キュンな酸味♪ラズベリーとスウィートチョコのムース【魔】
とある屋敷で厄介になっている淑女─リリティエ。なぜ厄介になっているかというと、ここ最近悪天候が続き、雨宿りする場所すらも見えないただ広い道に一人歩いていたところ、親切な男性が招き入れてくれたというわけだ。だが、リリティエは素直に喜ぶことができなかった。
それは今から少し前。自身の誕生日プレゼントの中に大きなどくろのような耳飾りが入っていた。それをリリティエは興味本位で身に着けると、その耳飾りは本性を表しリリティエかの耳から外れることはなかった。それだけならまだしも、リリティエに近づく者を耳飾りがまるで意思があるかのように棘を出し、傷つけてしまう。それは自分の屋敷で誕生日を祝ってくれる父親や母親はもちろん、メイドたちまでもが犠牲になってしまう。そこでリリティエは大好きなみんなを傷つけないよう、自分が屋敷から出ていくことにした。父親や母親は気にすることはないと何度も説得を試みても、意思の固いリリティエはそれに甘えることはなかった。
「さようなら。お父様。お母様。このイヤリングが外れた暁には……また、一緒にお茶をしたいです」
彼女の願いは暗くなった森の中へと吸い込まれていった。
そして今。身を隠しながら自身のイヤリングをどうにか外すことができないか探していると、にわか雨に襲われてしまったリリティエはどこかに雨宿りができる場所はないかと探していると……ということに繋がる。もちろん、リリティエは何度も何度も傷つけてしまうかもしれないと言い、断ったのだが男性はそれ以上にリリティエを気遣い心配していた。さすがに雨も強くなり、冷たい空気もさらに強まってきている中ずっと立たせて置くわけにはいかないと男性はリリティエに傘を持たせ屋敷に案内した。
「ちょっと……は、離れてください……でないと……」
リリティエは男性を傷つけないよう、離れようとするがそこで不思議なことが起きた。いつもならリリティエの耳飾りから棘が出てまるで鞭のようにしなりながら襲ってくるのだが、男性に向かって棘がのびることはなくただ静寂を貫いていた。
(あら……?)
違和感を感じたとき、リリティエの目の前には立派な屋敷が佇んでいた。白い壁には無数の蔦が張っているのだが、どれも適度に手入れがされていて不思議ときれいと思えるほどだった。リリティエの立っている場所から見えるいくつかの明かりはどれも温もりを感じる暖色で、冷えた体を視覚から温めてくれた。
「っくしゅ」
ぶるぶると体を震わせていると、男性はすぐに玄関へと案内してくれた。玄関を潜った先には女性のメイドが深々と頭を下げ、リリティエを迎え入れてくれた。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「浴場に案内してあげて」
「畏まりました。お嬢様、こちらです。それと、まずはタオルドライを行いましょうか。タオルをどうぞ」
「あ……ありがとうございます」
ふわふわの白いタオルを受け取り、リリティエはタオルに顔を埋めた。優しい香りのするタオルに安堵したリリティエは雨で濡れてしまったラズベリーヨーグルト色の髪を丁寧にふき取った。次いで自身が身に着けているドレスも軽くふき取っていると、メイドの足がぴたりと止まった。
「お嬢様。こちらが浴室でございます。どうぞごゆっくり」
「あ……ありがとうございます……」
中へ入ると綺麗に整えられた脱衣所に、たくさんのアメニティー。ドライヤーやヘアブラシまでもが充実していた。
「お風呂でゆっくりできるの……久しぶりだわ」
リリティエは雨で重たくなったドレスを脱ぎ、空いている籠へと入れると大きなバスタオルを巻き広い広い浴室を満喫した。
浴室から上がると既に着替えとスリッパが用意されており、それは偶然なのかリリティエのサイズにぴったりだった。適度にゆったりとした着替えはリリティエの心を弾ませるには十分だった。
「うふふ。ふわふわもこもこね」
清潔な着替えに心を弾ませながら浴室を出ると、外ではメイドが立っていた。そしてリリティエのさっぱりした様子を見て、満足そうに微笑むと「お食事の用意もできております。こちらへどうぞ」と案内してくれた。
「あの……何から何まで……あ、ありがとうございます」
「いえいえ。お気になさらず。旦那様はお嬢様をとても気にかけておりましたので。あ、これは内緒でございます」
仕事中の顔から一瞬、お茶目な一面を見せてくれたメイドにくすくすと笑ったリリティエはすっかり安心し、笑顔を取り戻した。
(それにしても……おかしいわね)
嬉しいこと……なのだが、こんなにメイドと近くを歩いているというのに耳飾りは何の反応を示さなかった。まるで眠っているかのようにただリリティエの耳でゆらゆらと揺れていた。
「お嬢様。食堂に到着いたしました。こちらでお食事をどうぞ」
メイドが会釈をしている前をリリティエが通ると、そこは数多くの料理が並んでいた。それはリリティエの屋敷でも食べていたものだけでなく、見たことのない料理やスイーツがずらりと並んでいた。
「こ……こんなにたくさん……」
「お嬢様……今宵はたくさん楽しんでくださいね」
「え?」
メイドからの一言に何のことかわからなかたリリティエは聞き返そうとしたのだが、その前にメイドは食堂を後にしてしまった。それを引き継いでいる別の人物がリリティエを席に案内していると、リリティエを助けてくれた男性が目を山にしながら笑っていた。
「居心地はどうかな」
優しい柔和な声にリリティエは一瞬はっとなり、「とても素晴らしいですわ」と答えた。最後に「ありがとうございます」と加えると、男性は首を横に振った。
「気にすることはない。さ、うちのシェフ自慢の料理を楽しんでいってほしい」
男性の横にすっと現れた白いコック帽を被った男性が会釈をした。リリティエも小さく会釈を返すとどこに隠れていたのか、たくさんのシェフたちが一斉に現れた。
「ひゃっ!」
あまりの数の多さに思わず声が出てしまったリリティエに、男性と料理長は「申し訳ない」と謝罪をした後、料理をリリティエの元へと届けた。まるで貸し切りの食べ放題会場のような雰囲気に、リリティエは家族と過ごした思い出が蘇った。
(お父様……お母様……)
涙が出そうなのを堪え、リリティエはシェフから料理の簡単な説明を受けたのち、お皿に盛りつけていった。いつの間にかお皿の上にはたくさんの料理が盛り付けられ、全部手を付けられるかわからなくなってしまった。
「どうしましょう。わたくし……」
すると男性は「気にせずとも。ゆっくり味わっていただけるだけでも」といい、それ以上は何も言わなかった。残してしまったら申し訳ないという思いが捨てきれず、リリティエは小さく盛り付けられた料理に舌鼓を打った。
翌朝。ふかふかのベッドの上で目が覚めたリリティエは窓の外を見た。昨日よりも雨が激しく降っており、外に出るのは困難だというのは明白だった。
「どうしましょう」
これ以上お世話になるのも……しかし、外の様子がよくないとなると……。リリティエは部屋を出て昨日助けてくれた男性に一言言おうとしたときだった。
「お嬢様」
廊下でたまたますれ違ったメイドから呼び止められてしまった。反射的に「はい!」と返事をしたリリティエは、何かあったのだろうかと思い尋ねた。
「お嬢様。本日は催しがございますので、ぜひご出席いただけたらと思います」
「あ……え、いいのかしら? お邪魔になっていないかしら……?」
するとメイドは「とんでもございません」と表情険しく答えた。
「お嬢様が来てから、旦那様。とっても体調が優れているんです。いつもならベッドから起き上がれないくらいなのに。たまたま外へ散歩されたとき、お嬢様を見つけてからというもの……旦那様はなんだか若返ったかのように生き生きしています」
「わたくし……何もしていなのだけれど……」
「いえいえ。お嬢様は我々、特に旦那様に素敵な時間を与えていらっしゃいます。我々もお嬢様をお迎えできて非常に嬉しい気持ちでいっぱいです」
「そ……そう。お邪魔だったらどうしようとばかり思っていましたので……」
「いえいえ。あ、いけない。そろそろ行かないと。ごめんなさいね。また後で」
「はい。わたくしもごめんなさい」
「お話ができて嬉しいです。では、失礼いたします」
メイドはそう言い、どこかへ向かって行ってしまった。廊下で一人になってしまったリリティエはどうしたものかと考えていると、背後から「やあ」という声がした。振り返ると、にこにこ笑顔の旦那様だった。
「あら、旦那様。ご機嫌麗しゅう」
「おやおや。素敵なレディに言われるなんて、光栄だな」
「そんな……レディだなんて」
「そうだ。今晩、私の友人たちを招いたパーティを行うのだが、君にもぜひ出席してもらいたいんだ」
「え? ええ?? わ、わたくしがですか?」
「うん。ぜひお願いしたいのだけど……どうだろう」
そこでリリティエはさっき、メイドが話していたことを思い出した。しばらく考えた後、リリティエは笑顔で「喜んで出席させていただきますわ」と答えた。
「おお。それは嬉しいな。じゃあ、後でメイドが部屋に来ると思うから。そんなに緊張しなくて大丈夫だよ」
「う……そう言われると緊張してしまいそうですわ」
「あはは。ごめんごめん。それじゃあ、それまで部屋でゆっくり寛いでいてね」
「はい」
正式にパーティに参加することになったリリティエは、これは助けてくれた恩返しだと思い参加を決意した。助けてくれた旦那様に少しでも笑顔が灯りますように……そう祈りながらリリティエは部屋へ戻っていった。
部屋へ戻ってからしばらく。扉をノックする音が聞こえたリリティエはすぐに扉を開けると、数人のメイドは深くお辞儀をしていた。
「お嬢様。失礼いたします」
そう言いながら部屋へと入ってきたメイドたちは目にもとまらぬ早さでリリティエをドレスアップしていった。桜色のリップにほんの少しラメが入ったグロスで仕上げる。ドレスはきりっと引き締まるブラック地に金色の刺繍が入っている物をチョイスしたメイドは慣れた手つきで着付けていくと最後にボーンパニエでアクセントをつけた。
「お嬢様。いかがでしょう」
「今まで着けたことのないドレスでとっても新鮮です」
「よかったわぁ。さ、仕上げに赤いリボンを」
手渡された赤いリボンで髪を結び、鏡でチェックを行った。とてもハイセンスな衣装に声が出ないリリティエはただただ息を飲むことしかできなかった。
「お嬢様。お足元に気を付けてください」
ドレスと同色のヒールを履き替え、メイドの後をついていくと昨日食事をした会場とはまた別の会場へと案内された。扉の前でメイドが立ち止まるとリリティエを見て微笑みを浮かべた。
「お嬢様……旦那様のわがままにお付き合いいただき、本当にありがとうございます」
「わがままだなんて……わたくしはそうは思いませんでしたわ」
「……そういっていただけるだなんて……。はぁ、お嬢様にお会いできて我々も嬉しゅうございます」
「こちらこそ。豪勢なお食事にお部屋まで何から何まで……感謝の一言では済みませんわ」
「もうお気持ちだけで十分です。さ、お嬢様。この扉の先に旦那様がいらっしゃいます。緊張されているかもしれませんが……その緊張感を楽しむエネルギーに変換してくださいまし」
「緊張を楽しむエネルギーに……やってみますわ」
「では……開けます。楽しんできてください」
メイドが扉を開けると、螺旋階段のようなものがあった。それと一段一段下がっていくとそこは大きく開けたホールのような場所へと繋がっていた。そしてそのホールのような場所にはたくさんの数の人がゆったりとしたソファに腰を下ろしていた。
(ああ……緊張してきましたわ……落ち着いて落ち着いて。緊張を……エネルギーに……)
メイドが言っていた言葉を思い出し、また一歩一歩螺旋階段を下りていくといつの間にかその緊張感はどこへやら、リリティエの顔は晴れ晴れとしたものへと変わっていた。
「本日はこのような場所にご招待いただき、誠にありがとうございます。わたくし、とても光栄です」
会場から溢れんばかりの拍手に迎えられたリリティエは、舞台の真ん中でドレスの端を摘みお辞儀をすると、メイドの一人がリリティエを席へと案内した。そこで旦那様が起立をし、大きな声で挨拶を行うとまた一層大きな拍手が巻き起こった。見ず知らずのリリティエに対しても盛大な拍手を送り、このパーティに参加してくれたことを祝ってくれていた。
「このような催しに参加することができるだなんて……お父様、お母様。ありがとうございます。素敵な報告ができそうです」
棘のイヤリングのせいでこういった祝賀会に参加することができなかったリリティエは、両親そして屋敷のみんなに素敵な報告ができるよう、精一杯淑女として振舞った。




