03
けれども、トゥーリカはとにかく優秀だった。フィオディーナが努力していないとは言わない。けれど、トゥーリカが十努力すれば十身につくのに対し、フィオディーナは十努力しても四しか身につかない。とにかく努力を結果につなげるのが苦手な女だったのだ。
その苛立ちは、どんどんと膨れ上がり、常にカリカリとし、些細なことで声を荒げる女になった。そんな女が婚約者だなんて、きっと王子も嫌だったのだろう。
トゥーリカと王子が仲良くなるのも時間の問題だった。
唯一、己が勝っていると確信できたものですら、トゥーリカがかっさらっていく。
その怒りがまたつのり――以下はひたすら悪循環していくだけだ。
そうしてついにトゥーリカへの怒りを行動に移し、結局はこうなってしまっている。
もう一人のわたし――前世のはどうか。
これが驚くことに、詳しく思い出せない。
詳しく、というのは、どういった人物だったか、ということが、だ。
名前も、歳もわからなかった。王子に詰め寄られたとき、王子を年下だ、と無意識に思っていたことから、おそらく二十よりは上のはず。王子は今年で十九になるのだから。
住んでいた国の名前すら思い出せない。
王政ではなく、貴族階級も存在しない国で、ただの一般人として働いていた。そんなことしかわからない。
まぎれもなく、この国ではない、フィオディーナではない誰かとして生きてきた記憶はあるのに、細部はもやがかかったようだ。
もちろん、頭の中の引き出しの中から引っ張り出すように、一つひとつ丁寧に思い出そうと頭をひねればまた違うかも。
けれども、今、この状況でそれをできるほど、心に余裕がない。
今までエンティパイアで生きてきたフィオディーナがベースで、ところどころ別の誰の記憶がちりばめられている。
少なくとも、それが理解できていれば、それで十分だった。少なくともこの世界の常識は備わっているのだから。
「まあ、もう死ぬかもしれないのだけれ――ヒィッ!?」
ちゃぷ、と水音がした。背後からだ。ざと血の気が引く。夢であってくれと、強く願う。
けれども、現実は非常だ。ざば、と再び、水音がした。気のせいじゃない。確実に、何かがいる。
わたしはぎゅ、と鞄を抱きしめた。
お母さま、わたしはそちら、天国には行けず地獄に送られるかもしれません。けれども、どうか一思いに死ねるよう、お願いしたします。
そんなことを考えながら、わたしはゆっくりと振り返る。
――そこには、わたしの乗る小船の船べりを掴む、何者かの手があった。




