イチゴをふんだんに使ったコロンバ【魔】
ようやく過ごしやすい季節になり、外出が楽しくなり始めたそんな頃。町では小さな子供たちが庭でなにやら見つけては嬉しそうな声を発していた。それを見ていた大人たちは「よく見つけたわね」と子供と同じように喜んでいた。
イースターと呼ばれる催しを町全体で行っていて、あっちでは美味しそうなごちそうを堪能し、またあっちでは子供たちが大きな卵型のカプセルに思い思いの絵を描き楽しんでいた。そんな楽しそうな雰囲気に浸りながら歩いている一人の女性がいた。名はスヴァン。グレープパープルのロングヘア、てっぺんには同色のバラを模したヘッドドレスを着け、肩を大胆に露出した肌着は周りの目を引くには十分すぎた。同色のスカートと低めのヒールで歩く姿はさながら貴婦人のようだった。だが、貴婦人とは少し離れているというのが一目でわかるものがあった。それは、彼女の腹部にある青い球体のようなものだった。その球体は今は穏やかではあるが、時折彼女の腹から光を発している。その光はどんな意味があるかは不明ではあるが、今のこの状況下では特に気にしなくてもよさそうだ。
「……懐かしいわね」
スヴァンは楽しそうな雰囲気に頬を緩めながら言った。その眼差しには嬉しそうな雰囲気よりもどこか憂いも含まれていた。それは、彼女が大切な娘との思いがよみがえったなのかもしれない。
「娘も元気なら、ちょうどあの子くらいなのかしら」
スヴァンの娘はすでにこの世には存在しない。その悲しみに包まれ、スヴァンは家にあったもので自分を傷つけた。何度も何度も自分を傷つけ、やがて自身で手を動かすことすら億劫になるまで傷をつけると、さっきまで自分を傷つけたものが煌々と光り、スヴァンのちょうど腹のあたりにすっぽりと埋まり傷口を塞いだ。完全に傷が塞がると同時にスヴァンの中にとてつもない魔力が走り、その強すぎる力に体がのけ反った。少しずつ少しずつ魔力が体に馴染んでくると、傷だらけだった体は嘘のように消え活力に漲っていた。そしてあてもなく歩いていると、絶望した人に出会う度にスヴァンはその絶望に包まれた人をこれ以上悲しい思いはさせないとばかりにやさしく包み、取り込んでいった。誰かが生きる希望を失っていると、どこかでスヴァンが現れ、彼女の慈悲に包まれ消えていく。
「……」
木陰が心地よさそうなベンチに腰を下ろし、スヴァンはしばらく春の柔らかな風に身を委ねていた。
いつの間にか眠ってしまったスヴァンが目を覚ますと、外はすっかり暗くなり昼間の楽しそうな笑い声は聞こえなくなっていた。代わりに聞こえるのは寝静まった町の寝息だけ。そんな中、スヴァンは静かに立ち上がりこっそり用意していた衣装を取り出し広げた。それは、まだ娘が生きていたとき、身に着けていたイースタードレスだった。大きな木の陰で着替えを済ませ、町のあちこちに転がっている大きなイースターエッグを見ては小さな溜息を吐いた。
「そういえばあの子ったら、よく絵を描くときクレヨンを独り占めしてたっけ」
元気でちょっと気が強い娘を思い出したスヴァン。そして何より絵を描くことが大好きな娘は、よく画材を独り占めしていたことを思い出した。そしてその度に近所の子たちと喧嘩になって……。だけど、最後は娘がきちんと謝って一緒に楽しんでいたっけ。
「そして、イースターエッグの中にたくさんの絵を詰め込んでいたわね。あの子ったら、入らないのに無理やり詰め込もうともしてたわね。そしてそのあとはみんなでエッグハントをして、ごちそうを食べて……」
ほんの数年前のできごとを思い出したスヴァンは、誰もいないこと確認してから娘と過ごしたイースターの思い出を静かに語った。そうして娘との思い出を口にする度、スヴァンの目からうっすらと大粒の雫か零れ落ちた。
「あらやだ。わたしったら……思い出に浸りすぎたかしら。こんな気持ちになったのは久しぶりだわ」
つい思い出に浸りすぎたのか、スヴァンは次第に肩を震わせ声を殺して泣いた。誰も起こさないように、誰も幸せな夢から目覚めないよう、スヴァンは小さく嗚咽を漏らした。しばらくして、気持ちが落ち着いたのか、スヴァンは何度か深い呼吸をした後、おもむろに足元にある大きなイースターエッグをぎゅっと抱きしめた。ちょうどあの子が好きなピンク色のイースターエッグを抱きしめたスヴァンは、ふと感じた疑問を口にした。
「卵の中で守ったままは、いつか羽化するのかしら?」
しばらく考えてみたが、結果はわからず仕舞いだったスヴァンは大きなイースターエッグの中に娘と一緒に過ごした愛おしい思い出を閉じ込めた。壊れないよう優しく包み込むように。最後にぎゅっと抱きしめ、元の場所へイースターエッグを戻し、ほほ笑んだ。
「今は、羽化してほしいような……このままでいてほしいような。不思議な気持ちだわ」
ほんの少し、ここを去るのは寂しいけど娘と過ごした日を思い出させてくれたこの町に小さくお礼をし、スヴァンは静かに町を去った。
「不思議ね。わたしの中にはこんなにもあの子との思い出があったなんて。大事に守らないと」
当てもなく歩くスヴァンの上には、まんまるなお月様が浮かんでいた。そのお月様はこれからスヴァンが歩む道を明るく照らしてくれているかのような、そんな眩しい月光を放っていた。




