お口の中は氷点下? 極寒しゃりしゃりグミ【魔】
これは、何も知らずに拾った一つの携帯電話のお話です。
「ふぅ。今日もいいお仕事ができました~」
額に浮かんだ汗をぐいと拭う少女─アンネマリーがいた。リーフグリーンの髪をツインテールにし、必要最低限の防具を身に着け、手にはその可愛らしい顔からは想像もできないほど巨大な斧が握られていた。そんなに軽いかと思っていた通行人は、彼女がポケットから鳴る通信魔道具に応対しようとしたとき、その斧が地面を大きく陥没するのを見て恐怖したとかなんとか。
「あ、はい! 今日のお仕事も完璧にこなしました! はい! お疲れさまでした!」
弾ける笑顔に凹んでいる地面。なんともアンバランスな絵面もなんのその。アンネマリーは最大の笑顔の声で応対を終え、通話ボタンを押した。ふんふんと鼻歌を歌いながらお気に入りのクレープ屋で大好きなイチゴクレープホイップマシマシを注文し、お仕事を頑張った自分へのご褒美と言いながら頬張った。
「ん~~~! おいひい!」
爽やかな酸味とホイップがとろけ合い、優しくもハッピーな味が口いっぱいに広がり思わず笑みが零れる。一口食べる度に幸せに包まれるクレープを頬張りながら歩いていると、道端に黒い通信機のようなものが落ちていた。画面には何も表示されておらず、どうやら電源が落ちてしまっているようだった。
「誰かの落とし物なのかな?」
口をもぐもぐさせながら通信機を手に取るアンネマリー。自分が知っている操作を何度か試してみても無反応だったため、これは誰かがきっと落として相当な時間が経過しているものだと判断したアンネマリーは交番へ行こうかと思ったのだが、今日の仕事の疲労がピークに達していたことを思い出し、明日の出勤前に交番へ届ければいいかと思い落ちていた通信機のようなものを鞄の中へと滑り込ませた。
「持ち主、見つかるといいなぁ」
そんなことを言いながら残り僅かになったクレープをぱくり。最後の一口になってしまったのが名残惜しかったのか、最後の一口に至るまでにかなりの時間を要していた。そこは意を決しもぐもぐと幸せを大事に大事に噛みしめながら飲み込んだ。
「またお仕事頑張ったら、食べよう。うん。」
アンネマリーの言うお仕事というのは、木こりのお仕事だった。アンネマリーは呪いを受けて生まれてきた。時々身体に浮かぶ黒い文様がその証拠だ。その呪いというのは恐ろしい怪力を生み出すのだが、本人からすればそれは非常に助かるものだった。大きな木を伐採し、それを運んでを一人でこなすとなると、それなりに時間がかかってしまうのだがこの呪いの力を使いいとも簡単に仕事をこなしていく。その姿に同僚たちは息を飲む毎日だとか。たまに同僚にその呪いの力は不便ではないかと聞かれたことがあり、アンネマリーは少し考えたのち、ぱっと明るい表情でこう言ったそう。
「特に困ってないですね。むしろありがたいです」
その言葉に同僚たちはまた驚き、口をあんぐり。そんなことなどお構いなしとばかりにアンネマリーは自慢の斧を振りかざし仕事に励んでいる。
「明日もお仕事頑張って、美味しいご飯食べて~。うふふ。お仕事、楽しいなぁ」
なんて呑気なことを言いながら、橙に染まる空を仰いだ。
その日の夜。アンネマリーはくつろぎのひと時を過ごしていた。そんなとき、聞きなれない電子音が聞こえた。
「なんだろう」
不思議に思ったアンネマリーは読みかけの本を閉じ、音のする方へと向かった。発信源を辿ると、それは帰り道に拾った通信機からだった。
「あれ。これ、さっき電源落ちていたのに……」
おかしいと思いながら通信機を操作し、耳に当てるとそこから小さくか細い声が聞こえた。
「あたし……メリーさん。今、公園にいるの」
通信機からはメリーさんと名乗る女の子の声が聞こえた。メリーさんと自分の名前がなんとなく似ていて親近感がわきつつも、どこか不気味に感じたアンネマリーは通信機を置き気持ちを落ち着かせた。
「こ、公園って……ここからちょっと離れたところにある……あそこ……なのかな……」
メリーさんは公園にいると言ったことを思い出したアンネマリーは、自宅近くに公園があるのを思い出した。もし、そこからなら……。と考えていると、また通信機から電子音が鳴った。
「ひっ!!!!」
さっきよりも音が大きく鳴り響いたためか、アンネマリーは肩をびくりと震わせた。そして恐る恐る通信機を取り、耳にあてた。
「あたし……メリーさん。今、小さな十字路の近くにいるの……」
小さな十字路……それはアンネマリーがいつも出勤時に通っているあの場所のことを指していた。そして、そこから自宅は……かなり近かった。
「ど……どうしよう……近付いてきてる……」
恐怖に目を潤ませていると、再びあの電子音が鳴った。
「ひゃああっ!!!」
怖い。でも、ずっと鳴ってるのも怖い。取るも取らぬも怖いという板挟みになってしまったアンネマリーは仕方なく通信機を取り、耳にあてた。
「あたし……メリーさん。今、あなたの家の前にいるの……」
「あわわわわわわ……」
あっという間に家の前にまできてしまったことに震えが止まらなくなってしまったアンネマリー。今までに感じたことがない恐怖がアンネマリーの足を悪戯に震わせる。もうどうしたらいいかわからず、その場にへたりこんでいるとまたあの電子音がけたたましく鳴り響いた。
「あたし、メリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの……」
もうこの扉を開けた先にいる……そう考えるだけで足は更に震え動くことすらままならなくなってしまったアンネマリー。
「も……もうだめ……怖いぃい……」
声を震わせながら泣いていると、背後で「かちゃり」と音が聞こえた。まさか……まさか……メリーさんが……恐怖のあまり動くことはできない。でも、確認せずにはいられない……見てはいけないものほど見たくなる……。相反する考えにすっかり脳が麻痺してしまい、ゆっくりゆっくりと首を回し、背後の扉を見た。その隙間から流れる夜の冷たい風と、うっすら見える怪しい眼光。
「ひっ……!!!」
これ以上の恐怖があれば、アンネマリーは気絶する自信があった。それほどまでに今の自分を保つことは困難を極めていた。とそこへ、扉がゆっくりと開かれそこから一人の少女が「ばぁ!」と声を発した。
「ひゃあああああぁああ!!!」
限界を迎えたアンネマリーは思わず悲鳴を挙げた。その悲鳴を聞いた一人の少女はくすくすと笑うと「わたしですよ。わたし」と帽子を被りなおした。
「あ……あなたは……」
「はい。いちこです。実は、今度の企画で怪談特集を組んでいまして……」
「は……はぁ」
いちこから事情を聴かされたアンネマリーは時折「なんだぁ」と脱力していた。あの時、落ちていた通信機はわざと置かれたもので、それをたまたまアンネマリーが拾ったとのこと。
「そんなことなら早く言ってくださいよ……もう怖くて怖くてしょうがなかったんですから」
「いやあ、思いのほかいい写真が撮れるかもって思っちゃいまして……ぎりぎりまで続けちゃいました」
「もう! いちこさんったら!!」
目に涙を浮かべながら本気の抗議をしたアンネマリー。それに対し本気の謝罪をするいちこ。
「今度、取材で見つけた素敵なカフェをご紹介しますので」
「え、ほんと? ……しょうがないなぁ。だけど、もうこれっきりにしてくださいね」
こうしてアンネマリーの身に起きた身の毛もよだつ体験は幕を閉じた。次の日、出勤前に通信機を交番に届けようとしたのだが、その通信機がどこにも見当たらなかった。きっといちこが持ち帰ったのだろうと思い、玄関の扉を開けた時だった。アンネマリーの鞄の奥底からあの電子音が鳴り響いていた。




