ちょっとビターなコーヒーゼリー【魔】Ⅳ
ここではないどこか。不思議な水晶でできた大きな城のような建物が浮かぶ空間があった。その水晶は光の加減によって虹色にも白色にも見え、その建物の中で働く従業員は仕事の合間に見える虹を見ては小さく溜息を吐く。その美しさは忙殺されそうな仕事の合間に見える癒し、いわばオアシスのような存在。いつも見れるわけではないので、たまたま見れたら「よし、頑張ろう」という気になると従業員の一人が言っていた。
そして今日。新しい従業員が入社してくるという話を聞いていたこの建物の主─サイラスは、入社してくる人物がどういう人間なのかを知るため、事前に贈られた資料に目を通していた。
「とても誠実そうだな。きっといい働きをしてくれるだろう」
左半分が白髪に赤目、右半分が黒髪に緑色の目をしており非常に落ち着いた雰囲気を持った印象を持つ美少年。彼もまた人々の想いによって生まれた存在であり、仕事のできる有能な男性。責任感が強く。優れた判断能力と計画性、そして積極的な行動力をすることが美しいと考えている。また、社会のルールを重んじる性格の持ち主。その美しさから女性はもちろん、男性であってもふとした仕草に思わず手が止まってしまうんだとか。常に前を向いて行動をしている者には称賛し、的確なアドバイスをするなど非常に部下思いな部分も持ち合わせている。
コンコンコン
「入り給え」
「し、失礼します!」
サイラスの部屋の扉がノックされ、その音に気が付いたサイラスは中に入るよう促すと緊張で強張った一人の青年が一歩また一歩とサイラスに近付いてきた。目は大きく見開き、口は横一文字に結ばれ手はまるで手刀のようにぴんとまっすぐ伸びていて、サイラスだけでなくほかの従業員が見ても緊張しているというのがすぐにわかってしまうほど、青年は緊張していた。
「そんなに緊張しなくても平気だよ。さ、肩の力を抜いておくれ」
「あ、は、はい」
青年はほんの僅かに緊張感を解くと、鼻で何度か大きく呼吸をしてからこれから働く会社のボスをまっすぐに見据えた。するとサイラスは「うん」と大きく頷いてから、改めて青年を迎え入れた。
「未来というものは自分自身の行動によって決まるものだ。どういう未来にしたいかをきちんと考えて行動することで、君は輝かしい未来を手に入れることができる」
「は……はい! が、頑張ります!」
「君の行く未来をみせてもらおうか」
「よ……よろしくお願いします!!」
結局最後の最後まで緊張しっぱなしの青年に、サイラスは温かい視線を送ると青年は深々とお辞儀をしてから部屋を後にした。サイラスは彼の仕事、そしてどんな未来を描くのかを楽しみにしていた。
─支配
「だめ」
「だめ」
「だめ」
「だめ」
「だめ」
青年が入ってしばらく。サイラスは彼が作成した資料に目を通していたのだが、その表情はいつになく険しい。一枚めくっては投げ、まためくっては投げを繰り返し、最終的には彼が作成した資料すべてが床に投げ出されていた。
「だめだ……こんなんじゃまったく話にならない」
深い溜息を吐き、やれやれといった様子で天井を仰いでいるとドアをノックする音が聞こえた。その音はなんとなく弱々しく震えているようにも聞こえた。
「入りなさい」
「し……失礼します」
入ってきたのは先ほどの資料を作成した、あの入社したばかりの青年だった。顔は青ざめ、額からは大粒の汗をだらだらと流し、足はがくがくと震えていた。
「こちらへ来なさい」
「は……はひ」
入社したときとは打って変わって、まるで氷のように冷たい視線を投げつけるサイラスに青年は恐怖でどうにかなってしまいそうな程に委縮していた。やがてあともう数歩でサイラスの座る玉座に届きそうなところで足を止め、青年は自身の手で手をぎゅっと握った。
「君、この資料は一体なんだね」
「は……はひ。その……」
「きちんと話しなさい。そうでもしないと伝わらない」
「……っ」
緊張と恐怖から青年は口を完全につぐんでしまった。青年は必死に何かを訴えようとするも、口の中がからからに乾き、うまく言葉を発することができない。もごもごと呻いていると、サイラスは青年が作成した資料をずかずかと踏みつけながら近付き、さらに冷ややかな視線で青年を射た。
「まったく。ここまで無能とは……。君には失望したよ」
「そ……んな……」
「あんなに出来の悪い資料を見たことはないよ。君の未来はあの資料のようにぐちゃぐちゃしたものなのかい」
「そ……んなことはないです」
「君は頑張ったのだろうが、それが結果に結びついていないと無意味だということを理解してもらおう」
「……っ!」
あまりの衝撃的な発言に青年は思わず唇を噛みしめた。次第に唇から赤い染みが広がると、青年の口の中に鉄の味が広がった。ぎりぎりと強く唇を噛みしめている青年に、サイラスは「まだいたのかい」と言わんばかりの冷たい表情を青年に向け、さらに一言付け加えた。
「悔しいか。なら、その悔しさをバネに行動で結果を出してくれ。これ以上、わたしを失望させないでくれ」
「……くっ!!!」
青年は我慢できず、サイラスに何も言わず部屋を出て行った。勢いよく開かれた扉の音に周囲は驚くも、サイラスは微動だにしなかった。
「ふむ」
青年が出て行ったあと、サイラスは扉に背を向け自分の玉座に腰を下ろした。しばらくして、扉の音が気になった従業員が中へ入ってくるとサイラスは「なに。大したことはないさ。それより、床に落ちてるゴミを片付けてくれ。早急に」といい、自分ではなく従業員に片付けさせた。
「お、終わりましたが。この資料はどうしますか? 結構事細かに書かれていますけど……」
「聞こえなかったのかい? それを片付けてくれと頼んだんだ」
「し、承知しました」
書類を持った従業員にこれ以上何も言わせるなとばかりにぎろりと睨みつけたサイラス。その鋭い視線に従業員は恐怖したのか、すぐに資料を抱え部屋を出て行った。しんと静まった部屋に自分だけが残ったサイラスは、ゆっくりと自分の頭を抱え、デスクに突っ伏した。
「わたしには……そのような自信は……ないのだよ……」
だめなのは、もしかしたら自分なのかもしれないと思ったサイラスはふと視線をあげた。その先にはめったに見ることのない虹色の光がきらきらと回りながら輝いていた。




