一口ころころ♪フローズンフルーツカップ【魔】
まもなく夜の帳が降りる頃、一人の少女と一人の獣人がセミのシャワーを浴びながら竹林を歩いていた。まだあどけなさのある顔に腰まであるピンク色の髪をツインテールにし、異国情緒あふれる模様が描かれた服に身を纏い腰には彼女の得物である剣が刺さっていた。少女の名前はジャラ。とある理由が原因で生まれた村を捨て、夜の賞金稼ぎとして生きていくと決めた少女の目は夜の中でも煌々と光っていた。そのジャラの隣を歩いているには獣人ニィニー。黒い軽装にフードを深々とかぶり、手はポケットに突っ込んで歩いている。茶色の体毛の上に白い何かの模様が描かれている。ジャラとは同じ村で時を過ごしたニィニーは元々、一人の人間だったのだが村の掟を破ってしまい、その祟りを受けてしまった結果である。驚愕なのは、その掟を破ったというのはほかでもない、ニィニーの両親だった。それを知ったジャラとニィニーはショックを受け村を逃げるように捨て、ニィニーの姿を元に戻す方法を探していると、とある商会の扉を叩いた。商会に所属していればお金の心配はしなくていいし、なにより何かいい方法を探る最善策だと二人は心に決め、所属したのはあくまでニィニーを元の姿に戻すための情報収集。仕事である用心棒は二の次として活躍していた。二人の活躍は所属して間もなく、任務達成率はほぼ百パーセントを記録していた。
仕事の成績は好調なのだが、一方の当初の目的はといえばどれも外ればかりだった。それでも二人は諦めず、僅かな希望が含まれていそうな仕事には積極的に参加し報酬を得ていた。もうどれほどの任務をこなしたか数えることを忘れてしまったとある日。ニィニーに関しての情報を掴むことができた。やっと掴むことができたと歓喜していた二人だったのだが、いざ蓋を開けてみたらそれはあまりにも残酷な情報だった。
ニィニーが受けた祟りというのは徐々に魔物へと変貌してしまうものだった。そしてその祟りは緩やかではあるが確実にニィニーを蝕み、元に戻すことは不可能だという報せを受けたジャラはその場で膝から崩れ落ち、声の限りに泣いた。これが、二人が今まで追い求めていた結果だということに、ジャラは耐えることができなかった。しかし、そんなジャラを優しく抱きしめたのはほかでもない、ニィニーだった。ニィニーはその事実を受け入れ、少しでもジャラと過ごせるのならという思いでいっぱいだった。祟りの進行により、言葉もしゃべられなくなってきているが、それでもニィニーはこんな自分に寄り添ってくれたジャラにそっと耳打ちをした。
「あ……と……う」
ニィニーの言葉に目を開いたジャラは、更に声に出して泣いた。
次の日。二人は依頼を早くに済ませ近くの町で一晩過ごすことになった。セミのシャワーが心地よい竹林を抜けた先には、華やかな明かりが町を染め上げていた。見たことのない建物がずらりと並び、そこから漂う美味しそうな匂いに二人は鼻をくすぐられた。
「……いい匂いだね」
思わず零れたジャラの言葉に、ニィニーはこくこくと頷き答える。匂いにつられそうになりながらも、まずは宿で手続きを済ませようと宿屋に向かった。簡単な書類にサインをし、部屋の鍵を受け取るときに受付の女性がパンフレットを渡してくれた。
「今日はうちの町が主催の夏祭りがあるんです。よかったら楽しんでいってください」
パンフレットを受け取ったジャラ、そしてそれを覗き込むニィニー。内容を読んでいくにつれ、二人の口の端は段々と持ち上がっていった。最後にジャラが「はい!」と元気よく頷き、ニィニーは大きく首を縦に動かした。それを見た受付の女性はメモに何かを書き、ジャラに手渡すした。
「うちの宿に泊まってくれたお客様の特典として、浴衣のサービスがあるんです。この近くにあるお店でお好きな浴衣を着てお祭りを楽しんでください♪」
ますます顔が輝く二人。早速二人は部屋に荷物を置き、受付の女性から受け取ったパンフレットとメモを片手に宿屋を飛び出し、浴衣のサービスがあるというお店へと向かった。お店に入るとカランカランと耳に涼しいドアチャイムが響いた。中には数えることが大変な程の浴衣がサイズ毎に並んでいた。
「いらっしゃい! お、今日はあの宿に泊まってくれるんだな。じゃあ、好きな柄を選んでおくんな」
まずはジャラがウキウキしながら選び始める。
「あ、この柄可愛い。あ、こっちもいいな。見たことがない柄ばっかりだから困っちゃうわ」
目移りしているジャラを嬉しそうに眺めているニィニー。そんなニィニーの肩に店主の優しい手が降りた。
「ほら、お前もぼさっとしてないで。嬢ちゃんが喜びそうな一着、決めちゃおうぜ」
そう言われたニィニーは男性もののコーナーへと案内された。そこには女性ものと同じくらいいやそれ以上の浴衣などが並んでいた。濃い色合いのものや涼し気な色合いのものまでと非常に幅広い物の中からニィニーが選んだのは、甚兵衛だった。着脱が浴衣に比べ簡単なものなのだが柄も豊富にあったため、ニィニーはやや濃いめの青色の甚兵衛を選んだ。店主に更衣室へ案内され、着替えていると隣の更衣室から扉が閉まる音が聞こえた。もしかしたら、ジャラが入ったのかもしれないと思ったニィニーはてきぱきと着替えを済ませ、ジャラを待つことにした。
ジャラが更衣室から出てきたのはニィニーが更衣室を出て二十分後だった。真っ白な浴衣の裏地は淡い水色でなんとも涼やかだった。
「お待たせ! あ、ニィニーもいい感じだね」
「よし。着ていた服は宿に届けておくから、たっぷり楽しんでいってくれよな」
「はい! 行ってきます!」
店主にお礼をいい、二人は美味しそうな匂いでいっぱいの屋台へと向かった。見たことのない食材が焼かれていたり、冷ややかなデザートのようなものがあったりと見て歩くだけでも二人の心は弾みっぱなしだった。いつもの二人はぎりぎりまで切り詰めている生活をしていた分、今日は思い切り楽しむつもりでお財布にはたっぷりお金を入れてきた。
「ねぇ、ニィニー。あれ、飲んでみよう」
ジャラが選んだのは緑色の液体の中に小さな粒々が弾けている飲み物だった。その飲み物の上には甘い香り漂う白い半球状のものが浮かんでいた。その周りを色とりどりの果物がこれまた楽しそうに浮かんでいる様は、二人にとって衝撃的な出会いだった。
「いらっしゃーい。飲んでいくかい?」
「はい! 二つお願いします!」
「あいよー! ちょっと待っててね」
慣れた手つきで飲み物を準備している様子を、二人は片時も目を離さずに眺めていた。その手つきはまるで魔法のように鮮やかで、きらきらしたものだった。最後に赤い果物をちょこんと乗せ、完成した飲み物を二人に差し出す女主人はにかっと笑った。
「お待たせー」
「うわぁ……きれい……。いただきます!」
赤い筒状のものからゆっくりと吸い上げ、最初に口に含んだのはジャラだった。口の中で暴れる小さな小さな粒に驚きながら、目を丸くして喜んだ。
「甘くってぱちぱちしてて美味しい!」
ニィニーも気になりすぐに口に含むと、口の中でぱちぱちと弾けて暴れる小さな粒にニィニーは目を白黒させた。
「あはは! なんか楽しくなるね。この飲み物」
こくこくと頷き、今度はびっくりしないようゆっくりとゆっくりと口に含むニィニー。甘くって爽やかでクリーミーな飲み物は、一瞬にして二人の気持ちをまぁるくしてしまった。
どんどんどん どんどんどん
どこからか聞こえてくる大きな音にジャラは耳を澄ませた。誰かが大きな足踏みをしているかのような大きな音に耳を傾けていると、今度は元気な掛け声が聞こえてきた。
「ニィニー。なんか……いいね。こういうの」
ふと空を仰いだジャラ。仰いだ先には数々の小さな星たちが小さくウインクをしていた。
「あたしね、ずっと迷ってた。まさか……あんなことが起きるだなんて思わなかったから。でもね、今は全く迷ってもないし、後悔もしていない。こうして親友であるニィニーと一緒にいられるんだもん。あたし、とっても幸せだよ」
空を仰ぎながら話しているのをたまたま横目で見たニィニー。今まで見たことがなかった一面に思わずドキリとしてしまったニィニーは、静かに目線を逸らせた。このとき、ニィニーの胸はさきほどとは少し違った跳ね方をしたのはヒミツである。
この後も祭りを堪能した二人は、幸せな気持ちに包まれながら宿屋へ戻りふかふかのベッドの中へと潜りそのまま深い闇へと吸い込まれていった。二人の寝顔はとても幸せそうに微笑んでおり、それを空に浮かぶ月だけが静かに眺めていた。そして月はこの二人にこれからも幸せが多く訪れますようにと小さく祈った。
夜空に一筋の光が通り過ぎた。




