ざくざくとしっとりの共演♪ココアクリームサンド ベリーソース添え【魔】
天気よし。気分よし。コーデよし。隊長、問題点はひとつも見当たりません。よし、完璧です。なんて一人芝居をしつつ、鏡に映る自分の顔を見て思わずにやけてしまう。まさか……まさかまさか……あの……あの人が……わたしとデェトをしてくれるだなんて……夢じゃないよね。うん。大丈夫……しっかり痛いわ。待ち合わせの時間までまだあるけど……なんでこうなったんだっけ。
確か先月だったけ。バレンタインだったから、チョコを作ってオフィスの先輩にあげようとしたんだけど……結局渡せずじまいになっちゃったんだ。あの日、すごく忙しかったからなぁ。無暗に声をかければ睨まれていたかもしれないから……。それで、結局渡せずじまいだったチョコを鞄のしまったまま歩いてたら、傷だらけのあの人がいたんだった。その目は暴力的なまでに鋭くって、それと同じような体はがっしりとした筋肉で……声をかけようものなら意識を持っていかれてしまいそうなオーラを持ってるのよね。時々、帰り道で見かけることはあったけど、いっつも疲れててスルーしていたんだけど……なんだろう。今日は放っておけない。わたしは鞄からハンカチを取り出して、口から何かを吐き出したその人に無言で差し出した。
「……んだよ」
たったその一言だったけど、わたしの足はもうがくがくしちゃった。怖い……でも、放ってなんておけない。そんな自分と戦いながら、わたしはハンカチをその人に差し出し続けた。
「いらねぇよ。んなもん。さっさとしまってとっとと帰りな」
袖口でぐいと口元を拭いながらわたしをギロリと睨む。だけど、わたしは怯まない。そんなに傷だらけのあなたを放ってなんて……。
「……あんた、珍しいな。普通ならびびって逃げるのに」
そりゃあ怖いですとも。でも、顔やら唇やらから血を出しているのをみすみす放ってなんておけない。わたしは震える手でその人にハンカチを握らせると、そのまま無言で家へと向かった。とにかく、これで傷の手当をしてくれればいい。たったそれだけの気持ち。
怖かった。それが、帰宅してすぐに零れた言葉だった。それから靴も乱暴に脱ぎ捨て、わたしはメイクも落とさず机に突っ伏した。上司に怒られるよりも怖かった……けど、後悔はしていない。大丈夫かな……あの人……。ふとあの暴力的な鋭い目が頭から離れず、わたしはぽつりと呟いた。すると、わたしの携帯がけたたましい音をたてながら震えた。何事かと思い、わたしは携帯を取り出すと、そこには知らないアカウントからのメッセージだった。誰だろう。こんな時間に。少し用心しながらメッセージを開くと、短文のメッセージが届いていた。
「おい。あんたの携帯で間違いないか」
「さっきハンカチ借りた」
「見てたら返事くれ」
どうしてどうしてどうして? どうしてあの人がわたしの連絡先を……一層不安に駆られるわたしだけど、とりあえず落ち着いてメッセージに返信をした。
こんばんは。えっと、なんでわたしのアカウントを知っているの?
すぐに既読がつき、しばらくしてメッセージが届いた。
「あんたのハンカチの間に名刺が挟まってたんだよ。そんで、ハンカチを貸してくれた礼をしたくてな」
……そういうことか。なるほど合点がいったわたしはふうと大きく息を吐き、心を静めてから返信を送った。
そうだったのですね。わざわざ連絡ありがとうございます。それは好きにしてもらって構いません。
メッセージを送るとまたすぐに既読がついた。そして数分後、メッセージが届いた。
「そんなことできっかよ。これはあんたのもんだ。きちんと返す。それと、これを貸してくれた礼もしたいんでね。今度の土曜日、空いてるか?」
今度の土曜日……わたしは手帳を確認すると、ちょうどその日は空いていることに気が付き、すぐにメッセージを送った。
その日、空いてます。
「なら、今度の土曜日の午前十時に駅前広場で待ち合わせな。……いきなり送ってすまなかった。あ、それと名乗るの忘れてた。おれはカジミール。よろしくな」
カジミールさん……か。思っていたほど怖く……ない? かも?? わたしはもしかして今までカジミールさんに偏見を抱いていたのかもしれないと思うと、途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。カジミールさん、ごめんなさい。今度の日曜日、謝罪させてください。
……そういうことね。思い出したわ。今日はハンカチを貸したお礼をしてくれるってことでいいのよね。うん。大丈夫、平常心平常心。何度か深呼吸をしてから最後に忘れ物がないかをちゃんと確認をしてから、集合場所である近くの駅前広場に行かないとね。
休日ともあり、駅前すっごい混雑してた。バスや車もあちこちで渋滞しちゃってて運転手の顔はみんなげんなりしてた。歩道では待ち合わせていた友達が挨拶をしていたり、携帯を眺めていたり本を読んでいたりと様々だった。わたしはその人たちの間を縫うようにして移動をしていると、もう遠くからでもわかる大きな体を見てわたしは驚いた。まさか、カジミールさんが先に来ていたなんて……あぁ、だったらもう少し早く家を出ればよかったな……申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらカジミールさんの肩をとんとんと叩いた。大きなヘッドホンから聞こえる音楽で聞こえていないようで、わたしはもう一度カジミールさんの肩をとんとんと叩くとカジミールさんは「わりぃわりぃ」と言いながらヘッドホンを外し、首にかけた。
「よう。やっと来たか。ん? なんだ? おれが先に来てて意外か? 自分から誘っておきながら待たせるようなダセェ真似はしねぇよ。……おれが、待たせなくなかったんだよ」
少し顔を赤くしながらそっぽを向いたカジミールさん。まさか、照れてるのかな。確認しようと思ったけど、それよりも早くカジミールさんは人混みから逃げるようにわたしの腕を軽く掴み歩き出した。
「離れんなよ。こう人が多くっちゃ、あんたを見つけるのも一苦労だぜ」
……その割には顔がなんだか嬉しそうなのは気のせいかしら。ちょっと複雑な気持ちになりながらも、わたしはカジミールさんと一緒に駅前から少し離れたストリートカジュアルが並ぶ通りへと向かった。
「ここ最近できたみたいだぜ。それと、あそこの店は品数豊富って噂だ」
カジミールさんは嬉しそうにお店の情報を教えてくれる。普段はいつも鋭い目線も今はどことなく柔らかくって、優しい。いきいきしているようにも見えるカジミールさんを見ていたら、急に冷たい風がひゅうと吹いた。今日の天気はあったかくなるって聞いていたのに……わたしは思わず体をぶるりと震わせると、それを見ていたカジミールさんは急にわたしを引き寄せた。
「寒いならもっとくっついたらいいだろ」
さりげなく体と密着する形となったわたしは顔が真っ赤になっていくのがわかった。嬉しいやら恥ずかしいやら……わたしはなんて声をかければいいかわからず、しばらくカジミールさんの大きくて優しい手はわたしの肩に置かれていた。ストリートカジュアルの通りを抜けると、今度は大きなハンバーガーショップが見えてきた。お昼前ということもあり、お店の中は注文を待っている人、食事をしている人たちで溢れていた。
「ここのハンバーガー、うまいんだ。あんたにご馳走したいんだ」
そう言ってカジミールさんは人混みの中を構わずずんずんと進んでいくと、やがて一人の店員さんと目が合うとそれが合図かのように、店員さんは大きなビニール袋をさっと取り出しカジミールさんに渡した。
「ほらいくぞ。なにぼーっとしてんだ」
一瞬、なにが起きたのか理解できず口を半開きにしていると、カジミールさんはわたしの腕を優しく掴み店の外へと連れ出した。そして店から少し離れたこの店と同じ系列の店へと入り店員さんに何かを見せると、そのまま中へと通された。店の中は暖房がきいていてとても暖かく、なんとなくほっとした。
「ほい。ここなら落ち着いて食えんだろ」
一体どんな魔法を使ったのか気になったわたしは、カジミールさんからできたてのおすすめバーガーとドリンクを受け取りながら聞いてみた。するとカジミールさんは「なんてことはねぇよ」とふっと笑いながら携帯を見せた。
「これだよこれ。今、これでオーダーをすれば大抵のことはできちまう。だから、事前に済ませておいただけだ。座席も混雑すると思ったから、近くの系列店で席を確保しておいたってわけだ」
……すごい。語彙力が崩壊したわたしはもうその言葉を紡ぐことしかできなかった。あつあつのハンバーガーの包み紙を捲ると、中にはたっぷりの新鮮野菜と肉厚のマッシュルーム、それとこれまた肉厚なパティが顔を出した。濃厚な照り焼きソースもたっぷりとかけられたそれは、食欲をそそるいい香りを放っていた。
「さっさと食わねぇと冷めちまうぞ」
カジミールさんは包み紙を豪快に外し、大きな口でがぶり。口の周りをソースで汚しながらでもとっても美味しそうに食べている顔を見て、わたしもできる限り大きく口を開いてかぶりついた。じゅわりと広がる野菜の甘味と旨味、マッシュルームとパティの相性もばつぐんで、今まで食べたハンバーガーの中でも一番美味しいと思う。わたしは夢中になって食べていると、カジミールさんはわたしの顔をじっと見ていた。あれ、何かついてるかな??
「ははっ。あんたの口の周り、すげぇことになってんぞ」
カジミールさんは自分の口元をちょいちょいとして見せると、わたしは口元を触ってみた。あ、ソースが付いてる。恥ずかしいと思い、急いでティッシュで口元を拭うとカジミールさんはまた笑いながら言った。
「このハンバーガーはそう甘くないぜ。なんせソースがたっぷりだかんな。あんたの口元なんざ簡単に汚しちまうぜ。食べ終わらない限り……な」
悪戯っぽく笑うとカジミールさんは自分の口元が汚れることなんて気にしていない様子で、どんどんと口に運んでいく。そしてあんなに大きかったハンバーガーはあっという間になくなってしまった。わたしもと思い、口元が汚れることなんか後回しで夢中でハンバーガーを食べた。なんだろう。いつもだったら少しでも汚れたら嫌だと思うのに、今日に限ってはそこまで嫌じゃないかも……???
ドリンクを飲んで一息つくと、カジミールさんはポケットから何かを取り出しわたしに差し出した。それは、この前貸したハンカチだった。受け取ると、カジミールさんの上着のポケットに入っていたのかなと思うくらい、とっても温かかった。
「この前はありがとうな。おかげでこうしてあんたと話すこともできた。感謝してる」
その顔は何か緊張感が抜けたようなリラックスしたような表情だった。それはカジミールさんのまっすぐな気持ちを受け取った瞬間でもあった。そのハンカチを見つめていると、なぜか涙が浮かんだわたし。え……なんで……涙が……。
「おいどうした?」
わからない。わからない……あ、そうだ。わたし、カジミールさんに謝らないと……待たせちゃってごめんなさいって……止まってと願っても涙は止まってくれず、むしろ止めどなく溢れてきちゃって、わたしは両手で顔を覆ってしまった。
「なんだ……別になんとも思ってねぇよ。だから……泣くんじゃねぇ」
それと同時に他のお客さんも入ってきちゃったみたいで、外から声が聞こえた。わたしはどうしたらいいかわからず、顔を覆っていると席を素早く組み換え他のお客さんには背中しか見えないようにし、カジミールさんはわたしの背中に何かを優しくかけた。
「……これで誰にも見られねぇ。落ち着くまでそうしてな」
カジミールさんの優しさに、わたしはしばらく声を押し殺して泣いていた。
どれくらい泣いていたのかな。ようやく落ち着いた頃、他のお客さんが来ていた声は聞こえていたけど、今はわたしたちしかいなかった。……カジミールさんに悪いことしちゃったな。わたしは持ってきた別のハンカチで目元を抑えるとすぐ隣でカジミールさんは小さな寝息をたてていた。そして電源が入りっぱなしだった携帯には色々とメモのようなものが貼り付けられていた。
「とにかく相手に感謝をすること」
「自分が前に出る」
「一歩でも二歩でも先を歩け」
「焦るな。余裕ある行動」
など、自分へのルールかのような文言がいくつもあった。それが結果的にカジミールさんの心優しい部分へと繋がっていたのかと思うと、わたしの胸はぐっと締め付けられた。本当に努力をしている人なんだな……カジミールさんは。
そしてわたしが泣いている間、かけられていたのはカジミールさんのジャケットだった。わたしはそっとカジミールさんの背中にかけ、今度はわたしが待つ番となった。カジミールさんが目を覚ますまで、わたしは窓の外に映る時の流れを楽しんでいた。
「……わぁ……わりぃ……寝ちまった」
うんと背伸びしながら目を覚ましたカジミールさん。わたしは首を横に振り、カジミールさんが落ち着くまで待った。むにゅむにゅと目を擦り、大きなあくびをしてから携帯に目を向けると
「もうこんな時間かよ……」とショックを受けた様子だった。確かに、外はすっかり暗くなっているけど、なにかあったのかな。
「なぁあんた。この後、まだ時間はあるか?」
時間はないことはないけど……何かあったのかを尋ねると、カジミールさんはなんだか嬉しそうににやりと笑うと、わたしの手をくいと引いた。
「これからあんたが普段行かなそうな場所へ連れていこうと思うんだが……なぁに。そんなヤベェ場所じゃねぇ。ただ……ちょっとばかし刺激が強すぎるかもしれねぇけど……な?」
どんなところなんだろう。危ない場所ではなさそうだけど……期待と不安が入り交じりながら辿り着いた先は大きなライブハウスのような所だった。外からでも聞こえるずんずんと身体に響く重低音が中で演奏されている音楽がいかに大きいかを物語っていた。
「こういうとこ、くんの初めてそうだったからな。まぁ、中見て嫌だったら出ても構わねぇから」
カジミールさんと一緒に受付を済ませると、小さなコインを渡された。特に表も裏も変わった装飾はしていないけど……って、そうこうしている間にカジミールさんは慣れた様子でそのコインをお店の人に渡すと代わりに飲み物を受け取っていた。これって、そういうことなんだ?
「ほら、あんたも何か飲みもん取って来いよ」
わたしでも飲めそうな……ものはあまり多くなさそうなので無難なソフトドリンクをお願いすると素早い動作であっという間に作ってくれた。
「楽しんでいってね」
女性の店員さんに笑顔でそう言われ、わたしも笑顔で返すとお店の中の重低音が更に厚みを増した。どうやらこれからDJさんのパフォーマンスがあるみたいで、なんでもカジミールさんはこのDJさんのファンだそう。一体どんな人なんだろうと思って楽しみに待っていると、お店の中の照明が暗くなり、しばらくして青色のレーザービームのようなまっすぐな光がDJさんのいるテーブル横から生えた。
「始まる前でよかった」
カジミールさんは安心した様子でDJのテーブルを見つめていると、暗がりの中から一人の人物がテーブルの前に立ち、操作を始めた。それと同時に店内の照明が点いたり消えたり音楽も波打ったりぐにゃりと曲がったような音楽になり、一つの音楽でも操作する人によっていくつもの音楽が生まれるんだって思うと、なんだか楽しくなってきちゃった。気が付いたらわたしは音楽に合わせてぴょんぴょんと小さく跳ねていた。音楽に合わせて身体を動かしていると、仕事で受けていた嫌なことも忘れられるような気がして、わたしは夢中になっていた。そして演奏が終わるのと同時に大きな拍手を送ると、隣でカジミールさんは嬉しそうに微笑んでいた。
「あんたが楽しそうにしていてよかった。正直、不安だったんだ。あんたみたいな育ちのよさそうな人がこういう場所はどうかなってな……。でも、それは杞憂だったな」
肩を竦めながら笑うカジミールさんは、わたしの手を引いて外へ出ると更に寒くなってきた風からわたしを守るように立つと、「駅まで送るぜ」と言い付き添ってくれた。その間、カジミールさんはわたしの手を優しく握ってくれていた。
「すっかり遅くなっちまって申し訳ねぇ」
わたしは首を横に振り、誘ってくれたことに感謝を伝えるとカジミールさんは少し照れたように頭をかきながら視線を逸らした。
「いや、お礼がしたかったのは事実だし。それに……あんたと話がしてみたかった」
これからはまたメッセージで連絡ができるから、何かあったら連絡する旨を伝えるとカジミールさんはにかっと笑いながら「おう」と答えた。なんだか、その笑顔で頑張れるような気がしたわたしは、電車に乗るため改札口を潜った。
「気を付けて帰んな」
わたしはうんと頷き、たくさんの人でごった返している構内を歩いた。ちらっと見ると、カジミールさんはわたしを最後まで見送ってくれていた。そしていよいよ見えなくなった途端、胸の辺りがちくんと痛んだ。帰宅時間ともあってか、電車は満員でぎゅうぎゅうに押し込まれた車内で何とか最寄り駅に着き、ふらふらしながら帰宅をすると携帯がぶるると震えた。確認をすると、カジミールさんからだった。
「無事に帰れたか? またあんたと話ができるのを楽しみにしてる」
短いけど、カジミールさんの気持ちがぎゅっと詰まったメッセージにわたしは思わず携帯を握りしめた。わたしね、今度カジミールさんに会ったら、言いたいことがあるんだ。それは……ほんの少し、わたしの限界を壊してくれてありがとうって。今までに見たことがなかった、たっくさんのストリートカジュアルのお店、たっぷり食材とソースのハンバーガー。それから、大音量の音楽が流れるお店。わたしには中々縁のない場所をたくさん教えてくれたカジミールさんに、たっくさんのお礼をしたいの。また次に会える機会があったら、今度はわたしが案内してみようかな……。ちょっとドキドキするけど……少しでもカジミールさんが楽しくなってくれたら嬉しいな。
ね、いい……かな?




