しっとり濃厚マァム♪ 季節のフルーツを添えて【神】Ⅲ
「はぁ……今日もだめだった……なんてツイてないんだよ……」
一人の少年がとぼとぼと歩いていた。空はすっかり暗く、足元を冷たい夜風がくすくす笑いながら通り抜ける。少年はごく普通の学生生活を送っているだけなのだが、ここ最近、毎日がうまくいかずに悩んでいた。と言っても、一個一個はそう被害が大きいものではないのだがそれが積み重なっていけば大きな負担となる。今、少年はその積み重なりまくった負担の一番下にいるということだ。
「今日のバイトでミスするし、昨日も間違えた。提出するレポートだって忘れるし……あああ……」
数えても仕方がない被害を思い出す度に重い気持ちになることなんて慣れているはず……なのに、なんでこうも苦しくなるのだろうか。慣れているのになぁなんて考えていると、目の前が急に白く光った。
「うわっ! ななななな……なぁにぃ?!!」
突然の発光に驚いた少年の前に現れたのは、ふわっと甘い香りが漂うクリーム色の髪色をした女性だった。それも大きなふわふわと浮いている椅子のようなものに座って、少年を憂いを含んだ瞳で見つめていた。まるでぴかぴか輝くネオンサインの真ん中に女性がいるようなそんな感覚だった。
「……ああああ……あなた様は……??? こんな寒い日にそんな恰好だと風邪ひいちゃいますよ……」
「まぁ……あなたは私の心配をしてくれるの? なんて優しい方なんでしょう……うふふふ」
「え……? ええ……そりゃあまぁ……」
少年はどきまぎしながら答えると、女性はにこーっと笑うと椅子から降り、少年の目の前に立ったかと思うと突然ぎゅーっとハグをした。突然のハグに少年は何が起きたのかわからずただ手をばたばたさせながら「むーーーー」と唸っていた。
「なんていい子なんでしょう。いい子いい子」
女性は少年の頭を優しく撫でると、少年は落ち着きを取り戻し大人しくなった。やがてゆっくりと顔を上げ女性を顔を見た少年は顔を真っ赤にさせ、俯いてしまった。
「あらあら。あなたのお顔をもっと私に見せてくれないかしら?」
「は……はひ……」
ゆっくりゆっくり顔をあげると、そこはカスタードのような甘い香りが漂う優しい表情をした女性が少年を真っすぐ見つめていた。気のせいか、女性の頬は少年ほどではないが頬が桃色に染まっていた。
「あらいやだ。私ったら……。ごめんなさいね。私、ジニアって言います。あなたはずっと辛い思いをされていたようですね。これからは、私に甘えていいんですよ?」
「え? ええ?? どういう……」
少年は今の学校に通うため、実家から離れて生活をしている。少し甘えん坊な部分がある少年はそのまま両親と離れ離れの生活を送っているうち、心のどこかで「誰かに甘えたい」という気持ちが芽生えていた。しかし、それを口にすることなんてできないし、ずっと心の内に秘めていた。そんな中、目の前に現れたジニアと名乗った女性は、少年を優しく包み込み愛でてくれた。
「これからは、私に甘えていいんですよ。何も恥ずかしいことはありません」
「え……えぇえっと……」
「この世界には『愛』が足りません。だから、私がその愛を伝えに参りました」
「そ……その……大変言いにくいのですが……」
「どうかされましたか?」
「あの……お話の続きは……ぼくの家の中で……如何でしょう」
「あら?」
ジニアは話に夢中になってしまい、周りのことを見ていなかった。夜中とはいえ、あんなにぴかぴか光る目立つ椅子があっては、近くの住人は眩しくて何事かと窓の外を見てしまうだろう。眠い目をこすりながらみたら、なんと見たことのない女性と男性が道路の真ん中で何か話しているとなれば、怪しまれるのも無理はなかった。
「とととと……とりあえずこの場から離れましょう」
「そうね。安心して。さぁ、この玉座に座って」
「は……はい」
ジニアと少年が玉座に座ると、どういう原理で動いているかはわからないが玉座はふわりと宙に浮いた。そしてそのあとは少年の家へと向かっていった。
それからしばらく。少年とジニアは意気投合し、いつしか一人暮らしから共同生活が始まっていた。一人から二人になったからか、少年の顔は徐々に生気を帯び始めていた。いつもなら一人で抱え込んでおしまいだったのだが、家へ帰ればジニアがいる。ジニアに話を聞いてもらうだけでも気持ちが楽だと感じた少年は毎日がなんだか楽しくなっているのを実感していた。そして生活が充実している中、少年は一つ気がかりなことがあった。
それはクラスメイトの一人が、少年に対し嫌がらせを働いていることだった。一人暮らししていた時はそういったことはなかったのだが、ジニアが来てからしばらくしてそのクラスメイトはじわりじわりと少年に対し小さな小さな嫌がらせをしていた。はじめは気のせいだろうと思っていた少年だったが、それは次第に確信へと変わっていった。さすがにこれ以上は苦しいと思い、少年は帰宅して開口一番、そのことをジニアに相談をした。すると、ジニアは少年よりも悲しそうな顔をしながら、だけど口を一切挟まず集中して話を聞いていた。すべてを話し終えた少年は緊張の糸が途切れてしまったのか、目から大粒の涙を流しながらジニアに「ごめんなさい」と何度も何度も謝った。
「あなたはなぁんにも悪くないわ。辛かったわねぇ……苦しかったわねぇ。でも、もう大丈夫よ。私にぜぇんぶ任せて頂戴」
いつもは穏やかなジニアも、この時だけは表情が曇って見えたのは気のせいだろうか。
─過保護
翌朝。目が覚めるといつもならすぐ傍にいるはずのジニアの姿はなかった。代わりに可愛らしい便せんがテーブルの上に置かれていた。目を擦りながら確認をすると流れるようなきれいな文字で「何も心配しないでください。あなたは私は守りますから」とだけ書いてあった。一体どうしたのだろうか。
「そういえば……昨日のジニア、ちょっと様子がおかしかった……ような……」
いつも穏やかな口調なのだが、昨日最後に耳にした言葉はなんだか暗く重い感じに聞こえた少年は思い切り唸りながら考えたのだが、結局答えにたどり着くことはできなかった。
「って、やばいやばい! 遅刻だ!!」
考えていたらいつの間にか登校時間になっており、少年は慌てて食パンを咥えながら玄関を飛び出した。時折食パンを喉に詰まらせそうになりながらも、なんとか登校時間に間に合った少年は、自分の席に着きカバンを置いて他のクラスメイトを待っているとあることに気が付いた。いつもやられていることがなかったのだ。
「……あれ。あの子、どうしたんだろう」
やられないことに越したことはないのだが、いつも誰よりも早く来て悪戯をするあのクラスメイトがいない教室は妙に静かだった。
「寝坊したのかな」
そう思うことにした少年は一限目の準備を始めた。
まもなく昼休みになろうかとしている時間になってもあの子は教室に入ってくることはなかった。それにより、寝坊ではないということはわかったのだが、なんだか妙だった。何て言えばいいかはわからないけど、なんとなく感じたのは不自然さだった。あの子はいつだって元気でクラスメイトに迷惑をかける子だ。それが急に学校に来なくなるものなのだろうか……?
「なんだろうな……それと、ジニアが朝いなかったのと何か関係が……?」
ノートの隅に落書きをしながら考え事をしていると、昼休みを知らせるチャイムが鳴った。その音にはっとした少年は急いで筆記用具をしまい、学食へと走った。今日は数量限定のイチゴクリームコッペパンが発売される日。前回はすんでのところで買い逃してしまったので、今日こそはと意気込んだ少年は授業よりも真剣に校内を駆け抜けた。廊下のぎりぎりを走り、階段を一段飛ばしで降り、手摺を使い遠心力を利用しカーブをきれいに曲がりながらさらに階段を下りて行った先に見える購買部の看板。今日こそは逃すものかとその目に闘志を宿した少年は、念願のイチゴクリームコッペパンを手にすることができた。
「あぁ……やっとだ。さて、天気もいいし屋上で食べますか」
さっき下りてきた階段を今度はゆっくり上り、屋上へ向かうと心地の良い風が吹いていた。袋にはイチゴクリームコッペパンと甘々ミルクコーヒーが入っており、少年は勝利の味を噛み締めようとパッケージを開けたとき、背後から人の気配を感じた。
「あぁ、あなたの心配は私が根こそぎ取り除いておきました。悪いのは、あなたを苦しめるすべてのものが悪いんです。あなたはもう何も心配しないでいいんですよ。うふふふふふ」
何かがおかしい。少年が感じたのはジニアの雰囲気だった。会ったときとはくらべものにならないくらい、何か盲目的ななにかを感じた少年は一瞬たじろいでしまった。
「もう……離しませんからね」
たったその一言から戦慄を覚えた少年は、ジニアにこれ以上はやめてくれと頼んだ。しかし、少年の訴えはまるでジニアの耳に届いていないようで、ジニアはただ怪しく微笑みながら少年に近づいた。
「いーーっぱい、お世話してあげます。この私に任せていればいいんです。あなたは何もしなくていいんです」
どこか必死さが感じられるその言動に、少年は我慢ができず声を荒げた。
「もう止めてくれ!」
少年の怒気にも臆することなく、ジニアはただ少年をじっと見据えていた。はぁはぁと肩で呼吸をしている少年に静かに歩み寄ろうとしたジニアを少年は「来るな!」と制止し、屋上から出て行った。
それから数日後。担任の教師から驚くべき事実が発表された。少年をはじめ、他のクラスメイトに悪戯をしていた人物は登校ができないくらいに弱ってしまっているというものだった。それも、話の節々に出てくる「女の人が……女の人が……見てる」という言葉に少年の背筋は一気に凍り付いた。まさか、悪戯をしていた人物が学校に来なかったのはジニアが裏で何かをしていたという。担任の話が終わる前に少年は教室を飛び出し、自宅へ戻ると歪んだ笑みを浮かべたジニアがそこにいた。
「おかえりなさい。さぁ、他にも困ったことがあったら私に言って。すべて取り除いてきますから。うふふふふふ……」
「……ってくれ」
「え?」
「出て行ってくれ! もう……もうジニアと話したくないっ!」
「……そう。あなたがそういうのなら仕方ありません。でも……」
部屋を出ていく間際、ジニアはふと足を止めた。そして、柔らかくも冷たい一言。
「私、諦めませんから」
この一言に少年は恐怖のあまり、何も言葉を発することができなかった。ジニアに出会ったことは幸か否か……少年の頭の中はどうしたらいいかぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。




