にクリップボードを返却した。
「FクラスとAクラス? また面白い組み合わせね」
名簿を確認した四百先生は流し目で僕らを見る。FクラスとAクラスが交わることなど学校行事以外ではあり得ない。卒業生だからこそ僕と景が一緒にいる違和感を覚えたのだろう。
「幼馴染なんですよ、私たち」
「腐れ縁ってやつなんですよ、僕たち」
「ランクを気にしないで仲良くすることは素晴らしいじゃない。Aクラスの生徒はFクラスを見下しがちだから……」
「そうなの?」
AクラスがFクラスをどう見ているのかは気になってしまう。
面倒くさそうな苦笑いを浮かべている景に聞いた。
「まあね。Fクラスに限らないけどCクラスくらいから馬鹿にしてるかな。Aクラスって八人しかいないでしょ? 自分たちを選ばれた存在だと思ってるみたい。私は理解くんがFクラスにいるからどうでもいいけど」
「上は上で大変なんだね」
「学校が決めたランクを絶対だと思ってるあたりが痛々しいよね。Fクラスにも凄い人はいるのにさ」
景の双眸は架空のFクラス生徒を浮かべているのではなく、僕のことをまっすぐに見つめていた。
彼女の期待に添えるような事をした覚えはないのに、何故評価されているのだろう。幼馴染としての贔屓目がすごいと思う。
「君たちの関係性は分からないけど異能で判断しないっていうのはいいことね。揣摩くんは上を目指して、冥覧さんはそのクラスを維持するように頑張って卒業を目指すといいわ」
言われなくても将来のためにAクラスを目指すつもりだ。
「だってさ、理解くん」
「考えておくよ」
叶わない妄想を描く愚か者だと思われたくないから他人には言わない。評価とは個人の行動に自ずとついてくるものなのだ。
幼馴染の景にだって僕がAクラスを目指すことは言わない。言ってしまえば彼女が僕のために何をするか想像もできないから。僕に対して友情より大きい感情を持っている景にはなるべく異能を使わせたくないのだ。




