チョコとカシスのブラウニー【魔】
「はい。次の方、どうぞ」
優しい女性の声に呼ばれた男性は椅子に座ると、今自分が抱えている悩みについて話し始めた。向かいに座っている女性は静かに耳を傾け、合間に相槌を打ちながら聞いていく。悩みを打ち明けた男性は、「どうでしょう」と尋ねると、女性は「お任せください」とにこりと笑いそばに置いてあった天球儀を天にかざした。しばらく見つめてから一呼吸置き、入ってきた相談相手にアドバイスを行っていく。ひとつひとつ丁寧にアドバイスを行うと、さっきまで心配でいっぱいだった男性の顔はみるみる内に明るくなり、帰るときにはどこかすっきりしたような顔だった。
また別の人から相談を受け、その悩みを解決しようと天球儀を回している最中に「あの……お代は……」と悩みもそうなのだが懐の事情を心配している女性もいた。一旦、天球儀を回すのをやめてから女性は「安心してください。お代は結構ですよ」とにこやかに答えると、相談した女性は「ああ……ありがとうございます」と涙ながらにお礼の言葉を漏らした。
「では、お気をつけてお帰りください」
最後の相談者に手を振り、見送ると女性─カルロツァーネは「あ~あ」とさっきまでの優しい声から一遍、やる気のないものへとなった。やや露出の多い衣装に、左足には星々を象ったアクセサリーをつけ、足首にはアメジストがついたアンクレットをしている。強張った背中の緊張を解すようにうんと背伸びをしてから、カルロツァーネは大きめなソファにどっかと座り大きな声を出して笑いだした。
「はっはは。ちょろいもんだなぁおい。人はちょっと道を示してやるだけでこぉんなにも人が群がってくるんだもんな」
あの上品な笑顔はどこへやら。今はまるで人が変わったかのように下品な笑い声をあげていた。ひとしきり笑ったところで、カルロツァーネは天球儀を手の上に浮かべ、くるくると回し始めた。すると、いくつかの白い光がぽつぽつと浮かび表れると、カルロツァーネの体の中へと吸い込まれていった。
カルロツァーネは精神生命体の悪魔が乗っ取られた状態なのだ。元々、カルロツァーネは星詠みに長けていたのだが、悪魔が憑依したことによりその精度はますます高くなり、その評判は近くの村だけでなく遠方にある城にまで及んだ。その星詠みの力で助けてほしいという人は徐々に多くなり、今では数か月も当たり前という程の人気だった。ひとりひとり、占う前に天球儀に手を置いてから相談するという決まりを守ってくれたおかげでカルロツァーネは気付かれない程度の精気を奪い、生きている。占いの代償は金銭ではなく、その魂ということだ。
「ひっひひ。乗り移った器がいいせいか、毎日毎日こうして集まってくるもんだから、しばらく困んねぇな」
精気を取り込んだカルロツァーネは非常にご機嫌な様子で笑うと、さっさと店じまいをして床へと就いた。
次の日。今日も今日とて数多くの相談者の列がカルロツァーネの店を連ねた。開店前の窓からその様子を見ていたカルロツァーネはくくっと喉を鳴らして静かにそして盛大に笑った。
「やべやべ。そろそろ時間だ。声色気を付けねぇと。んんんっ。あーあー」
喉の調子を整えてから、カルロツァーネは一番最初に待っていた相談者ににこやかな表情で挨拶をすると、店の中へと招き入れた。しばらくの間、カルロツァーネは休むことなく相談者の悩みを聞きながら心の中では「今日も飯に困らなくていいぜ」などと考えていた。それがあるせいか、今日のカルロツァーネの表情はいつもより笑顔が多く、言葉も非常に丸くわかりやすいものばかりだった。
しばらくして、カルロツァーネの占いに変化があった。それが目に見えてわかるようになったのは、カルロツァーネがこの町へやってきて三か月が経過したときだった。
「おかしい……今日はいつも以上に少ねぇ……」
それに最初に気が付いたのはカルロツァーネ本人だった。あれだけ並んでいた人だかりは、いつの間にかまばらになっていて今日に至っては一桁だというのが見てわかる程だった。
「なんでだ……おかしい」
唇を強く噛みしめながらカルロツァーネ。何が原因なのかを考えてみるも、まったく思い当たる節がなく考えることを諦めた。こうしていても埒が明かないと思ったカルロツァーネは、今日も(できる限り)笑顔で相談者の悩みに耳を傾けた。
人が途切れたのを確認したカルロツァーネは、一旦店を閉め軽く休憩を取ろうと看板をひっくり返すため外に出たとき、町の人が気になることを話していた。
「あんた聞いたかい。あそこの村では争いが勃発してるらしいのよ」
「ああ聞いたさ。おれは別の村で争いが勃発してるって聞いたよ。んで、互いがどうしてそうなったか聞いたら、どうやら相談した相手に原因があるそうだという結論に至ったそうだ」
「へぇ。その相談した相手ってのが元凶かい。恐ろしいねぇ」
争いか。そういえばそんな風にそそのかしたこともあったっけなとカルロツァーネは思いながら、戸締りをすると、部屋の奥で仮眠をとった。
「おい。中にいるのはわかってるんだ。さっさと出てこい」
激しい怒号と乱暴に叩く扉の音で目を覚ましたカルロツァーネは、眠い目を擦りながらそして音を立てないように耳をそばだてた。外では大きな声を出しながら何か吠えている人、悲しい出来事があったことをただ感情に任せて訴えている人など様々だった。
「なんだなんだ。なんかめんどくせぇことになってんなぁ」
さらに注意深く耳をそばだてていると、どうやら先日カルロツァーネが占いをした結果が、互いを潰しあうような結果だったという。そしてその当主同士で話をしていくと、相談相手がカルロツァーネに行き着いたというわけだ。これではいけないと奮起した村の住民たちがここに押し寄せてきている状態だったのだ。
「っち。ったく、占いの結果なんていちいち覚えてられっか……ここは大人しく退散させてもらうぜ」
裏口からこっそり抜け出そうとしたカルロツァーネは、咄嗟に後ろを振り返った。すると巨大な棒を持った村人に進路を阻まれていた。一瞬、裏の顔が出そうになるも慌てて表の顔で挨拶をし、その場から逃げようとしたのだが、村の人はそれを許さなかった。
「ちょっとあんたに聞きたいことがあるんだけど」
むんずと掴まれた腕からは相当の力で握られていて、振り払おうにも振り払えなかった。どうにかしてこの状況から逃げようと必死になって思考を巡らせいきついたのは天球儀の力を借りることだった。なんとか天球儀をかざすことはできても、この状況から逃げられる方法は見つからないという結果を聞いたカルロツァーネは苛立ちを隠すことができず、声を荒げた。
「邪魔だ邪魔だ。群がってくる方が悪いんだろうが」
「なっ! 今まであんたを信じていたのになによ!」
「あんたの占いがあったから乗り越えられたのに。その言いぐさはないだろう」
口々に言う村人の言葉に耳を貸すことなく、カルロツァーネは天球儀を高速で回すと辺りを白く照らした。照らされた村人は一人また一人と膝をつき、動けなくなっていた。
「あ、足に力が入らない……くそ……」
カルロツァーネは白い光に照らされた人の精気を吸い取ることにより、足止めを図ったのだ。これにより、カルロツァーネの腕を腕を掴んでいた村人も手を放し、身動きができるようになったカルロツァーネはそそくさと村を出て行った。
「くそ……仕方ねぇ。どっか別のところを探すしかねぇな。ったく、使えねぇな」
誰に文句を言っているのかはわからないが、カルロツァーネは天球儀ひとつだけを荷物とし次なる拠点を探し始めた。




