08
翌日。一番のお気に入りだったドレスしか持ってこなかったのは失敗だった、と思いながらも、着替えるものがこれしかないのでわたしは袖を通す。……まあ、ぎちぎちにコルセットを締め上げないと着られないようなドレスでなかっただけマシというものか。絶対に一人では着られないもの。
……まあ、これも背中にボタンが付いているから、一人で着るのは厳しいけど、ギリギリ、なんとか……届く……、くぅっ!
一人格闘し、なんとか着れたところで、コンコン、と部屋の扉がノックされる。
「はぁい、よろしくてよ!」
そう言うと、現れたのはマルシだった。
彼はわたしの姿を見ると、「……夜会パーティーにでも行くの?」と聞いてくる。
「仕方ないでしょう、これしか着替えがないんですもの。下着で過ごす方が問題でしてよ」
昨日着ていた服は洗濯中。今、外で干れている。なんならこの部屋の窓から見える位置に、干場を借りている。わたしと一緒に海へと落ちた鞄だったが、公爵家御用達の鞄職人の鞄は実に優秀だったようで、中まで浸水しているということはなかった。まあ、正直時間の問題で中まで水浸しになったとは思うが……すぐに呼吸ができるように魔術を使ったのが功を奏したのだろう。
「まあ、そりゃあそうだよね。……おっと、こんな話をしに来たんじゃなかった。アルベルトから聞いたんだけど、魔術が使えるって本当?」
「……貴族のたしなみ程度には」
「そりゃそうだよね、オヴントーラのご令嬢だもの」
自分で、貴族のたしなみ、とか言っておきながら、オヴントーラの名前を出されるとなんだか少し気まずい。
「……もう、オヴントーラではないので、その言い方はやめてくださいまし」
わたしがそう言うと、マルシは、苦笑いを浮かべた。
「ごめんごめん、気を付けるよ。……実はさ、冒険者ギルドの倉庫に術具がしまい込まれてるんだけど、修理できたりしないかな?」
「それは……見てみないとなんとも。簡単なものなら直せると思いますけれど」
術具――魔術の知識や魔力がない人間でも、魔術の恩恵を受けられるように作った道具。
本来、魔術を使うにはいろいろと知識が必要なのだが、術具があれば仕掛け一つで魔術のような現象を起こすことができる。
ゼンマイをひねれば明かりをともすランプや、ボタン一つで火を起こすかまどなど。
知識としていろいろ勉強してきたので、日常使いされるものなら扱える。
けれど、冒険者御用達の武器類は自信がない。初心者用のものや、簡単な作りなら話は別だが、有名鍛冶師の一点品、みたいなものは流石に無理だ。
「それでもいいから、見るだけ見て、直せそうなら直してほしい」
「ギルド長から直すようにせっつかれてるんだけど俺には全然わからなくて」とマルシは困ったように笑う。
「報酬は……そうだね、とりあえず一週間分の宿でどう? ここみたいに素泊まりじゃなくて、ご飯が二食付く宿。……あー、お貴族様だと、二食じゃ足りないかな?」
むしろ、これから路頭に迷うはずだったのだ。一週間でもあればありがたい。今後の方針を決める余裕があるのはうれしい話だ。
何より、この宿の代金を、貸しとはいえ出してくれたマルシからの頼まれごとだ。断る理由など、どこにもない。
「十分すぎる報酬ですわ。……倉庫とやらに案内してくださる?」
一瞬、このドレスで倉庫に行くのか、と迷ったけれど、この服で行くしかないのだから仕方がない。
いっそ、今後の仕事につながらないかしら、と思いながら、わたしはマルシの後についていくのだった。




