17
――そして夜である。
普段ならば眠くなっている時間帯ではあるが、緊張しているのか、非日常な状況に興奮しているのか、気が高ぶって全く眠くならない。
わたしとダリス、ファルドとテリーベルの二組に分かれ、片方がネッシェさんの畑で待機、もう片方は周囲を探索し、一定時間で交代、という作戦だ。
先ほど、一周目の巡回をダリスと終え、畑に戻って来たところである。
いやあ、それにしても気まずい。
薄々感じてはいたのだが、ダリスとファルド、テリーベルは同時期に冒険者になったこともあってか、何度か即席パーティーを作って依頼を受けているようで、それぞれ顔見知りの様で。わたしだけが、完全に仲間外れである。
加えて、わたしはエンティパイアの外のことなんて何にも知らないわけだから、話題というものが存在しない。
「…………」
「…………」
というわけで、出来上がるのは非常に気まずい沈黙なわけで。
わたしの横に立つダリスをちらり、とうかがうと、涼しい顔をして、山の方を眺めていた。彼は元々口数が多いタイプには見えないので、沈黙は特に苦ではないんだろう。
わたしもまた、彼に倣って山を見る。
スレムルムは本来、山に生息する魔物なので、こうして山がある方面を警戒するのは正しい。
そうだ、別に遊びに来ているわけじゃないんだから、会話がなくたって構わないじゃないか。
と、頭で分かっていても、気まずいものは、気まずいのだ。
見回りは見回りで大変だが、こうして気まずい雰囲気の中待っているのも疲れる。
ファルドとテリーベルが早く戻ってこないかな……と思っていると、おもむろにダリスが何かに反応した。
「フィオディーナ、来たぞ」
ダリスの目線をたどってみると、確かに何かが動いている。四足歩行の獣が、畑へと向かってきていた。
わたしには、獣っぽい何かが動いているようにしか見えないが、ダリスが言うならスレムルムなのだろう。
「それじゃあ作戦通り、に――?」
「どうかしました?」
スレムルムが現れたら、作物に夢中になっている間に、畑にいる片方が逃げられないよう足を狙い、もう片方は巡回組を呼びに行く、ということになっていたのだが。
ダリスの様子がおかしい。
いや、おかしいのはダリスの様子ではない。
「――食べていない?」
スレムルムの方のようである。
「食べてないって、何がですか?」
「あのスレムルム、作物を荒らしてはいるが、食べていないようだ」
言われてみれば、あちらへうろうろ、こちらへうろうろとしているだけの様にも見える。
わたしはダリスの様に夜目が聞くわけではないが、獣の影があり、それが動いていることくらいは流石に分かる。
確かに『食べてない』と言われてみれば、そう見えるような気もする。
地面にある作物を荒らし、食べているのであれば、一か所にとどまるはずだが、スレムルムと思わしき影は、しきりに地面に頭を近づけたまま動き回り、時折、邪魔だと言わんばかりに作物をどかしている様子がうかがえる。
その姿はまるで――何かを探しているようだった。
「とりあえず、ファルドさんたちを呼び戻しますか?」
当初の予定とはやや違うが、スレムルムが畑にやってきているのは事実である。
作物にではないが、どうやら集中しているようなので、まだこちらに気がついてはいないだろう。
「いや、その必要はない。もう来る」
ダリスは目がいいだけでなく、耳もいいようだった。
少しして、わたしにもファルドたちの足音が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと! なんで呼ばないのよ!」
巡回から戻ってきたテリーベルが、声量を抑えつつも、怒ったような声を上げた。
慌てて駆け寄ってくるテリーベルとファルドに、わたしたちはスレムルムの様子がおかしい、と説明をする。
わたしたちの説明を聞いたファルドは、「ふむ」と少し考え込んだのち、「他に魔物はいないようだし、とりあえず倒してしまおう」という結論を出した。
確かに、様子はいささか違和感のある個体だが、あれが討伐依頼を出されたスレムルムで間違いないはずだ。
「とりあえずぼくが先行しよう。あまり大きな個体ではないし、ぼく一人でも倒せると思うけれど、油断は禁物だからね」
そう言って、ファルドさんが様子を見に行く。
しかし、スレムルムは、一向に地面を探っていた。ファルドさんがスレムルムのすぐそばに立ち、剣を抜いても、スレムルムの視線は地面に注がれたまま。
明らかに、気が付かないわけがない距離にも関わらず、だ。
ファルドさんはそのまま、剣を垂直にスレムルムへと突き立てた。
それはスレムルムへと何の抵抗もなく刺さる。
まさかここまで無反応だと思っていなかったのか、ファルドさんはこちらを見た。スレムルムとこちらを交互に見ているあたり、困惑しているのかもしれない。
あれこれと作戦を立てたにも関わらず、一切役立たないまま、スッとスレムルムは動かなくなっていた。
「えっ、魔物討伐ってこんなにあっさり終わるもんなんですか……?」
思わずつぶやいたわたしの言葉が、妙な空気の中、やけに響いた。