06
ここまでくれば、いくらわたしでも、彼が何を言いたいか、ようやく理解することができた。
ここから逃げるために、転移魔術を使ってほしい、というところだろう。
わたしはゆるく、首を横に振った。
『えんてぃぱいあ、帰る、できない』
わたしが使える転移魔術は、何度も訪れたことのある場所へ移動するものだけだ。
もう二度とエンティパイア帝国の領土に足を踏み入れることができないわたしには使えない。帰る場所がないのだから。もし帰ってしまったら、今度は物言わぬ死体として、海に放り投げられることだろう。そんなでは、現状と何も変わらない。
すると、青年が首から下げていた、デザイン性のかけらもない首飾りを渡してきた。緋色の石に穴をあけ、ひもを通しただけのもの。石は綺麗に割られ、下半分がない。
押し付けるようにしてこちらへ渡してくるので、わたしは思わずそれを受けとった。
じっくりと観察してみると、それは転移石だった。緋色の物は珍しいが、間違いない。
転移石は人工の術石の一つで、半分にして使うもの。半分を持っていると、もう片方の場所へと移動できる。
確かにこれならわたしでも使えて、知らない場所へも転移できるが……。
『えんてぃぱいあ?』
一応、転移先を聞いておく。
青年は首を横に振った。
『らんすべるひ』
そう答えられた地名に、心当たりがない。エンティパイアに属する国名ではないことは分るが、国よりもさらに細かい地名は流石にすべて覚えているわけではない。
『らんすべるひ、島。国、違う』
――国じゃない? 島……というならば、エンティパイアから半日で行けると噂のあの島か?
晴れた日に、エンティパイアの中心地、帝中都から見える、傘下国でない、小さな小島を見ることが出来る。多分、それのことを指しているのだろう。
わたしは意を決し、右手で転移石を握りしめ、左手で青年に抱きつく。転移石は、発動者と、その者が触れているものしか飛ばすことが出来ないのだ。
わたしと青年の間に挟み込むようにして鞄を入れることを忘れない。青年はたじろいだが、わたしは構わず詠唱をする。
「英知を預けし者よ、先人様、先人様。我が身を共に、我が物を傍に――先人様」
ふ、と転移石が熱を持つ。火傷しそうなほど熱いが、手放してはならない。そして、ぱ、と光ったかと思うと、急激に熱が引いていく。まぶしさにつむった目を開けば、そこはもう暗い海の中ではなかった。
「……ここ、どこ――ひゃあ! ごめんなさい!」
最初のうちは転移酔いで頭がぼーっとしていて気が付かなかったのだが、よく見れば、机の上に載っていた。しかも、食事中の人がいる場所だ。慌てて机の上から降り、周りを観察してみれば、どうやら食堂かなにかであることが分かる。
少し埃っぽく、丸机は木製、椅子は酒樽の使い古し。侯爵令嬢として生きていれば、一生縁がなかったであろう、俗っぽい庶民の店だ。




