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迷ったけれど、ここで断ったらせっかく案内してくれたアルベルトに悪いだろう。わたしは意を決して、パンを一つ注文する。
丸いパンは製法が違うのか素材からして別物なのか、エンティパイアにいた頃よりもずっと固い。……単純に、侯爵家のパンと普通に街中で買えるパンを比べるのが間違っているというのもあるかもだけど。
一口大にちぎろうとしても、結構力がいる。パンなので、ちぎれないわけじゃないんだけど、綺麗にやるには力加減が難しい。
わたしがもたもたしていると、アルベルトが、「わざわざちぎらなくたって、かぶりつけばいいだろ」と言い、わたしが買ったものよりも二回りくらい大きなパンをそのまま食べる。
……そうか、パンって別にちぎって食べなきゃいけないものじゃなかったか……。侯爵家でのマナーが染みついていたらしい。前世では普通にそのまま食べていたのに。
少し迷ったけれど、わたしはそのままかぶりつくことにした。ここまで来たら、もうマナーなんて気にするだけ無駄よね。というか、むしろ、こういう場合はちまちまマナーを厳守しようとする方が、無粋じゃない? 頭の中で、前世のわたしが勝った。
「……、……! ん、美味しい!」
エンティパイアにいた頃は、出来立てのパンなんて食べられなかったから、ほんのりと温かく香ばしいパンが、ごちそうに感じられるくらいだ。
「ありがとう、アルベルト。いいお店を紹介してくれて。また買いに来るわ」
「……よかった、気に入ってくれて」
アルベルトが嬉しそうに微笑む。あまりにも優し気な笑みだからか、なんだか少し、いたたまれない。
「あの日から見かけなかったからな。怒って見限られたかと思ったぜ」
「んぐっ」
苦笑いするアルベルトの言葉に、わたしは、もう少し噛もうとしていたパンを思わず飲み込んでしまった。幸い、喉に詰まらせるようなことはしなかったけど。
あの日の翌日に限っては、ただ一日、丸々寝ていただけなのだけども。でも、アルベルトと最後に会ったのは、ウィルエールと彼がわたしのことで言い合って、わたしが怒って帰ったときだ。あれからタイミングが合わなかったのか、アルベルトと会うことはなくて。
別に、もう怒ったりはしていないのだけど、前世の記憶と今世の記憶を整理するために一日寝ていたの! なんて言えるわけがない。前世の記憶があるなんて、変なことを言いだしたと思われてしまう。
「……今度からは物理的に取りあうようなことはしないで頂戴。貴方みたいな力のある人間に引っ張られたら痛いんだから」
アルベルトには悪いと思ったけれど、怒っていたということにして、都合よく勘違いしたままでいてもらおう。
そう思ったところで――ふと気が付く。
そう言えば、あの日の次の日は一日眠り続けていたけれど、ウィルエールは何も言ってこなかった。アルベルトのように分かりやすく反省の色を見せて欲しいというわけではないけれど、彼が一日わたしが部屋から出てこないことに言及しないのはちょっと珍しい気も……。
――……もしかして、わたしが一日寝続けて、一日経過してしまったことに気が付かなかったように、彼もまた、作業に没頭し続けて、日が建っていることに気が付かなかった、なんてことは……。




