カラメル絡まる骨型サブレ【魔】
今日も心地の良い風が吹いている。風向きだけ違うが、今日も一人の少女と二匹の犬が平坦な道を歩いていた。白い少しタイトな肌着に、右腰あたりには黒いマントのようなものを着け、長い時間歩くには不向きな黒いサンダルを履いていた。頭頂部は薄い紫色なのだが、毛先に向かうにつれ青く濃い青色のロングヘアーは前髪に近い部分だけ結わっていて、ほかは全部さらりと垂らしていた。少女の名前はニアーヤ。人々の想いによって生まれた存在で、自分がやりたいと思ったことを率先してやり、思ったことをそのまま口にする自分の気持ちに正直な少女である。「できること」と「やりたいこと」は違うと考えており、たとえそれを他の人に言われても少し面倒くさそうに「やればできるけど、やらない」と言い、物事を放置してしまう。
そんなニアーヤはただ自分を基準にして行動をしている。今日はやらないかもしれないけど、明日になったらやるかもしれない。さっきまではやらないって思っていたけど、思い返してみたら今すぐやろうなどところころと考えを変えるのは、今吹いている風と全く同じだった。その時その時を楽しんでいるニアーヤにとって、今というのは気分次第でどうにでもなるということだ。それに、自分を基準としている以上、他人にどうこう言われても、ニアーヤは「あっそ」と言い、意見が気に入らなければ受け流すし、興味あれば「それも一理あるっしょ」といい終わる。ルールなんて人それぞれだし何もそんなルールに縛られるだなんて失敗したほうがマシと斜め上の答えを出すニアーヤに、問いかけた人も目を点にしてその場に立ち尽くす始末。こうしてニアーヤは独自の考え方を構築し、色々な人と渡り歩いてきた。時には見ず知らずの人に悩み相談をされ、ニアーヤが放ったたった一言。
「それってマジでやりたいこと?」
この一言にすべてが凝縮され、相談した人は目の前で自問自答し始め、最後は何かさっぱりした様子でニアーヤにお礼を言って去っていった。本人は「あーしはなぁんにもしてないんだけど……まー、解決したんならいいっしょ」とさらりと言い、またふらりと歩き始めた。
「あーし、だいたいことはできるからね。そんなに急がなくても平気っしょ。とりあえず歩いてれば、どっかに着くっしょ」
誰に聞かれたわけでもなく、突然ニアーヤは一人そんなことを呟いた。そんなニアーヤに尻尾を振りながら付いて歩いている小型犬のポメラニアンと大型犬のボルゾイ。二匹の犬はニアーヤと歩くのが楽しくてしょうがないのか、尻尾をぶんぶんと振りながら付いて歩いていた。
「そんなにあーしといるのが楽しい? まー、あんたたちが楽しいならそれでいいっしょ」
今となっては気が付けば傍にいるパートナーのような存在に、ニアーヤは「飽きたらどっか行くっしょ」という特に二匹に干渉はしていないのだが、二匹はそれでもニアーヤに付いて歩いていた。
「まー、あーしも好きに動くからそのつもりでよろしくっしょ」
返事は求めていないが、念のため二匹のパートナーに言うと、二匹は口を揃えて大きく吠えた。それはまるでニアーヤの言葉を理解しているかのような元気な返事だった。
─驕佚
ニアーヤと二匹の犬が歩いていると、突然雲行きが怪しくなりぽつりぽつりと雨が降り出した。ニアーヤが雨粒に気が付いて間もなく、本降りの雨となり巨大な滝のような音が辺りに鳴り響いた。
「ちょっとやばいっしょ」
さすがにこれはまずいと思ったニアーヤは二匹の犬たちに合図をし雨宿りできる場所を探し始めた。
「あーもう。最悪っしょ」
滝のような雨を防ぐものを持っていないニアーヤは思わず呟いた。今の自分にできることといえば、その細い腕で雨を防ぎ、僅かな視界を確保することだけだった。やらないよりはマシかと考えニアーヤはどこかで雨をやり過ごせそうな場所はないか目をこらしていると、ポメラニアンが小さくそして連続で鳴いている声が聞こえた。その声を頼りに走ると、そこにはニアーヤたちが入るには十分すぎるくらいの大きな穴があった。
「お手柄っしょ」
すぐに穴へ入り滝のような雨から避難をしたニアーヤはポメラニアンの頭をわしわしと撫でた。一方、ボルゾイは濡れた毛はそのままに大きなあくびをし、その場に伏せた。ポメラニアンも疲れたのか伸びをしたあとにボルゾイに身を預けているニアーヤの腕へ飛び込んでそのまま寝息を立てた。
「はぁ……何もしないっていいね」
雨音に声をかき消された声は二匹の耳には届かなかった。じっと雨を眺めているニアーヤはいつからこの二匹はついてきたかを思い出してみた。それは、ただその辺の道でたまたま会い、持っていた餌をあげたら勝手についてきただけという驚くほどシンプルなものだった。
「気に入らなきゃどっか行くだろうし、気に入ってたらこうして一緒にいるだけ。そういう関係って……楽でいいね」
雨に濡れた体を気にせずに雨を眺めているニアーヤは突然、強烈な体の重みを感じた。それは動きたくないという思いからなのか、思えば思うほど体はいうことを聞かないくらいまでになっていた。
「はぁ……だっる。あーしちゃん、やる気ゼロ」
誰も通ることのないこの場所で、ニアーヤは体全体から「面倒くさい。動きたくありません」オーラを全開にしながらボルゾイにもたれた。もたれかかれているボルゾイはそんなことは全く気にした様子もなく、ただすやすやと寝息をたてて眠っていた。
雨が止む気配は一向に感じられなかった。あれから数時間が経過しているのだが、それでも雨は止むことなく降り続いていた。それどころか雨脚は強くなっているような気がしたニアーヤは更にやる気をマイナスさせていた。そんなとき、ふと誰かに言われた一言が頭をよぎった。
─お前は本当に何もしないんだな。
それに対し、ニアーヤはなんて返したか。記憶を手繰っていくと……確かこうだったか。
「別に何もしないわけじゃないよ。好きなときに、好きなことをするだけ」
答えとしては何も間違っていないし、誰にも迷惑をかけているわけでもない。なのに、質問した人物は顔を真っ赤にして怒っていた。なんでそんなに怒っているのか想像もつかないニアーヤは質問者から何やら言われているが適当にその場を切り抜けた。
またあるとき、今度は何事にも全力を尽くしている人物に逆にニアーヤが尋ねた。
「君はなんでそんな頑張れんの? あーしはもう頑張り方を忘れちゃったよ」
するとその人物は眩しい笑顔で「誰かの力になりたいから」とだけ答えた。その答えに、ニアーヤは衝撃を受けた。特に見返りもないし、自分の意志を持って誰かの力になりたいだなんて……自分にはないことだと感じたニアーヤは胸の当たりがなんだかくすぐったくなり小さく笑った。
「あーそういう答えもあるのか……あーし、君のこと気に入っちゃった」
ふわふわとしたなんとも形容しがたい心地よさに、ニアーヤはくすくすと笑いながら大きく伸びをした。
「ん-、そういう考え……悪くないっしょ……でも、今はいいや。おやすみなさい」
今は「眠りたい」という気持ちに素直になりたいニアーヤは、ぽかぽかと温かいボルゾイに顔を埋め、静かに寝息をたてた。
今は……なぁんも考えたくない。とにかく……眠りたい。
おやすみなさい。




