すももと白桃香る♪プチミルフィーユ【神】
「勝負あり!」
どこかの訓練場の真ん中で赤いマントをなびかせながら剣を振るう騎士─ブラダマンテ。鎧は自身の髪色と同じ白銀プラチナ色のものを身に着けていた。
「ま……まいりました」
「ふむ。貴公の筋も中々だったぞ。気を抜いたら私などひとたまりもなかったところだ。また手合わせ願いたい」
「こ、こちらこそ。ありがとうございました」
握手を交わし、ブラダマンテは薄く笑いを浮かべた。相手は悔しいと思いを抱えていながらも、その顔はどこか満足しているようにも見えた。
「さて、私はこのあたりで失礼しよう。また稽古の際は連絡をくれると嬉しい」
ブラダマンテが出入口で深くお辞儀をすると、訓練場にいた騎士たちは一斉に頭を下げ、挨拶をしてブラダマンテを見送った。
「ふう。今日もいい稽古だった。ん?」
自室に戻ったブラダマンテの机の上に差出人不明の小さな封筒が届いていた。赤い蝋にはどこかの家紋らしき模様が浮かんでいたが、この模様を見たことがないブラダマンテはただただ首を傾げることしかできなかった。
「一体誰だろうか……」
封を丁寧に剥がし、小さな便箋を取り出すとそこには小さく「パーティに招待いたします。日時、会場は別紙参照」とだけ書かれていた。
「ぱーてぃ? 私が? 何かの間違いではないか……」
聞きなれない言葉に困惑していると、ブラダマンテの頭の上に大きな電球が浮かんだ。
「そうか。きっとそのぱーてぃの警備をするのだな。だったら最初からそう書けばいいのに」
警備となれば勝手はわかっていると鼻歌を歌いながら身支度をしているブラダマンテ。しかし、ブラダマンテは勘違いしていた。そのパーティには参加者として出席することに……。
「こ……ここがその会場か……なんだか、落ち着かないな」
知り合いに見繕って貰った晴れ着に落ち着かないに加え、賑やかな雰囲気に飲まれそうなブラダマンテ。会場の入り口で目の前を通り過ぎていく見た目も美しい人たちの多さに驚きつつ、足元はそわそわしていた。
「この会場のどこを警備するのだろうか……ちょっと聞いてこようか」
居ても立ってもいられなくなったブラダマンテは、会場の入り口付近にいるスタッフに声をかけた。すると、そのスタッフは参加者名簿に目を通すと、ブラダマンテは参加者として登録がありますと答えた。
「わ……私が……出席しろというのか……あわ……あわわわわわ……」
目を白黒させながら驚いていると、スタッフは参加者名簿をブラダマンテに見せると、確かにそこには自分の名前が書かれていた。確かに……確かに自分の名前だ。間違いない。だが、それでもブラダマンテは信じられなかった。
「そそそそ……そんな……ぱーてぃに……」
何度も何度も確認したが、それは紛れもない事実だと理解するとブラダマンテの表情は一気に曇った。まさか自分自身がパーティに参加するとは一ミリも思っていなかった分、その衝撃は相当なものだった。パーティ会場に入る人々の多くはがくりとしているブラダマンテを見て疑問符を浮かべていた。やがて落ち着いたのか、ブラダマンテはゆっくりそれこそ本当にゆっくりと体を起こし、ふうと息を漏らすと「仕方ない」と呟きながらゆらりとパーティ会場へと向かっていった。その姿を、スタッフはなんて言ったらいいかわからない微妙な面持ちで見送っていた。
「はぁ……何をしたらいいのか……はぁ……」
とりあえず会場に入ってみたものの、周りの華やかな装飾に圧倒されてしまい場違い感に圧し潰されていた。ほかのみんなは誰もが楽しそうに話しをしたり、ドリンクを飲んだり踊ったり……それこそきらきらしていて目も当てられないほどに輝いていた。
「私は……場違いだったのだろうか……」
会場の隅っこで寂しそうに呟くブラダマンテ。とそこへ、何かの気配を感じたブラダマンテは顔をあげると、そこには先日稽古をした男性騎士が綺麗に着飾って立っていた。
「ブラダマンテ……さん?」
「お前は……一緒に稽古した……?」
「そうです。まさか、ブラダマンテさんがいるとは思いませんでした。あぁ、知ってる人がいて良かったです」
お互い見知った顔を見た途端、緊張が解れたように表情が一気に緩んだ。二人はしばらく会話を交わしてくと、男性は「何か飲み物を持ってきますね」と言いブラダマンテから離れようとしたとき、男性は袖を引っ張られる感覚に「おっ」と声を漏らした。
「い……いい……一緒にいてくれないだろう……か?」
先日のきりりとした雰囲気とは打って変わり、恥ずかしそうにしているブラダマンテを見た男性は「もちろんです。一緒に何か飲み物を取りに行きましょう」と笑った。その笑顔にすっかり安心したブラダマンテは袖を引っ張ていた手を引っ込め、男性の後ろをついて歩いた。難なく飲み物を受け取った二人は小さく乾杯をし、飲み物を口にするとまるで乾いた大地に恵の雨が降ったかのような感覚に安堵の息を漏らした。
「ふぅ……少し落ち着いた……」
「ですね。それに、こんなにたくさんの人を見る機会なんて滅多にないですから、人酔いしそうです」
「……だな」
「それはそうと……ブラダマンテさん、結構気合を入れてきましたね」
男性がそういうと、ブラダマンテの顔は一瞬で真っ赤になり、あわあわと口を動かした。まずいことを言ってしまったのかなと男性が冷や汗を流していると、ブラダマンテは口をもにゅもにゅ動かしながら叫んだ。
「わ……笑うなら笑えっ!!」
男性はその発言に首を横に振った。普段は鎧と剣というまるで戦乙女のような立ち振る舞いをしている方が、こんなにも可憐で美しい姿になるだなんて誰が想像できただろうか。そのギャップに男性は心から「美しいです」というと、ブラダマンテはまたあわあわとしながら「この格好はおかしくはないだろうか」と尋ねると、男性は「似合っています。この会場に相応しい恰好です。なので、安心してください」と堂々と言った。その言葉に本当の意味で安心したのか、ブラダマンテはやっと笑った。
「ありがとう……」
「せっかくのパーティです。普段の自分という殻を破って、遊んじゃいましょう」
「え? それってどういう……わわわっ!! どこへ行くのだ?!」
男性がブラダマンテを引っ張ると、大きなステージへと駆け上がった。そこではダンスを楽しんでいる人たちが集まっており、落ち着いた演奏の中みんな思い思いに表現していた。
「さ、一緒に踊りましょう」
「おおおおお……踊る? わ、私……踊ったこと……」
「実は……おれもなんです」
「??!! 今、なんていった??? おい!!」
悪戯っぽく笑いながら言われた男性に再び顔を真っ赤にさせたブラダマンテは、「もうやけくそだ」と言いながら音楽に身を委ねた。段々とコツを掴んできたブラダマンテと男性は次第に何も言わなくてもわかるようになり、見事な踊りをしてみせた。その姿はほかのみんなを圧倒的に凌駕するものとなり、演奏の終わりと共に盛大な拍手が会場中に響き渡った。
「はぁ……はぁ……踊りきれましたね」
「ああ……踊れた……私、踊れた……」
踊ったことがなかったブラダマンテは踊りきれたことに感激しながら、会場中に響き渡る拍手を浴びていた。男性もまた同じで、しばらく拍手の渦の中に埋もれていた。鳴りやまぬ拍手の中を二人は歩いていると見知らぬ人から「かっこよかったです」とか「とっても優雅でした」など賞賛の声がブラダマンテを包み込んだ。戦闘では得られない高揚感にブラダマンテは手で顔を仰いでいた。
「すごかったですね。ブラダマンテさん、みんなの注目の的でしたね」
「そそそ……そんなつもりは……なかったのだが……これも中々……」
ダンス会場から今度は大きなホールへ向かった二人は、さきほどとは思えないほどリラックスした様子でパーティを楽しんでいた。用意された食事に舌鼓を打ち、ドリンクに心潤し、見知らぬ人との会話に刺激を受け普段では味わえない素敵な時間を過ごした。
やがてパーティの終了を知らせる音楽が会場に響くと、二人は少し残念そうに俯いた。
「もう……終わりなのか」
「そうみたいですね。いやー、楽しい時間というのはあっという間ですね」
「そうだな……。でも、パーティ、楽しかった! 少し目が回ってしまったけど……楽しかった!!」
会場を後にする二人の顔は「楽しかった」や「嬉しかった」といった幸せな色に満ち満ちていた。またどこかで、何かの縁があったらパーティに参加してもいいと思ったブラダマンテのヒールは軽やかだった。




