04
人型の魔物なのだろうか。
わたしの乗る小舟の船べりを掴む手を見て、初めに思ったのはそれだった。
次いで思ったのは、このまま船に乗り込んできて、わたしを食べるつもりなのだろうか、ということ。
「い、や……! し、死にたくない!」
先ほどまで、覚悟を決めていたはずなのに、いざその場面になると、急に体が冷え、死にたくないという感情がわたしの体を支配する。
しかも、食べられるのだとしたら、ひと思いに死ねない可能性の方が高いかもしれない。
わたしは持っていた櫂でぺちぺちと手をたたく。けれども非力な令嬢が叩いたところで何になるというのか。強いと有名な冒険者ですら、命を落とす魔物相手に。
むしろ櫂をつかまれてしまった。
なんとか振りほどかないと、と立ち上がり――ぐらり、とバランスを崩した。
わたしが乗っていたのは、人ひとり分のスペースくらいしかない、小さな船。急に立ち上がったら、転覆くらい、簡単にしてしまう。
「きゃ――」
ざぶん! とわたしの体は海へと放りだされた。鞄だけは、と包み込むようにしっかり抱きしめるが、これでは泳げない。
いや、もともと泳いだこともないのだから、必然的におぼれるしかない。
唐突に投げ出されたので、ろくに息を吸う暇もなく、すぐに苦しくなる。けれど、暗い夜の海の中、まともに目も開けられず、どこに向かえば海面に出られるのか、それすらもわからない。
――いやだ、まだ死にたくない!
ざわざわと頭の中をめぐる走馬燈。二人分の走馬燈が、わたしの頭を占める。
そして、一つの活路を見つけた。
「がぼっ……」
声も出ない中、わたしは必死に頭の中で詠唱をする。
――ヴァッサクア様、ヴァッサクア様
――我が生を共に、我が鼓動を共に
――ヴァッサクア様
ふわ、と淡く光ったかと思うと、わたしの口元に小さな泡ができる。それはだんだんと広がっていき、わたしを包み込む球体となった。
球体の中は、地上と何ら変わりなく、呼吸することができる。先ほどのは、水中で活動するための魔術文句。主に暗殺者、諜報者が習得するもので、公爵令嬢が覚えるような魔術ではないが、トゥーリカに何か一つでも勝りたいと必死になっていた時期に手を出したものだ。
こうして命を救われたのだから人生何が役に立つのかわからない。
「っ、ぐ、げほっ! はー、死ぬかと」
わたしは息を吸い込む。鼻に水が入ったようで、ツーンとして苦しいが、呼吸できるだけありがたい。
呼吸も落ち着き、あたりを見回すが、魔物は見当たらない。先ほどの、人型と思われる魔物はどこにも――。
「――え」
そして、ふと気が付く。
真っ暗だったはずの海が、ほんのりと赤いことを。初めは、血かと思った。けれど、違う。
今、わたしが入っている球体より、一回りほど大きな赤い円。
――これは、目か。
気が付いた瞬間、死を覚悟した。今度こそ、本当に逃げられようがない。これほどまで大きな目を持つ魔物。食べられたら、ひとたまりもない。




