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「おい、そろそろ着くぞ」
声音はいかついのだが、表情がどこか子供っぽく、新天地に目を輝かせているようにしか見えないダリスが声を上げた。
エステローヒの西側にある、ロッゼ村はそれはそれはのどかな村だった。ぽつ、ぽつ、と家が見えるが、土地のほとんどが畑で構成されている。どの畑でも野菜がすくすくと育っている様子が伺えた。
――ただ、ひとつの畑を除いて。
「こっからでも結構目立つな」
ダリスの言葉のとおり、ぽっかりと穴が開いたように更地のように荒らされた畑がひとつ、目だって見えた。
「あれがネッシェんとこの畑だべ」
ネッシェ、というのは確か依頼主の名前だったはずだ。
「……こいつのとこの畑は被害ないわけ?」
テリーベルが不思議そうに小さく声を上げた。いや、おのおじさんの畑だけじゃない。不自然といっていいほど、ネッシェさんの畑だけが荒らされていた。食料を得にきた魔物にとって、それが誰のものであろうと意識はしないはずだ。己が食べて、栄養にできるものなら何だっていい。
しかし、端から見ると、本当にスレムルムの――魔物の仕業なのか? と疑いたくなってしまう。本当は、ネッシェさんが迫害を受けていて、村人に荒らされているだけなのでは――という疑いを持ってしまう。
それはわたしだけではないようで、三人もまた、疑惑の色に瞳が染まっていた。しかし馬に乗り、前を向いて操縦しているおじさんは気がついていないようで、首をかしげていた。
「しっかし、ネッシェんとこだけなしてあんなに、駄目になっちまうかねえ。魔物は夜やってきてるみたいでよ、おれらもおちおち夜に出歩けしねえ。冒険者様なら、ズバッと倒しちまってくんな」
夜、ということは夜まで待たなければいけないのだろうか。ほぼ日が沈みかけている今日はいいが、今日しとめられなかったずるずると長引きそうだ。なにせ夜まで目的の魔物は出てこないのだから。
「夜……」
わたしは――合瀬佐奈は、まあそれなりに夜更かしができる人間だったが、フィオディーナはそうでない。規則正しい生活をしていた彼女の体は、どうにも夜、早くに眠くなってしまう。
修理店を始めてからは就寝時間がじわじわと遅くなってきてはいるが、眠くなる時間帯は変わらない。
夜通しの作業になったら不安だな、と思いながら、わたしは畑を眺める。
「フィオディーナさんは夜が苦手なのかな?」
無事に徹夜できるか不安に思っていたのが他のメンバーにも伝わったのか、ファルドにそう声をかけられた。
「えー、箱入りのお嬢様なの?」
テリーベルの言葉にわたしはびくっと揺らしてしまった。
今でこそ、家を追い出されて身分らしい身分などないが、フィオディーナは箱入り娘の常識知らずである。
エンティパイアという他国の情報が入りにくい土地で、余計な情報は一切シャットアウトした貴族教育を受けて育った身だ。
こちらからしたら異世界の前世で育った際の知識も体験も、ほとんど役に立つわけがない。
無事に戦えるか、という不安とは別の類の不安を抱えながら、わたしは、テリーベルの問いに対して、笑顔で誤魔化した。




