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急に彼の名前が今出てくるとは思わなかった。
「貴女はカルファの婚約者でしょう。カルファよりも他の男と親しげなのは、あまり良くないかと……」
それは確かにそうだけど。わたしとカルファ王子の仲があまり良くなかったのもあって、他に分かりやすく親しい男性がいたら、勘違いされるのも簡単だっただろう。
でも、だからといって、女神と呼ぶのが誤解を受けないかというと、また別な気がする。秘密の関係、よりも、もっとヤバそうな何かに見えないだろうか……。
「確かに恋愛感情がないという証明にはなるかもしれないけれど――」
「いえ、あります」
力強い肯定の発言に、わたしは続けるはずだった言葉を全て失った。
「僕が貴女のことを友人としか思っていなければ、わざわざ呼び方を変えずとも、一線を引いていることは分かるでしょう」
「貴女に邪な感情を持っているからこそ、呼び方を変えて一線を引いていたのですよ」と言われてしまえば、わたしはもう何も言えない。
全然気が付かなかった。――というより、気がつこうとしなかった、の方が正しいかもしれない。
あの頃のわたしは、いつも焦りと怒りに支配されていて、周りのことを見る余裕なんてなかった。ウィルエールに『女神』と呼ばれるようになったのも、いつの間にか、という感じで、明確にいつから、というのを思い出せないくらいには。多分、徐々にフィオディーナではなく女神と呼ぶ回数を増やしていった、と言う風に、少しずつ変わっていったのだとは思うけど……。
「ああ、でも。貴女はもう、誰の婚約者でもないですもんね?」
ウィルエールがわたしに近づき、首から下げていた、彼に貰ったネックレスを優しく救い上げた。
「これを持ってここにいるというのであれば、少しは期待してもいいのでしょうか?」
「ち、近いよ……?」
ようやく絞り出した言葉は、情けないくらいに震えていた。
確かに、このネックレスは大事なものだ。でも、それは友人からもらったプレゼントだからであって、ウィルエールに特別な感情があったからではない。
ウィルエールと共に過ごす時間が、わたしのカツカツで常に追い立てられている日々の支えになっていたのも、事実だけど……!
「フィオディーナさん」
「ひゃっ!?」
耳元で名前をささやかれ、わたしは思わず肩をすくめ、変な声を上げてしまった。
「もう、誰に配慮する必要もないのですし、好きに名前を呼ばせてもらうとしましょう」
にこ、とウィルエールが笑う。
わたしは、むず痒い耳を抑えながら、女神って呼ばないで欲しいと言ったのは自分だけど、これは心臓が持たない気がする……と思ったのだった。




