ダージリン香る一口スコーン【魔】
とある魔界にて、美術品を愛でている悪魔がいた。顔は猿のよう、髪色は輝く黄金の砂のよう、体が巨人のような見た目からして恐怖を具現化したような悪魔の名前はマルバス。自分の世界にはあまりない、人間が作った美術品を見ることが大好きなちょっと変わった悪魔でもある。特に陶芸品がお好きなようで、自分の部屋には人間が作った様々な形をした陶芸品がずらりと並んでいる。経年劣化を防ぐための対策もばっちりとされた中、マルバスはふと思った。
「たまには、自分の足で美術品を見て回るのも悪くはないな」
いつもは行商人がやってきて、それを見て購入をしているのだが、今日はなんだか自分が動いて美術品を見てみたい気分になったマルバスは「こうしちゃおれん」といい、手早く身支度を済ませた。必要最低限の荷物を肩にかけ、いざ出発……といきたいのだが、マルバスはひとつ気になることがあった。
「このような見てくれの悪魔が美術品を見ても大丈夫なのだろうか……」
大きく唸りながら悩んだ末、だめだったら戻ってくればいいという結論にいたりどこか美術品がありそうな場所に転移魔法を発動させた。詠唱を終えるとまるでブラックホールのような歪みを生み出し、その中へ躊躇なく入っていくと、そこはもうすぐ人間が住む世界へと繋がっていた。心地の良い日差しが降り注ぐ人間界では、今日もたくさんの人でにぎわっていた。魔界にはない賑わいにマルバスは「ほう」と唸りながら顎下に指を置いた。
「いやはや。久しぶりに人間界にくると新鮮でいいな」
まるで帰郷したかのような懐かしさを感じさせる一言に、自分でも少し恥ずかしくなったのかマルバスは小さく咳払いをし辺りを見回した。赤いランプが点いている間、人間は動きを止め、青色のランプに変わると人間は歩き出す。たくさんの人が行き交っているのにも関わらず誰一人としてぶつからずに歩いている様子に驚いていた。そして、懸念していたことは、もうすでに解消されていることにマルバスは心の中で「よかった」と思いながら、動き始めた。
大きな石像が立っている広場には、大人から子供までがそれぞれ思い思いの時を過ごしていた。ベンチに座って本を読んでいる人、かけっこをしている人、世間話に花を咲かせている人など様々でそれでこそ人間だとマルバスは小さく呟きながら、とある大きな建物に目が行き足を止めた。
「これは……なんと大きな建物だな。何があるのだろうか」
なにか思いにふけっている像の前に窓がない少し変わった建物に目が行ったマルバスは、入口だと思われる階段の下に書いてある文字を解読してみると、どうやらこれは美術館であることがわかった。しかも、今ちょうど陶芸品を展示しているとの案内に目をきらきら輝かせたマルバスは、悪魔とは思えない上機嫌な足取りで受付へと赴いた。
「大人一枚お願いできますか」
「はい。おひとり様五百円です」
「五百……ゴールドでも支払いは可能ですか?」
すると受付の人は少し戸惑いながらも、マルバスが差し出したゴールド貨幣を見ると「ああ。そのお金も取り扱っておりますので、ご利用いただけますよ」とにこっと笑った。
「おおお。助かる。では、五百ゴールド……っと」
「はい。こちらがチケットでございます。どうぞごゆっくりお楽しみください」
「かたじけない」
入場チケットを受け取ったマルバスは心を弾ませながら中に入ると、美術館特融の匂いに酔いしれた。
(んー。少し湿った紙のようなこの匂い。久しぶりだ)
湿っているだけど快適な空間に益々心が弾んだマルバスは、順路に沿って進んでいるとあることに気が付いた。
「おや……誰もいないではないか」
まだ入り口付近なのかもしれないが、受付の人以外この美術館で遭遇した人がいないことに気が付いたマルバスは少し疑問に思いながらもガラスの向こうに展示してある陶芸品の数々にときめいていた。
「この壺の模様はなんとも美しい。制作者の遊び心が反映されているな」
「この茶器……なんとも美しい……。はぁ、至福だ」
一点一点じっくりと見て回るマルバス。その顔は初めて動物園に遊びにきた幼稚園児のようにきらきらと輝いていて、とても悪魔とは思えないはしゃぎっぷりだった。
最後の一点を見終えたマルバスの顔はとても満ち足りた笑顔になっていて、何も言わなくても楽しかったんだなぁと思わせるそんな顔をしていた。ほくほくとした笑顔のまま出口へ向かうと、さっき受付をしてくれた係の人が手を振り挨拶をしてくれた。
「おかえりなさいませ。楽しんでいただけたようで何よりです」
「おお。先ほどは世話になった。いやぁ、なんと素敵な展示品の数々。思わず何度も見てしまいました」
「それはよかったです。実はあれ、わたしが集めてみたものなんです」
係の人から思わぬ言葉を耳にしたマルバスは、全身に衝撃が走った。見た目がとても若く見えるこの人が、味のある陶芸品を集めたという。きっとこの人は目が肥えているのだろうと思ったマルバスはここまで楽しませてくれたことに敬意を払い、深々とお辞儀をした。
「とても楽しかったです。またあなたの展示した作品の数々を見てみたいですな」
マルバスがそう言うと、係の人は少し顔を曇らせ視線を外した。何かと思いマルバスが尋ねるとその係の人はこれを最後に退職されるとのことだった。
「最初で最後の展示主催を申し出してみたのですが……なんか、すっごく難しくて、すっごく楽しかったです」
「嬉しい」や「苦しかった」など様々な思いが入り混じったのか、係の人は笑いながら大粒の涙を流した。
「今のこの時代に……陶芸なんて誰も興味ないなんて……思ってたけど……はぁ……あなたがきてくれてよかった……」
ハンカチで目元を抑えながらマルバスを見るその目は、なにか吹っ切れたような笑顔を放っていた。マルバスは係の人に歩み寄り、腰を落とし視線を合わせた。
「いやはや。こんなにも胸が躍る展示を見たのは久方ぶりでね。恥ずかしながら館内で一人はしゃいでしまいまして……」
「そんなに……喜んでいただけて何よりです」
「そんなあなたが辞められてしまうのは非常に残念だが……ひとつだけ、忘れないでいただきたい」
「?」
「あなたの目は本物であること。かつてこんなに見事な美術品の数々を見てきたわたしでも、唸るほどの陶芸品に出会えたのは今日が初めてなのだよ。だから、その気持ちは忘れないでいただきたい。そして……叶うのなら、またあなたが主催した美術展を見てみたい……」
「わたしが……主催の……ですか?」
「ああ。あなたの選んだ陶芸品のセンスは群を抜いていた。悪魔であるこのわたしをわくわくさせたのだから。胸を張ってほしい」
「あ……はい!」
ぴかぴかの太陽のような笑顔で応える係の人に、マルバスは小さな金貨を一枚手渡した。なにやら奇怪な紋様が施された金貨は手のひらの上にあるだけで、なんだか勇気をもらえるようなそんな力があるように感じた。
「これは、わたしからあなたへ。楽しませてくれたお礼……受け取ってくれますか?」
「……はいっ! わたし、頑張ります! そして、またあなたが来てくれるような胸躍る展示会を……絶対、絶対に成功させてみせます……! だから……また、きてくれますか?」
マルバスは静かに頷くと「約束しよう」と係の人の手の上に自分の手を添えた。そして別れを告げ、出口を出る前にパンフレットを一枚手の取り、外へ出た。外は係の人と同じくらいぴかぴかに晴れていて、なんだか自分も嬉しくなる陽気だった。
それからしばらくして。マルバスは気まぐれで人間界に訪れたとき、たまたま入った美術館で展示会をやっているのに気が付き主催者の名前を見て、マルバスは思わずにやり。
「また……会えましたな」
期待を胸に、マルバスは人間界の通貨で支払いを済ませると、パンフレットを片手に美術館の中へと消えていった。




