食べたら止まらない? ふっくらあいすまんじゅう【神】
これは、暑い夏に起きた禁忌とされた儀式のお話です。
ある日の夜のこと。狐獣人の少女ルナールが宝探しから帰ってくると、テーブルの上に置かれた小皿に小さなお饅頭があった。お昼ご飯を食べないで遊んでいたからか、ルナールのお腹はぺこぺこだった。夕飯まではまだ時間があるし……だからと言って我慢ができるかと言われればその答えは否だった。
「これは……誰も見てないね。いっただっきまーっす」
手のひらサイズのお饅頭はあっという間になくなり、ルナールのお腹をほんの僅かに満たした。これで夕飯までは賄えると思いながら、ルナールは冷蔵庫の中にある食材と相談をし始めた。それからかなり遅れて「ふ~」とどこか気の抜けた声が廊下から聞こえた。リビングの明かりで照らされたのは狸族のぽこただった。ふわふわでまんまるな身体はまるで生きたぬいぐるみのよう。今日もルナールとぽこたは大好きな宝探しをしていて、ぽこたはじゃんけんに負けてしまい後片付けをして今帰ったところだった。
「ルナール。今日の宝探しはちょっと片づけが大変だったぽこよ……」
「あ、ぽこた。おかえりなさーい」
やれやれといった様子で冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いでいるとぽこたはどこか違和感を感じていた。具体的に何がとまでははっきりとは言えないが、どこかに潜んでいる違和感に首を傾げていた。
「はい、今日の夕飯! たくさん作ったからね」
「ちょうどいいタイミングだったぽこ。いただきます」
狐の耳を嬉しそうにぴこぴこと動かしながら二人で夕飯を囲む。ルナールたちが住んでいる地域では狐獣人と狸族とは犬猿の仲なのだが、この二人はそんなこととは無縁とばかりに大の仲良しで毎日楽しい暮らしを過ごしている。特に、今日も二人で遊んだ宝探しというのは、二人がわくわくするものを集め通称「ひみつきち」と呼ばれる廃屋で一緒に眺めたり遊んだりすることが大好き。一見ガラクタなのだが、二人にとっては楽しい時間を共有できている遊び道具であり楽しい思い出が詰まった宝物なのである。
できたての煮物を口に含んでもぐもぐとするぽこたの顔が、ふわっと解け笑顔の花が咲いた。続いて出汁をしっかりときかせた卵焼きをもぐもぐ。ふんわりとだけどしっかりと巻かれた卵焼きに舌鼓を打っていると、テーブルの上に不自然に置かれた小皿が映った。何も載っていない小皿が置かれているということは、ここにおかずが乗っていたのか。それをぽこたが無意識に食べたのか、それともルナールが食べたのか……なんともいえないもやもやの中、ルナールが作ったご飯を食べ終えた二人は満足そうにリビングのソファに腰を下ろした。そこでもぽこたはさっきの小皿の上にはなにがったのだろうと何度も何度も記憶の糸を手繰った。細い細い今にも切れてしまいそうな糸を手繰っていくと、ぽこたは弱々しい雷に打たれたかのように身体を震わせると、聞きたくないけど聞かなくてはならない質問をルナールにした。
「ねぇ、ルナール。さっきのご飯のとき、小さな小皿があったよね」
「うん。あったね」
「あのお皿の上って、何かおかずってあったっけ?」
「なかったような……」
「あの小皿の上にあったもの……知ってる?」
「……しらないなぁ」
「そう……じゃあ、聞くけど……ルナールの右のほっぺについてる黒いのは何かな?」
「……っ!!」
恐る恐るぽこたの言われた右の頬に手を触れる。そこにはあった。小粒ながら存在感たっぷりな小さな小さな小豆が……。
「ルナール……ぽこたが楽しみにとっておいたお饅頭……食べたんだ……」
「……」
ゆらりと立ち上がり台所で何かを手に取るぽこた。一瞬ぎらりと光って見えたため、刃物を持っていると勘違いしたルナールは悲鳴交じりに食器棚の後ろに隠れると、息を殺した。
「あれはね、ぽこたが大好きな和菓子屋さんから貰った最初で最後のお饅頭なんだ。和菓子屋さんの大将を引退して後継ぎをどうしようかってずっとぼくに相談してくれていたんだ。だけど、ぼくには難しいお話はわからないから……頷くことしかできなかったんだ。それから数日して、大好きな和菓子屋さんに行くと後継者ができたってすっごく喜んでいる大将さんが迎えてくれたんだ。そのお饅頭はね、新しい大将さんが心を込めてぼくのためだけに作ってくれた世界にひとつしかないお饅頭なんだ。それをルナールは食べたってことだね……」
(どうしようどうしよう……)
普段は温厚なぽこただったが、今日はどこか違う。何か負のオーラを纏っているかのような……見つかってはいけないような気がしたルナールは必死に息を殺し、ぽこたが通り過ぎるのを心の中で何度も祈った。
「どこだぁ~。ルナ~ルゥ。出てくるぽこ~」
どこか甘ったるくそして怪しい口調のぽこたに戦慄しながら、ルナールは暴れる心臓を無理やりおさえ、少ない酸素の中で必死に隠れていた。
「食べ物の恨みぽこ……覚悟するぽこ……」
(これが……怨念っ!)
いつからかぽこたの周りを紫色のオーラが表れ、禍々しい雰囲気へと変わっていった。そんな雰囲気を纏いながら聞こえるぽこたの足音はゆっくりでありながら確実にルナールが隠れている食器棚へと近付いてきている。
ぺこ ぺこ ぺこ
緊張感のない足音が迫る中、ルナールは目に涙を浮かべながら堪えた。やがてぽこたの気配を間近に感じたルナールは目をぎゅっと瞑った。
(通り過ぎて……通り過ぎて……)
やがてルナールのすぐ後ろまで近付いてきたぽこた。そしてゆっくりと首を動かし、恨みの対象であるルナールを見つけると口を大きく歪ませて笑った。
「ルナール……みぃつけた」
「いやぁあ! 許してぇえ!!」
ぽこたは右手に握った何かをルナールの頭上に振り下ろした。あまりの怖さに思わず頭を抱えて小さくなるルナールの頭の上で「ぺち」と何かがぶつかった。
「……あれ?」
「もうこれで終わりにするぽこ」
照明がぱっと点き、ルナールは辺りをきょろきょろと見回した。さっきまでの異様な雰囲気はどこかへいってしまったかのように、すっきりとしていてそれでいてどこか生臭かった。
「……なんか臭くない?」
「お仕置きにこれを使ったぽこ」
そうしてぽこたは右手に握っているのをルナールに見せた。それは刃物ではなく、小さなサンマだった。
「え……ええ! ほ、包丁かと思ったぁ……」
「そんな怖いことするわけないぽこ」
「でも……ぽこた。本当にごめん。大事なお饅頭だったなんて知らなくて……」
「ぼくも悪かったぽこ。ルナールに何も言わないで置いたままにしていたんだぽこ」
こうして仲直りをしたルナールとぽこた。こうしてまた一つ学んだルナールは、すぐに浴室に行きシャワーを浴びた。疲れとともに生臭さを洗い流したルナールはそのままふかふかの布団にくるまり寝息をたてた。それに続いて、ぽこたも身体をきれいにしてからふかふかの布団に潜り込みすぐに寝息をたてて寝始めた。




