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慌てて身支度を済ませ、アルベルトが取った隣の部屋へ行ったものの、ノックをしても彼の返事はなかった。
確かに早朝、と言ってもおかしくない時間帯に目が覚めたが、あれこれ準備をしている間に朝食へ誘ってもおかしくはない時間になったはずなのだが。
とはいえ、勝手に部屋へ入るわけにもいかない。
どうしたものかと扉の前で立ち尽くしていると、廊下の向こう側から声をかけられた。
振り返ってみると、そこには二つの紙袋を抱えたアルベルトが立っていた。
「お、フィー! 起きたか? 体調はどうだ?」
「おはようございます。寝すぎたみたいで申し訳ないですわ。体調のほうはだいぶよくなりました」
すらすらと淀みなく出てくるフィオディーナらしい口調に、わたしは内心でほっとする。しゃべる言葉をいちいち考えながら話すのは、それなりに疲れる。
「体調がよくなったのならよかった。まだ疲れてるかと思って、部屋で食べれるようにと思って、パン買ってきたんだ」
そう言って、アルベルトは軽く片方の紙袋を掲げて見せた。確かに、言われてみれば、パンのいい匂いが漂っていた。
焼きたてらしいんだ、というアルベルトの言葉に、わたしのお腹がきゅう、と鳴る。
丸一日寝入ってしまっていたということは、何も食べていないということである。
とはいえ、まさかこのタイミングでお腹がなるとは思ってもみなくて。とても恥ずかしい。
「ははっ、腹は減ってるようだな。ほら、早く食べようぜ」
そう言って、アルベルトは彼の借りた部屋を開ける。
異性と二人きり、部屋に入るなんて……とわたしの中のフィオディーナが顔をしかめた気がするが――まあいいか。空腹をどうにかするほうのが今は重要だ。
そもそもこんな朝っぱらからどうこうなることはないだろう。
わたしはアルベルトの後について部屋へと入った。
部屋の中は、二人掛けのテーブルとベッド、クローゼットという、どちらかと言うと質素なレイアウトになっている。
とはいえ、品よくまとめられているので、貧相という印象は受けない。宿らしく、わたしの借りた部屋と同じ内装である。
アルベルトは二人掛けのテーブルの席に着き、紙袋からパンを取り出した。
「フィーはどれ食べる?」
薄紙み包まれたパンたちのうち、シンプルな丸パンをもらった。どんな種類があるのか分からないが、シンプルなものなら失敗することもないだろう。
「あ、飲み物はこれな」
そう言って、もう一つの紙袋から、テイクアウト用と思わしき飲み物を手渡される。熱くもなく、冷たくもなく。ぬるい、といったところか。わたしはありがたくそれを受け取る。
恐る恐る口をつけると、常温のジュースだった。柑橘系だろうか。
なんの果物かは分からないが、普通においしい。
パンの方は、少しちぎりにくく、硬いが、味は悪くない。硬めのパンが、こちらではスタンダードなのだろうか。エンティパイアにいた頃のパンはもっとふわふわしていたような気もするが……。
「体調が回復したなら、今日は一日観光するか? ランスベルヒに戻る前に、少しくらい遊んだって大丈夫だろ」
確かに、そんな話もあったなあ。
わたしは白い街並みと青い海を思い出すと、ここへ訪れたばかりのときの、観光ができないだろうか、というわくわく感が再び沸いて出てくる。
「アル――アルベルトがよろしければ、ぜひ。わたしも観光に周ってみたいわ」
そう言うと、アルベルトは嬉しそうに破顔した。




