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頭が真っ白になってしまったわたしより先に行動したのは、ウィルエール――ではなく、他のギルド職員に連れられてやってきたアルベルトだった。
いつの間にかやってきていた彼は、ウィルエールが握っていたわたしの手を掴むと、強引に上へ持ち上げた。ウィルエールがサッと顔を避ける。
「……いきなりなんなんだい、危ないなあ」
ウィルエールが、見たことないくらい険しい表情でアルベルトを睨んだ。
アルベルトもアルベルトで、これでもかというくらい不機嫌な表情でウィルエールを睨んでいる。
「いきなりなんだ、は、こっちのセリフだ。フィーになんてことを! そもそもここは冒険者以外立ち入り禁止だぞ!」
もっと言ってやってください! という表情でギルド職員がアルベルトを見ている。なるほど、ウィルエールを止めることのできなかった職員が、近くにいた上級冒険者を呼びに行き、たまたまいたのであろうアルベルトに白羽の矢が立ったということか。
「フィ、イ、だ、あ~?」
アルベルトがわたしの愛称を呼んだからだろうか。ぎりり、とウィルエールの方から歯を食いしばる音が聞こえてくる。
ちらり、と見れば、普段は前髪で隠れている目が、隙間から少しだけ見えて――その瞳は怒りに染まっていて、瞳孔が開いているようにも見える。ひえ、怖い。
わたしは思わずサッと目をそらした。
「うぃ、ウィルエールさ――あー、ウィル。えっと、確かにここは冒険者以外立ち入り禁止な場所だから……その、場所を移しましょう」
ウィル、と彼を呼んだのはいつぶりだろうか。幼い頃、ただの友人であったころはそう呼んでいた。
わたしの婚約が決まり、ほとんど同時期に彼がわたしの魔術の先生のような立ち位置になってしまってからは、ウィルエール様、と呼んでいたから随分懐かしく感じる。
今、この場では、彼を昔の様に、愛称で呼ぶのが最善だと判断した。
案の定、ウィルエールは一瞬で「女神がそう言うならそうしよう!」と持ち直し、立ち上がった。この切り替えの早さは、流石貴族、と言ったところか。
「ところで、女神はここで自由にしているということは……女神も冒険者なのかい?」
「ええ、まあ……」
冒険者らしいことは一度しかしていないし、これから先も冒険者業で生計を立てていくつもりは全くない、肩書だけの冒険者だが。
「それはいい! 冒険者というのは、あー、なんだっけ……。そう、パーティーという奴を組むんだろう? ぼくと一緒に組もうよ」
名案だ、と言わんばかりにウィルエールが笑う。ウィルエールが冒険者……?
腕っぷしが強いイメージがないので、少し不安になる。確かにウィルエールは魔術の腕はとてもいいが、筋肉はほとんどない体系をしている。
男である以上わたしよりはそりゃあ強いんだろうけど……。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ、女神。ぼくは確かに力は大したことない、女神風に言えば『モヤシ』ってやつだけど、それをカバーしてなお余るくらい魔術の力と知識があるからね!」
まあ、確かに魔術方面での心配は一切していない。強い冒険者たちが集まるランスベルヒの中でも比べ物にならないくらい魔術に長けているだろうし、なんなら数人相手にしても大丈夫なくらいだろう。
でも、わたしが心配なのは対魔物ではなく、冒険者相手に渡り歩いていけるかということで――あれ?
なんか今、ウィルエールの物言いに違和感があったような……。
なんだろう、とウィルエールの顔を見てみるが、彼は相変わらずにこにことしているだけだ。
まあ、ちょっと気になっただけか。おかしかったらそこで気が付いているはずだ。
それはそれとして。
パーティー云々は別として、彼が近くにいてくれるというのは助かる話だ。ついさっき、ウィルエールがいてくれればもっと術具修理もはかどるのかな、なんて思っていたところなのだから。




