黒ゴマと黄な粉の和とるて【竜】♋
ギルドからの依頼が思っていたより長引いてしまったせいで、本来は夕方には帰る予定だったのにすっかり日が暮れてしまった。早く帰らないとこの辺は野犬が出るって掲示板に書いてあったのを思い出したぼくは、疲れている足を無理やりにでも動かした。ギルドへ帰る道の最難関である森の前で呼吸を整えたぼくは、意を決し月の光も差し込まない森の中へと足を踏み入れた。雨で湿った土の匂いがぼくの鼻をつくと、ぼくの耳元で生暖かい風が不意に横切った。これは気にしてはいけないやつなのかもと察したぼくは、後ろを振り返らずひたすらに足を動かした。途中、水たまりに足を踏み入れても枝に頬を傷つけられても、ぼくは動揺せずにただひたすらに前へと進んだ。
無言で進むこと数十分。どこからか笛のような音が聞こえた。こんな鬱蒼とした森の中に笛の音なんてと思い、ぼくは気になりその音のする方へと進路を変えた。笛の音は段々と大きくなり、やがて森が大きく口を開けたかのような出口を抜けると、そこは深紅に染まった町だった。紙でできた赤いまんまるい明かりが暗闇を照らし、建物から漏れる温かみのある照明が混ざり合い神秘的な色合いをしていた。建物の前には見たことのない木で出来た車や、まん丸い入れ物があった。行きかう住人たちの服装も、ぼくたちが住んでる世界のものとはまた違っていて、どこかぴしっとしただけどどこか着崩しているようなそんな衣装だった。ぼくは他にも気になるところはあるけど、それには手を付けず辺りをもう少し散策してみることにした。ここはどこなのだろうときょろきょろしていると、ぼくの背後から「ぴーーーー」と甲高い音が鳴り響いた。ぼくは驚き振り返ると、きちっと整えられた黒髪を結い上げている男性に刀を向けられていた。
「不審者発見! 大人しくお縄につけ!」
え? ぼくが不審者? 確かに、見慣れない町に来てきょろきょろしちゃったけど、それだけで不審者だなんて。ぼくは成すすべなく黙って立っていると、いつの間にか現れたのか、凛とした女性が刀を向けている男性に向かって「ちょっと待ちいや」と怒鳴った。
「よく見てみいや。この町の人間じゃないというのは、一目見ればわかろう」
「……が、だからこそ怪しいと思いまして……」
「こんの戯けが!」
男性の腕を掴んだ女性は、男性のお腹に強烈な蹴りを放つと男性は思い切り吹き飛んだ。苦痛に顔を歪ませている男性の前に女性が屈んで何やらいうと男性は何度も頭を下げて、どこかへと行ってしまった。た、助かった……のかな。
「ふぅ……。あんた、来て早々に嫌な思いさせてしまって、本当に申し訳ない。わたくしはかに座の看板を継承する者。名を真紅と申します」
先ほどとは打って変わって、非常に恭しく挨拶をしてくれた真紅という女性。艶やかな黒檀のような黒髪は毛先に向かうほど燃えるような赤色になっていて、豊かな髪は頭頂部でまとめ一本の太い管のようなもので結い上げていた。目元は薄橙色の眼鏡をかけており、両耳はつんと尖っていた。また腰から伸びる太い黒尾も彼女の魅力を引き立てていた。衣装は少し派手……だけど、どこか上品に着こなしているのは真紅のセンスなのかもしれない。そして腰には二対の長剣を携えていた。柄の部分にはなにやら記号のような模様が浮かんでいて、まるで数字の「6」を横にして上下に二つ並べたような模様に見えた。
「大丈夫かい。って、あんたケガしてるじゃないか」
言われて気が付いたけど、ぼくの腕にはいつの間にか擦り傷ができていた。そういえばなんか染みるなとは思っていたけど、ケガをしていたという結論には至っていなかったぼくは真紅に大丈夫ですというと、真紅は目をギロっと鋭くさせながら口を開いた。
「いいや。かすり傷でもナメたらアカンで。きっちり消毒していかな」
そういうと真紅はぼくの腕を掴み、どこかに向かって歩き始めた。あ……真紅さん、腕を握る力、ちょっと強い……。
「さ、遠慮なく入っておくんなんし」
そう言われ、ぼくは真紅の家と呼ばれる建物の前に立っていた。まるで城のような……和の城塞というのかな。堅牢な門扉はぼくの力ではびくともしないのは、見るだけで明らかだった。中へ入るときにその門扉の厚さをみたとき、ぼくには無理だというのを再認識したほどに分厚かった。中へ入ると水晶のように透き通った石で作られた丸い足場が家へと続いていた。その石の上を歩きながらふと視線を両側へと向けると、きれいな和風の庭園が広がっていた。向かって右側は緑色の細い植物が植えられていて、その間に間接照明が入りなんとも幻想的な雰囲気を演出していた。左側は白い砂の上に波上の溝が作られた庭が広がっていた。背後にある植物もそれを引き立てるよう考えられて配置されているのを見てぼくは思わず息を飲んだ。いちいち感動を覚えながらようやく玄関に到着すると、今度は玄関の両側にたくさんの人が礼服をびしっと着こなし口を揃えて「おかえりなさいませ。頭首」と挨拶をした。お辞儀の角度も全員ぴったりでそれにも驚いていると、真紅は「堅苦しいけぇ、もうそれはなしと言うとろうに」と面倒くさそうに手をひらひらさせながら居間へと入っていった。居間に入るとそこもまた広く、まるで宴会場のようだった。いよいよぼくも突っ込みが追い付かなくなってくると、真紅は居間の押し入れから救急箱を取り出しぼくの腕を捲り、消毒液をかけた。
「ほれ、手当をするけん」
慣れた手つきで手当てを済ませると、真紅は薄く笑いながら「待たせてしまってすまんの」と言いながら救急箱をしまった。いや、ものの数秒で終わった手当なのに……とぼくは何度も真紅にお礼を言うと「そんなんええって」と少し恥ずかしそうに首を横に振った。その後、真紅は自分の背負っている使命についてぼくに話してくれた。なんでも、真紅は十二星座の皇子であり課せられた使命というのがあるみたい。その使命とは、とある封印を守ること。万が一、その封印が解かれてしまうとこの世界は塵一つ残さず消え失せてしまうとのことだった。それを防ぐため、十二星座の皇子はそれぞれ力を駆使し封印を守っているという。真紅もその使命については重々承知をしていて、命に代えても守り抜くとまっすぐな瞳をぼくに向けて言った。
「うちのもんはもちろん、あんたも守るけん。何かあったらこのかに座の皇子、真紅の名を呼んでくだしゃんせ。いつでも力になります故」
深く深く頭を下げる真紅に、ぼくはとまどいながらもよろしくお願いしますと伝えると、真紅は本当の意味でほっとしたのか、さっきよりも自然な笑みを浮かべながら手をパンと叩いた。
「野郎共! 今夜は祝杯じゃ! 飯をもってこんかい!」
「「はい! 頭首」」
気合の入った返事とともに紙と木でできた扉が勢いよく開かれ、手には大きなお皿を持ってどかどかと入ってきた。皿には白身の魚や赤みの魚、海藻がきれいに盛り付けられていた。ほかにも豪快に切られた野菜の煮物や根菜をお肉で巻いたものなど種類豊富な食べ物が大きな座卓を埋め尽くした。
「ここで会ったのも何かの縁。さ、遠慮なく食べてくんな」
「ささ。どうぞ」
いつの間にぼくの目の前に置かれた茶碗には、これでもかとばかりの大きな白米の山が築かれていた。真紅の好意をぼくはありがたくいただこうと、両手を合わせ食事の挨拶をした。最初に手を付けた野菜の煮物の味が今までに食べたことのない優しい味わいに感銘を受けたのか、ぼくの箸はとまることはなかった。白米も甘くておいしかったし、なによりこんなに大勢と食べる食事がとっても楽しかった。見ず知らずのぼくをこんなに温かく迎えてくれたことに何度も感謝をしながら、ぼくは真紅が抱えている使命というのにも力を貸すことを心の中で決めた。真紅が全力で助けてくれるのだから、ぼくも全力で助けなきゃ……。それに、またみんなとこうして食事もしたいから……ね。




