情熱で焼き上げたフラムアップルパイ【竜】
強大な軍事力を誇り、高い鋳造技術を誇る竜の国─ザッハガルド。女帝レオノーラが統治するこの国は、日夜武器製造や高い戦闘力を誇る戦士たち育成に明け暮れている。簡単に言ってしまえば、戦闘力に関しては弱肉強食の世界。腕に覚えがあっても、実践で成果をあげることができなければすぐにお役御免となる厳しい環境である。
剣術、斧術、短剣術、弓術、暗殺術と様々ある中、一人の少年は木製の人形に向かって魔術を放っていた。少年の詠唱に呼応した杖から無数の火球が出現し、目標物へと飛んでいく。火球があたると木製の人形はぶすぶすと音をたてながら崩れ落ちた。その足元付近には既に何十体もの黒焦げた人形が転がっていた。それでもまだ納得いっていない様子なのか、少年は再び意識を集中させ詠唱を始めた。
少年の名前はアベル。さらさら金色のショートヘアーに額からのびる鋭い角、背中から生える風を捉えるための大きな翼、そして腰あたりから左右に分かれる大きな尾があった。そして手にはアベルと髪色の細い柄の杖が握られていた。先端は大きな蒼玉がつけられており、魔術の知識があるものであれば、あれに触れることは敵わないと誰しもが口を揃えて言う。ではなぜ、アベルはそのような杖を手にすることができるのか。それは、彼の弛まぬ努力の結果である。元々、武術の素養がなかったアベルは代わりに魔術の素養があった。それも幼い頃からである。物心ついた頃には、手のひらで小さな火球を自在に操ることができるほど、魔術の素質があった。それから月日は流れ、その強大な魔力に目を付けたのが、ここザッハガルドの女帝レオノーラである。その頃のアベルは、まだ実践経験がなく正直足手まといレベルでしかなかったのだが、回数を重ねていくうちにみるみる実力をつけ、状況を正確に把握し指揮を執るまでに成長した。時として指揮をとりながら魔術を繰り出すその姿は、幼いながらも立派な背中だったと当時を知る戦士たちは言っていた。
そして、アベルが手にしている杖にはもう一つ秘密がある。それは、杖自体に魔力が宿っているということ。一般的な杖は、魔術師の魔力を杖を媒介にして具現化するのだが、この杖はそうではない。杖自体に強力な魔力が宿っており、未熟者が杖に触れてしまうと杖の魔力に耐え切れずに命を落とすというもの。しかし、アベルはそのような曰くつきの杖を難なく使いこなしているということは、つまりそういうことである。その実力をレオノーラ自身も認めているからこそ、この国の宝である杖をアベルに手渡したのだ。この者なら今後の活躍に期待してもいいだろうと目でアベルを見つめながら。
それからというもの、アベルの魔力は飛躍的に成長しレオノーラの城の中でもトップクラスだった。若くして強大な魔力を有したアベルは決して奢ることなく、己の信念を忘れず今日も戦場に立っている。その魔術の鮮やかさは、敵でも見惚れてしまうほど美しくそして残酷である。超高温の火炎を帯状に発し、相手を燃やしながら士気を低下させるもの。火炎地帯の終わりが見えない恐怖、このまま燃やされてしまうのではないかという絶望が敵軍の士気を下げる大きな要因となっている。進めど戻れどどのみち変わりはないので、この魔術に一歩足を踏み入れたらしばらくの間、そうしたマイナス思考に捕らわれてしまう。それを要所で使いながら、接近戦が得意な戦士たちを前線に突っ込ませ、勝利を勝ち取った数は数えきれない。もうアベルの目には「勝利」しか映っていないのだ。
居城へ帰還し、報告を済ませよう玉座の間に赴くとそこには堂々とした立ち姿で戦士たちの帰りを喜ぶ女帝レオノーラがいた。
「ただいま帰還いたしました。レオノーラ様」
「うむ。ご苦労であった」
たった一言ではあるが、今のアベルにとっては最大の勲章とも呼べるものだった。愛する主君の言葉の余韻に浸りながら、アベルは簡潔に報告を済ませると、レオノーラは一度頷き戦士たちを労った。解散の合図があり、アベル含め戦士たちは各々の部屋へ戻ろうとしたとき、アベルだけがレオノーラに呼び止められた。
「はい。なんでしょうか」
「少し、付き合ってくれないか」
「かしこまりました」
こうしてアベルはレオノーラの私室へと招かれた。中はとても綺麗に整えられ、思わず息を飲む美しさだった。足元に敷かれた赤い絨毯に至っては解れもなければ塵ひとつないまるで新品同様の絨毯だった。
「今、茶を淹れるから少し待っていろ」
「は、はい」
なんだか落ち着かない様子のアベルを見たのか、レオノーラは小さく笑いながら窓を指さした。そこにはベランダ席があり、テーブルの上には焼きたてのチョコチップスコーンが盛られたバスケットがあった。
「それでも摘まんで待っていてくれ」
「はい」
おずおずと椅子に腰かけ、湯気が出ているスコーンに手を伸ばし一口。さくさくとした中にチョコチップの優しい甘さが口いっぱいに広がり、緊張していたアベルの心を一瞬にして解きほぐしてしまった。
「甘くって美味しい……」
「そうか。口に合ってよかった」
「れ、レオノーラ様!?」
「まぁ座ったままでいい。茶を淹れた。少しお前と話をしたくてな」
「は……はい。一体どういったことで……?」
「ふふ。まぁそう急くでない」
少し焦らすような言い方ではあったが、アベルは運ばれたお茶に手を伸ばし一口含んだ。甘酸っぱいベリーの香りが広がり、遅れて満開のバラが咲き誇ったかのような華やかな香りにアベルは思わず驚いた。
「こ……こんな美しい紅茶があるなんて……」
「ほう。味の違いがわかるか。さすがだな」
アベルの反応が面白かったのか、レオノーラは小さく声に出して笑った。その笑い声にはっとしたアベルは恥ずかしくなり、顔を真っ赤に燃やしながら紅茶を啜った。
「さて、話についてだが……ここ最近、お前の活躍には目を見張るものがある」
「有難き幸せです」
「そう畏まるな。そこでだ、お前が持っているその杖の封印を一つ、解除してやろうと思う。今のお前なら、きっと使いこなせると信じている」
そう言ってレオノーラは杖の前に立ち、自身の竜の力を杖に注ぎ込んだ。竜の力が注ぎ込まれた杖は淡く光り、その力をゆっくりと確実に取り込んでいった。女帝の力をたっぷりと取り込んだ杖は見た目こそ変わりはないが、アベルが手にするとその変わりように目を丸くした。
「こ……これは……力が、流れ込んでくるようです。例えるなら、せせらぎだったものが……まるで激流のように」
「そうさ。それがお前が今まで活躍した褒美だ。その力を使って、存分に猛るがいい」
「……はいっ! これからも、レオノーラ様の期待に応えるよう、一層努力して参ります!」
レオノーラに認められた嬉しさからか、アベルはいつもの大人びた表情から年相応の笑顔で返事をすると、山盛りのスコーンを次から次へと頬張った。やがて、口の中の水分がなくなり、苦しくなったのか急いで紅茶を口に含んでいる様子を、レオノーラはまるで弟のような眼差しで見つめていた。
(お前には期待をしている。だから、無理はするなよ)
心の中でそう呟くと、レオノーラは新しい紅茶を淹れにキッチンへと立った。優雅なティータイムを慈しむように。




