バラとベリー香るスプーンチョコレート~ダージリンを添えて~【魔】
少女は焦っていた。一刻も早く、目的地に着きたかったから。少女は焦っていた。一刻も早く、この呪われたイヤリングを外してほしかったから。このイヤリングをしなければ……きっと、今頃は家族と平和に過ごせていたのかもしれないのに……。
ベリーヨーグルトのようなロングヘアーにストロベリーのような真っ赤な瞳、黒いシックなドレスは所々破けてしまっており、これまで数多くの困難に立ち向かってきたかを物語っていた。少女名はリリティエ。それは、一つのバースデープレゼントから始まった。裕福な家庭で生まれ育ったリリティエは、今日も数多くのお手伝いさんたちに挨拶を交わしながらリビングへと向かっていた。大広間の扉を開けると、そこには数えきれないほどのプレゼントボックスが転がっていた。この大きな家に住む家族、そしてお手伝いさんから心の籠ったプレゼントたちにリリティエは口元を隠しながら喜んだ。
「これは……まさか、皆様からの?」
「ああそうだよ。今日はわたしの自慢の娘の誕生日だ」
「リリティエ。お誕生日おめでとう」
「お父様……お母様。それに、皆様も本当にありがとうございます」
リリティエは両親、そしていつの間にか集まってきているお手伝いさんたちに深々と頭を下げて気持ちを述べると、大広間から大きな拍手が巻き起こった。昨年もこれと同じくらい盛大にお祝いしてくれたことを思い出したリリティエは、感謝の気持ちを忘れず何度も何度も頭を下げた。用意されたプレゼントボックスを開けようと手を伸ばしたとき、小さな箱を抱えたお手伝いさんがリリティエを呼んだ。声に気が付いたリリティエは返事をし、お手伝いさんが持っている箱を受け取った。差出人は書いていない。箱の側面をすべて確認をしたのだが、どこにも差出人は書いていないことに疑問を抱きつつも、リリティエはリボンを解いた。すると、中に入っていたのは真っ黒なイヤリングだった。箱から取り出し手に取ってみると、リングの真ん中部分にはまるで髑髏のようなものがあり、その周りには棘のような鋭利なものがつけられたなんとも変わったデザインだった。
「なにかしら、これ。今までに見たことがないですね」
お手伝いさんの一人が怪訝そうに言うと、他のお手伝いさんもそれに頷く。リリティエも数多くのイヤリングを所持しているが、このようなデザインを模したイヤリングは見たことがなかった。怪しくもどこか魅力的に見えたリリティエは差出人不明のそのイヤリングを慣れた手つきで装着すると、明らかにサイズが大きいことに気が付いた。リリティエの耳でぶら下がるそのイヤリングは窓から差し込むあたたかな日差しに照らされ、ぎらりと光るとリリティエの耳に激痛が走った。
「痛いっ!!」
リリティエの悲鳴を聞いたお手伝いさんたちがリリティエに近付こうとしたときだった。先ほどリリティエが身に着けたイヤリングが、まるで意思があるかのようのぎらついた棘を伸ばしリリティエに近付く者たちを傷つけようとしていた。その棘はまるで茨のように鋭く、触れただけでも痛みを感じることなく赤い筋ができてしまうのではないかと思うほどだった。
「皆さんっ! どうか……わたくしに近付かないで」
「お、お嬢様。でも、それでは……」
「い、いいのです。近付かなければ皆さんを傷つけずに済みます」
「リリティエ……」
「お父様……お母様。これ以上、皆様を傷つける訳にはいきません。わたくしは、ここを去ります。そしていつか、このイヤリングが外れたとき……ここへ帰ってきてもいいですか?」
目に涙を浮かべ、時々声を詰まらせながらリリティエは両親へ答えを求めると、両親は迷うことなく首を縦に動かした。
「もちろんだ。お前がいつ帰ってきてもいいよう、毎日掃除をしておこう」
「あなたの大好きな料理を作って待っているから……どうか、どうか無事に帰ってきて。私の可愛いリリティエ……お願い……」
「もちろんです。お母様。それでは……わたくしはこのイヤリングを外す方法を探して参ります。みなさん……ごきげんよう」
両親、そしてお手伝いさんに別れを告げ、リリティエはこの忌まわしいイヤリングを外す方法を探し求め、生家を後にした。
雨の日も、風の強い日もリリティエはこの忌まわしいイヤリングを外す情報を集め続けた。だけど、どれも有力なものとはいえないものばかりだった。一つ情報得て喜び、よくよく検証をしてみたらその可能性がないとわかると憂いを繰り返し、段々と「本当は情報なんてないのではないか」と思い始めていた。
「……少し、休憩しましょう」
すっかり暗くなった道を歩いていると、目の前にぼんやりと明かりが見える集落があった。人気を感じたリリティエは不安だった気持ちから安心へと変わると、自然と足が早くなる。集落の中では何か作業をしていたのか、後片付けをしている人が何人かいたのでリリティエは恐る恐る声をかけた。
「あの……ごめんください。ひとつ、お聞きしていいかしら」
「おやお嬢ちゃん。どうしたんだい」
大量の野菜を抱えた女性は、この辺では見かけない服を着た少女に声をかけられ驚いていた。
「もし、よろしければ……一晩お邪魔させていただけませんか?」
「うちは構わないよ。それに、お嬢ちゃんを夜道に放りだせないよ」
二つ返事でリリティエを自宅へと案内した女性は、大量の野菜をどっかと置いてからリリティエを温かいお茶で迎えた。
「どういう理由かは聞かないけど、こんな小さな家でよければゆっくり休んでいきな」
「ありがとうございます。お心遣い、感謝致しますわ」
「そんな大げさな。さ、お腹も空いてるだろう? 晩御飯の準備しちゃいますか」
女性は腕を捲り、慣れた手つきで食材を刻み、炒め、煮ていった。そうしてあっという間にずらりと並んだ料理の数々に、リリティエは思わず息を飲んだ。
「こんなたくさんのご馳走を……おひとりで?」
「そうさ。もう慣れさ。さ、冷めないうちに食べておくれ」
女性に促され席に着いたリリティエは、自分の家で食事したことを思い出し思わず泣きそうになってしまうのをぐっと堪え、両手を合わせ食事にありついた。女性が作った料理はどれも素材の味を最大限に生かした料理ばかりで、リリティエの不安や憂鬱な気分をどこかへ吹き飛ばしてしまうくらい美味しかった。
「とても……美味しかったです。ご馳走様でした」
「あいよ。後片付けはやっておくから、ゆっくり休んでおくれ」
「……いいのですか? 何かお手伝いを……」
「いいっていいって。さ、お休み」
「……では、お言葉に甘えて……」
寝室に通されたリリティエはふかふかの布団にもぐると、ひとつ疑問が浮かんだ。
「……このイヤリング……あの方には反応しませんでしたわね……」
普段なら棘が暴れるのだが、今回は暴れなかった……。不思議なこともあるものなのかと思っていると、リリティエの意識はあっという間に深い深い闇へと吸い込まれていった。
翌朝。女性から朝食ができたという声で目が覚めたリリティエ。こんなにぐっすり眠ったのはいつぶりだろうかと考えながら窓の外を見た。気持ちの良い朝日で溢れている様子に、リリティエは窓を開け、新鮮な空気を部屋へと案内した。
「はぁ……とても心地がいいですわ……」
少し冷たい風に頬を撫でられたリリティエは、手早く身支度を済ませ女性が待っている広間へと向かった。広間ではできたてのオムレツに野菜スープ、それと焼きたてのパンが用意されていた。どれも美味しく、リリティエは感謝しながら食事をしていると女性は小さな箱をリリティエに手渡した。
「これ、よかったら持っていきな」
受け取ったリリティエが中身を確認すると、たまごフィリングがたっぷりと挟まったサンドイッチだった。それも食べ応えのある切り方をしていて、一つでお腹いっぱいになりそうなそんな大きさだった。
「よかったら道中で食べておくんな。こんなことでしか助けることができなくて申し訳ないね」
「いえ。ここまでしていただいて、本当に感謝致しますわ」
あまり長居も……と思ったリリティエは食事をいただき、食器をシンクに戻してから女性の家の玄関を開けた。
「もう行くのかい。何かあったら引き返してきなね。ここはいつでも使っていいんだから」
「それは……なんだか悪いですわ」
「いいっていいって。行くのなら、気を付けていきなね」
「……はい! 行ってまいります!」
元気よく挨拶をし、リリティエは集落を出ると昨日よりも心が弾んでいる自分がいることに気が付いた。きっと、このイヤリングに関する情報がどこかで手に入るかもなんて小さく期待してみた。
集落を出てしばらく、その期待はまさか的中することとなる。なんでも、この近くの寂れた集落に怪しげな物を作っている人物がいるという情報を聞いたリリティエは、直感でその人物の可能性が高いと判断し更に詳しい情報を尋ねた。情報をくれた人物もそこまで詳しいわけではないと前置きをしてから、知っている情報をすべて教えてくれた。
「……まさか、その人物がいらっしゃるなんて……」
「お嬢ちゃんのそのイヤリング、どこかで見たことあるなって思ったら……きっとそいつで間違いねえ」
「……貴重なご意見、感謝致しますわ」
リリティエの心はいよいよこの忌まわしきイヤリングをプレゼントした人物と対峙する緊張感でいっぱいだった。まずはなんて言おう……いや、それよりもこのイヤリングを解除する方法を聞かなくては……。
「早く……おうちに帰りたいですわ」
ぽつりと呟くリリティエの瞳はほんの僅かに潤んでいた。今まで苦しかったことが多かったから、このイヤリングから解放されたらどんな気分になるだろうか。そんな期待を胸に、いよいよこのイヤリングの製作者と思われる家の前に立ったリリティエの胸は大きく跳ねていた。いよいよ……いよいよだ。リリティエは何度も深呼吸をし、気持ちを落ち着かせタイミングを見計らい、その製作者の家のドアの前に立った。
「……ごめんください」
軽くノックをしてみたが反応はなく、帰ってきたのは静寂のみだった。リリティエはもう一度ノックをしてからドアノブに手をかけ、捻った。金属が傷んだ音と共に開いた扉の先は……。
「なんて……なんてことなの……」
情報を元に辿り着いた先は、なんともぬけの殻だった。せっかく……せっかくこのイヤリングから解放されると思ったのに……リリティエは膝をつき、嗚咽を漏らした。しばらくして、気持ちを落ち着かせ、涙を袖で拭うとリリティエは何かを決意したかのように目を見開いた。
「……ここで立ち止まる訳にはいきませんわ。きっと、この忌まわしいイヤリングから解放できる手段があるはずですわ。それを見つけるまで、立ち止まる訳にはいきません」
きっと視線の先を睨みつけ、リリティエは送り主の家だった場所を後にした。リリティエの耳で揺れる棘のイヤリングは、まるでそんなリリティエを嘲笑うかのようにゆらゆらと揺れていた。
「……このイヤリングのせいで、様々な出来事がありましたわ。でも……なんだか皮肉ですわね。忌まわしいこのイヤリングも、今となっては心強い存在へとなっているのも事実ですわ。身を守るため、うまく制御しながら付き合っていかないといけませんわ。そして、解除ができたら……お父様、お母様……そして、たくさんのお手伝いさんたちに……会いたいですわ」
ひとりそう呟き、リリティエは新しい情報を得るため、再び歩き出した。忌まわしいイヤリングと共に。




