シャリシャリ弾む♪フローズンジェリービーンズ【神】
「はぁ……」
窓の外を眺めながら小麦色の肌の少女が溜息を吐く。足をぱたぱたと動かし、頬杖をつきながらまるで退屈そうにしている少女─マルドゥークはまたすぐに大きな溜息を吐いた。
「なんで……余は……」
早くに父親を亡くし、それからは一国の王となったマルドゥークはじいの厳しいいいつけを(ぶーぶー言いながら)守る日々を過ごしていた。これも一国の王にふさわしくなるためだとはいえ、こうも張り詰めた空気ばかりにさらされては気持ちも荒んでしまうというもの。今日もお稽古に座学などマルドゥークにとっては眠たくなるものばかりの地獄を乗り越え、ようやく一息付いた時には外には光り輝く星々がくすくすと笑っていた。
「……おとうさま」
じいだけでは不満……というわけではない。だけど、たまにあのお父様の優しい言葉に甘えたくなるときがある。優しいあの声を思い出したマルドゥークは自分をぎゅっと抱きしめながら、目から一筋の涙を流した。肩を震わせて泣いていると、どこからかこんこんと音が聞こえたマルドゥークははっとし、袖で乱暴に目元を擦りながら音の出どころを探していると、どうやら部屋の出入り口からだった。マルドゥークは恐る恐る扉の前に立ち「だ……だれじゃ」と小声で言うと、外から小さく「トゥールラ」と聞こえた。聞き覚えのある名前に背筋を伸ばしながら扉を開けるとそこには隣国の王─トゥールラが「やっ」とあいさつをしていた。
「トゥールラ?? ど、どうしてここに?」
「なんか、呼ばれた気がして」
「??? 呼んではいないんだけど……どうした??」
「ん。ちょっと外の空気吸いに行かない? 気分転換だと思ってさ」
トゥールラから気分転換に外出しようといわれ、迷ったマルドゥーク。外はすっかり夜になってしまっているし、もし外出しているのがじいにバレてしまったら……そう考えるだけで顔が青ざめてしまうマルドゥークだが、トゥールラは首をゆっくり横に振った。
「大丈夫。心配しないでいいから。ほら、いこ?」
トゥールラはマルドゥークに手を差し出すと、マルドゥークは恐る恐るその手を取った。ふわりとした力で手を引かれたマルドゥークは手を引かれるままトゥールラについていった。足音をたてながら廊下を走っているのに誰一人として注意することがない違和感に疑問を感じながらも、マルドゥークはトゥールラに手を引かれるままただただついていった。
どれだけ走ったかわからない。だけど、部屋を抜け出したときまでは覚えている。いつもの玄関から外で出た瞬間、白い光に照らされてあまりの眩しさにたじろいでいるとそこは見たことのない世界だった。ふいに後ろを振り返るとそこには巨大な木製の柱がマルドゥークを見下ろしているように立っていた。そのあまりにも大きすぎる柱にマルドゥークは「ひゃあ!」と悲鳴をあげた。それを見たトゥールラはくすくすと笑い「それは木の柱だよ。大丈夫。怖くないよ」というと、マルドゥークは「なんだ……柱なのか……」とばくばくと暴れる心臓をなだめていた。
「ところで……ここは一体どこなのだ? わたしの国……ではないようだけど」
「うん。ここ、異世界だもん」
「いっ?! 異世界!?」
あっけらかんと言うトゥールラとは反対に大きく驚くマルドゥーク。異世界だなんておとぎ話かなにかだろうと思っていたマルドゥークいよいよ自分も異世界に来ていることをにわかには信じられないでいた。
「この……木でできた柱は一体……」
何だろうと言いかけたとき、その木の柱かオレンジ色の光が灯った。夕焼けとはまた違った温もりを感じる温かな光にマルドゥークは「うわぁ……」と声を漏らした。それを皮切りにほかの木の柱にも光が灯り、辺り一帯がオレンジ色の光に包まれた。
「なんじゃなんじゃ。これは一体……」
「今日はマルドゥークちゃんに元気になってもらうために、一緒にお祭りを楽しもうのコーナー。いえーい」
「お……? おまつり? おまつりとはなん……って、うわぁあ!! ひっぱらないでぇええ!」
手首をぐわしと掴まれたマルドゥークの悲鳴がオレンジ色の光に吸い込まれていった。
ようやく手首の拘束から解かれたマルドゥークの視線の先には、見たことのない世界が広がっていた。甘い香りのするものや、食欲を刺激する香ばしい香りがするものなど数多くの匂いがマルドゥークの鼻をこれでもかとくすぐっていた。
「なんじゃなんじゃここは! わたしの国にはない色んな匂いで溢れておる!!」
「うん。あたしも楽しみなんだ。行こ」
「うんっ!」
一国の王から一人の少女の顔になったマルドゥークは見たことのないお店にはしゃいでいた。ふわふわと白くて甘い食べ物や、茶色くて香ばしい香りのする食べ物。丸くてぷよぷよしたおもちゃ、赤い魚を掬う遊びなどどれもマルドゥークが経験したことのないものばかりだった。ふわふわと白くて甘い食べ物に頬を緩ませ、茶色くて香ばしい香りのする食べ物に驚き、丸くてぷよぷよしたおもちゃにはしゃぎ、赤い魚を掬う遊びに一喜一憂。ころころと表情が変わるマルドゥークの顔を見てトゥールラはふふっと笑った。
「はぁ~。なんとも楽しいなぁ……ひゃっ!!」
どどん どーん どどん どどーん
マルドゥークの背後で大きな音がした。驚いたマルドゥークはすぐに振り返ると、そこには夜空のキャンバスに色とりどりの花が咲き乱れていた。赤、緑、青。花の形をしたと思ったら今度は形を変えてまた夜空のキャンバスを彩っていく。
「おお……これは……見事な……」
「うん。はなびっていうんだって」
「はなび……いいのう」
体の奥に響く音に心地よさを感じたマルドゥーク。その音に心が解れたのか、マルドゥークはぷよぷよしたおもちゃを華麗に操りながら踊り始めた。その踊りはマルドゥークの国の伝統的な踊りだった。
(ああ。確かお父様と一緒にこうして踊ったことが。ああ。まだ覚えててよかった。お父様。わたしの踊り、届いてますか?)
お父様と一緒にいた時間は短かったけど、こうしてお父様との時間を思い出すことができたマルドゥークの目は嬉しそうだった。それと同時に目にはうっすらと涙を溜めていた。それは嬉しさからなのか、悲しさからなのかはわからない。
思う存分踊ったマルドゥークは満足そうに頬を緩ませながら歩いていると、トゥールラから「よかった」と安堵の声が聞こえた。何事かと首を傾げていると「部屋を出る前、すっごく寂しそうだったから。元気になってくれてよかった。うん」とトゥールラは微笑んだ。そういえば、心なしか気持ちが軽くなったというかすっきりしたというか。とにかく気持ちが入れ替わったような感覚になったマルドゥークは「確かに。なんかこう……すっきりしたような感じが……」と漏らしていた。
「うん。たまにはこうして一緒に遊ぼ。友達なんだし。ね?」
「……うん! 今度はわたしがトゥールラを誘うから! ……じいの目を盗んで行くから、それまで待ってくれるか???」
「もちろん。待ってるよ。約束」
マルドゥークとトゥールラは指切りをしながら互いに微笑みあうと、どこからともなく笛の音が聞こえた。その音は段々と大きくなり、次いで太鼓の音も聞こえてきた。やがて笛と太鼓の音が大きくなり、話し声も聞こえなくなるまで大きくなると、マルドゥークは賑やかな音色に意識を奪われていった。それは微睡にもにた優しくも安らかな誘いだった。
目が覚めると外はきれいに晴れていた。窓から差し込む朝日に心地よささえ感じる日和に、いつもならじいに起こされるまで起きないマルドゥークは珍しく自分からベッドから体を起こし寝具を整えた。ついでに部屋の空気の入れ替えをしながら着替えを済ませ姿見で自分をチェックをし、着衣の乱れがないことを確認したマルドゥークは食堂へと向かった。きっとじいは驚くだろうとにやにやしながら歩いていると、ふと不思議な出来事があったような気がしたマルドゥーク。甘いものを食べたり遊んだりとずいぶんと楽しかったような……うん。きっと楽しかった。それも親友のトゥールラと一緒だったし、今度は自分から誘って一緒に遊ぶんだ。少し時間はかかってしまうかもしれないけど、きっとトゥールラを誘うから。それまで、自分が王に相応しくなるための訓練を積む決意をしたマルドゥーク。トゥールラと一緒に遊べると思うだけで、こうも頑張れる気になれる自分に驚きながら、食堂の扉をどんと開けた。
「皆の者。おはよう。今日も一日、よろしく頼むぞ」
威厳たっぷりに放った一言で気持ちが引き締まったマルドゥークは、じいの用意する朝食に舌鼓を打った。




