21
確かに、わたしはあの日、前世の記憶を思い出した。でも、あくまで思い出しただけ。結局主体として生きているのはフィオディーナ・オヴントーラだった。
トゥーリカへの異様な嫉妬心。
常にある、焦りと苛立ち。
それが他人から好かれるものではないと、前世を思い出して理性で押し付けるようにはなったけれど、ずっと心の奥底ではくすぶって、熱を持っていた。
けれど、今は違う。
それら全てが、他人のもの、あるいは過去のものとして清算されているような気がしてならない。昔そんなこともあったよね、という、誰かに言われて無理に思い出そうとしなければ、忘れてしまっているような、『どうでもいいこと』に成り下がっている。
『わたし』の中の、フィオディーナと、前世の自分の割合が、ひっくり返っている。
なんとなくあった前世の記憶が自分のものとなって、鮮明に思い出せる。逆に、フィオディーナ時代のことは、曖昧にしか思い出せない。前世を思い出してからの、フィオディーナとしての記憶は流石に別だけど。
「……フィー? 本当に大丈夫か? もしかして、転移酔いとかしてたのか? 気が付かなくて悪い、早く席に着いて休もう」
「う、いや……だ、大丈夫です……ですわ」
フィオディーナのお嬢様口調がすんなりと出てこない。おかげでアルベルトに不審な顔をされてしまった。無理をしていると思われたに違いない。
いや、でも仕方がなくなぁい!? 普通の会社員だったわたしにお嬢様の振りは荷が重いよ! 無理だよ! 漫画とアニメも詳しくないから、異世界に生まれ変わってどうするのがベストなのかも分からない。元の世界に戻ろうとしても、死んでるとしたら戻れないし……。
先ほどまでは前世の記憶があるだけの、この世界の人間だったのに、今はこの世界の記憶があるだけの前世の人間。
猛烈に不安がこみあげてくる。
これなら、最初からこうだった方がよかった! 追放のタイミングで、少なくともアルベルトさんには今のわたしで接することができて、お嬢様を演じる必要なんてないのに!
頭を抱えたい気持ちをこらえ、スカートの端を軽くつまむ。緊張して、スカートを握り込みたいが、今そんなことしたら、体調が悪いのを我慢しているのだと、勘違いに拍車がかかるのは必然だろう。
「ちょ、ちょっと豪華なドレスにびっくりしただけです。全然、体調が悪いなんてことはないですよ? 本当に」
「そう……?」
アルベルトは未だに怪訝そうにしているが、店員とやり取りをして、人目につきにくい、広めのソファー席を選んでくれた。うーん、やっぱり体調不良を疑われている……。
それにしても、なんで急に意識が切り替わったんだろう。
心当たりはウエディングドレスだけ。確かに婚約破棄されて追放されたけど、フィオディーナって、そんなに結婚を夢見てたのかな……。
頑張って思い出そうとしてみたけど、トゥーリカに負けたくない、って常に考えていたかも、ということは分かっても、あの王子と結婚したかった、というエピソードは見当たらない。
じゃあ、時間式……? 記憶を取り戻してから一定時間が経ったから、前世の方が強まった、とか……? でも、それにしたって切り替わり方が急じゃない? じわじわ浸食されるかのように記憶が塗り替わっていくなら分かるけど……。いや、でも、記憶喪失の人が記憶を思い出すのって、こんな感じなのかな?
あれこれ考えていたものの、前世ぶりに食べたシーフードパスタが美味しすぎて、わたしの思考はそっちに持っていかれてしまったのだった。




