16.5
第二王子、カルファ・ミッティー・エンティパイアが、フィオディーナ・オヴントーラとの婚約を破棄し、トゥーリカ・オヴントーラと婚約を結んだ。
その事実に、頭を抱えるものが二人。
カルファの父であり、エンティパイア帝国の大帝王と、彼の右腕である宰相その人たちだった。
王の執務室で、二人は本当に頭を抱えていた。文字通りに、だ。
「まずい、まずいぞ……! あの愚息はなんということをしてくれたのだ」
焦りを浮かべた表情で、ぶつぶつとそんな言葉をこぼすのは大帝王。カルファがフィオディーナとの婚約破棄を発表してから、ずっとこの調子である。
彼が座る執務用の机の上には、書類の山ができていた。どれもこれも、処理しなければいけないものばかりだが、フィオディーナとカルファの婚約破棄の件への対応が思い当たらなく、それどころではなかった。
対応を一歩間違えれば、まぎれもなく――この国は滅ぶ。それを事実として、大帝王は知っていた。
「やはり、本当のことを隠したまま、フィオディーナ嬢と婚約させたのがまずかったのではないでしょうか」
後の祭りではあるが、という顔をしながら、宰相が言った。
力をつけるべく、オヴントーラのものと婚約をする。
そういった『表向きの理由』をここまで妄信するとは、思わなかったのだ。
オヴントーラの者ならだれでもよかったわけではない。正真正銘、フィオディーナでないといけない理由が、あったのだ。
けれども、それは王になるもの、そしてその補佐の宰相にしか知らされていない。
何があっても、王の血を継ぐ長子が次の国王ではない。
何番目の子であろうと、母親が誰であろうと、王の血をつぎ、能力のあるものを次の大帝王とする。エンティパイア帝国の跡継ぎはそういうものであった。ただ、最も早く生まれたものが、技術を磨き、知識を蓄える、その時間が長いから、長子が跡を継ぐことがほとんど、というだけ。
才能あふれる第一王子、努力家の第二王子、そのどちらが王となるかわからない状況で、むやみやたらに告げるわけにもいかなかったのだ。
何も知らされていないカルファがああいう行動にでるのは、可能性としてはあった。だからこそ、常日頃から「早まった真似はするな」「お前の婚約者はフィオディーナ嬢なのだ」と言い聞かせてきたはずだったのだが。
「オヴントーラの者と結婚せねばならないのなら、彼女でも構わないでしょう?」とトゥーリカを連れてきた時には、思わず手が出てしまいそうになったほどだ。
あれほど「フィオディーナ嬢を」と言い聞かせていたのに、カルファには伝わっていなかったのである。
「国土追放となれば……言いたくはないが、フィオディーナ嬢が命を落とし、そのまま闇に葬られる、ということはないか?」
一縷の希望に縋るように大帝王は言ったが、宰相は力なく首を横に振る。
「術士長のウィルエールによると、フィオディーナ嬢は生きているそうで……」
「……そうか」
大帝王は深いため息を吐く。
「さらに、今、ウィルエールはフィオディーナ嬢を追うべく、術士長をやめる予定でいるそうです。後任育成に励んでいるのだとか」
「…………そうか」
大帝王は王の威厳もなにもなく、両手を顔で覆った。このときばかりは、大帝王も、宰相も、外面を気にすることができなくなっていた。
フィオディーナを『あのいきさつ』で国土外に出し、このエンティパイア一と言っても過言ではない魔術の力を持つウィルエールもここを去る。
たったこれだけのことが――どうしようもなく、重く、このエンティパイア帝国にのしかかる。
せめて、逆だったのならば。
フィオディーナが、カルファに見切りをつけ、婚約解消をしてくれたのなら。
あるいは、ウィルエールが国内にとどまってくれていたら。
「……叶わぬ希望を抱いていても仕方ない。国内の冒険者育成に力をいれるとしよう。それで事足りるかわからぬが……何もしないわけにはいかぬ」
冒険者がより力をつけられるような制度を作る、と大帝王は宣言する。
宰相は、複雑な表情で大帝王を見ていたが、今できることはそれしかないと分かっているのだろう。かしこまりました、と頭を下げた。
大帝王が書類の山に手を伸ばす。その手は小刻みに震えていた。




