壊して美味しいクラッシュクッキー【魔】♌
荒れ果てた戦場。あちこちに横たわる亡骸。地に突き刺さる得物。乾いた風に吹かれながら歩く一人の青年がいた。真っ赤に燃える火炎のような髪、気怠そうな瞳には口では言い表せない程の闘志に燃えていた。黒いタンクトップに少しだぼついた黒いパンツ、赤紐のスポーツ靴とカジュアルなその青年の手には、ギザギザした刃がついた得物は青年の性格を表しているかのように非常に暴力的にも見えた。
青年の名はレオニス。彼はただ戦い三昧の日々を送れればそれでいいという思考を持っている。その為、あっちで戦があればすぐに飛び、こっちで戦があればまた飛びということを繰り返しているうちに、戦うことしか考えることができなくなっていた。体を休めること、食事を摂ることなどはどれだけ摂っていないのかは本人曰く「忘れた」と一言で終わった。
「あぁ……暴れたりねぇな」
自分の得物を肩に担ぎ、辺りを見回す。レオニスの視界に映るのは焼け焦げた家屋や瓦礫、亡骸。それもこれも、レオニス一人で行ったことだと言われ、誰が信じようか。それでもレオニスの衣服には乱れた様子はなく、本人はただ怠そうに首をくるりと回し退屈の色をした吐息を漏らした。
「呆気なかったなぁ……さて、違うところに行くとするか」
これ以上この場に留まっても無駄だと思ったレオニスが、地を蹴るその刹那。背後に何か気配を感じたレオニスは咄嗟に得物の束を握った。さっきまで何も感じなかったはずなのだが、今レオニスの目の前には年老いた男性は髭を恭しく撫でながら立っていた。
「ほっほっほ。これはこれは。なんとも血の気盛んな若者じゃの」
「……てめぇ。いつの間にいやがった」
「そんなに身構えるでない。まぁ、いきなり背後に立ってたら無理もないか」
「……」
レオニスの怒気を含んだ言葉にも臆することなく、男性は軽口を叩きながら髭を撫でていた。
(このじじい……一体なにもんだ)
レオニスが警戒を解かず得物を握っていると、男性は「ふむ」と言いながら手を軽く叩いた。すると男性の目の前に小さな天球儀のような球体が現れた。水が滴っているような不思議な天球儀に思わずレオニスも「あ?」と表情を歪ませ、警戒を一瞬解いた。続いて男性は天球儀をくるくると回すと空中に何やら記号のようなものが浮かび上がった。一つまた一つと金色で描かれる記号なのだが、ひとつだけ記号浮かばなかった。それ以外は全て記号が浮かび上がり、空中でふわふわと漂っていると男性は小さく咳払いをし、話し始めた。
「これは十二星座というものでな。それぞれに役割があるのじゃが……ここ。わかるか?」
「あ?」
男性がちょいちょいと指を動かした先は、ちょうど一個分の記号が入りそうな枠があった。それは何を意味するのか、この段階ではレオニスは見当もつかなかった。
「ここ……本来はしし座が入るんじゃがな。今、欠員が出てしまっての……」
「ああ。そうかよ」
「そこで……お主にひとつ、頼まれてほしいのだがな……なに。そんな悪いもんじゃあない」
「……聞くだけ聞いてやる」
ふんと鼻を鳴らしながら腕を組むレオニスに、ほっほっほと笑う男性。男性は空中に浮かぶ記号を操りながら穏やかな口調で話し始めた。
「実はな、わしらは使命というのを持っていてな。具体的には封印を守ること。なに、すごく単純な話……ではないのだよ。封印を狙う輩がここ最近、急激に増えてきておってな。それでなくても、徐々に封印は綻んでる状態が進んでおってな。このまま封印が解かれてしまうと、ここだけでなく世界全部がなくなってしまうかもしれんのだ」
「んで。その使命とやらがオレとどういう関係あるんだ」
少し苛立ちを含んだ物言いに、男性は「まぁまぁ」となだめると、話を続けた。
「さっきも言った通り、これは十二星座の皇子の全員の力で守らないといけないものなのだが、ひとつ欠員が出てしまってな。封印を守るには力が足りない状況にある」
「……んで?」
「それはつまり、このままだと世界は滅んでしまうということだ」
「……んで?」
「お主は常に戦いを望んでいるのであろう。であれば、戦う場所がなくなってしまうということ」
穏やかだった口調が、ほんの少しぴりりとしたものへと変わった男性にレオニスは「ふん」と鼻を鳴らしそっぽを向いた。それでも尚説明を続ける男性。
「お主……見たところ、まだまだ戦闘能力に伸びしろがあるな。ならば……ほれ」
男性がレオニスに指を向けると、レオニスは目を開いた。体の奥底から力が溢れてくる感覚に、レオニスは驚きを隠せないでいた。再び男性が指を向けるとその力はすっと消え、少し間を置いてから僅かな倦怠感がレオニスを襲った。
「……なんだ今のは」
「ほっほっほ。お主の戦闘能力をほんの少し、引き出しただけじゃよ。どうじゃ、この力を使って暴れることがもっと楽しくなるとなれば……悪い話ではあるまい?」
「……」
レオニスが肯定とも否定ともとれる態度を取っていると、男性は天球儀を光らせレオニスに向けて指を指すと、金色に輝く記号は一筋の光となりレオニスへと飛んで行った。飛んで行った光はレオニスの両肩に黒い入れ墨を浮かばせた。
「なっ……おいじじい。なに勝手なことしやがんだ!」
「これでお主は、しし座の皇子になった。その力を奮い、使命を守ってほしい」
「はっ。勝手に変な入れ墨付けやがって……そっちが勝手にしたんなら、オレも勝手にやらせてもらうぜ」
戦場を駆け巡っていたときに比べ、今はなんだか体が軽く感じていて暴れたくてうずうずしているレオニス。これもその皇子の力なのかと一瞬思ったのだが、すぐにその考えを捨て思いきり地を蹴った。次なる戦場を求めて、レオニスは得物を片手にその身を投じていった。
「……すまんの。こうするしか手がなかったんじゃ……」
一人残った男性は、飛んで行ったレオニスを見送りながらぽつりと呟いた。これで、封印が解けるまで時間を稼ぐことができれば……または別の結果になるのかもしれないと小さな期待を胸に抱きながら、男性は黒煙燻る荒地から姿を消した。




