きっと叶う! 絵馬最中【竜】
その少女は目をぱちくりさせていた。右を見ても人、左を見ても人。そして真正面を見ても人、人、人(時々犬)だった。ラズベリー色のロングヘアーに少し眠たそうな同色の瞳、ゆったりした白を基調としたふんわりドレスを身に着けた少女の名前はフォシィ。強大な力をあちこちで振るい敵味方関係なく蹂躙して災害のような存在と化していた。竜の骨で作られた鎌のようなものを手にし、また動き出そうとしたフォシィに突然衝撃が襲った。その衝撃で遠のく意識の中、岩に封じ込められ化石となり眠っていた。
そして、数年前。フォシィは目覚め、またあちこち破壊活動をするかと思いきや、だいぶ大人しくなり今では見たことのない景色に興味津々だった。
「フォシィ。知らない」
フォシィを追い越し、沢山の人たちが大きな赤い建造物が飾られている中へと入っていった。そしてその人たちみんながきれいな着物を着ていて、とても煌びやかだった。
「人間さん……とってもきれい」
フォシィは人間たちが着ていた服が気になり、勇気を振り絞って赤い建造物をくぐろうとしている人間に質問をしてみた。
「あの……人間さん。そのお洋服はどこにありますか?」
声をかけられた人間は、辺りを見回しながら一つの店を指出した。
「ああ。それなら、あそこの店にいってごらん。きっとお気に入りが見つかると思うよ」
「あ……ありがとうなの。人間さん」
「どういたしまして」
教えてくれた人間と別れ、フォシィは教えてくれた店へと向かった。初めてだらけのことで心臓がばくばくと暴れているのを無理やり鎮め、ドアを開けた。
「こ……こんにちは」
おっかなびっくりドアを開けると、そこにはたくさんの数の服がずらりと並んでいた。それだけではなく、色別や種類別に並んでいて店内も整っているのを見たフォシィは目を見開き口をぽかんと開けていた。
「いらっしゃい。あら、これまた可愛い子がきてくれたね」
中から元気な女将さんが顔を出し、履物を吐き終えると小走りでフォシィに近付くと軽く挨拶をした。
「こんににちは。ここは初めてかな?」
その質問にフォシィは小さく頷いて返事をすると、女将さんはにこっと笑いながら早速フォシィに似合いそうな服を選び始めた。
「ここへ来たってことは、そういうお洋服を求めてってことだよね?」
「そう……なの」
「うんわかった。じゃあ、ちょっと時間をおくれよ。えーっと、こんなのはどうだい」
女将さんが選んだのは、最近入荷したばかりのものだった。なんでも派手さを求める子が多くなったから仕入れてみたんだとか。それを手に取ったフォシィの目はきらきらと輝き、何度も表と裏を見返した。
「あの……これ、着てみたいの」
「あいよ。それじゃあ、奥に試着室があるから一緒に行こうか」
「はい……なの」
女将さんの慣れた手つきで着付ける姿に圧倒されるフォシィ。あっという間にできあがり、鏡に映る自身を見て、さらに目を輝かせた。
「これが……フォシィ?」
「そうだよ。お正月はこうして着飾って、新年をお祝いするんだよ」
「お正月……フォシィ、知らない」
「簡単に言えば、一年の始まりをお祝いするお祭りさ」
「お祭り……眠っていた間、フォシィの知らないこと、たくさん」
「まぁ、そんなことよりもだ。あなたも新年をお祝いするお祭りを楽しんでおいで」
「は……はいなの」
表は白で背面が黒という少し変わったデザインに、袖の部分には何かの骨のような模様が描かれた着物に着替えたフォシィは、ゆっくりとした足取りで店を出た。そして、今度は自分があの赤い建造物を潜る番だと言い聞かせ、一歩また一歩と赤い建造物に近付いた。まるで二本の脚で立っているかのようなその建造物を無事に潜ると、今度は石でできた狐のようなものがフォシィをぎろりと睨んだ。
「ひっ……き、狐さん。フォシィ、初めてのお祭りなの。あまり、睨まないで」
何度もお願いをしてから狐を通り過ぎると、今度はさっきの二本足で立っていたものがずらりと並んだ道へと出た。
「わぁ……きれいなの。とってもきれいなの」
どこまでも続いていそうなその赤い建造物を潜りながら、フォシィは一人はしゃいでいた。
「フォシィが眠っていた間、人間さんたちがこんな素敵な場所をつくっていたなんて」
破壊するこそがフォシィの最大の喜びだった。中途半端に壊すのではなく、徹底的に壊し、跡形もなくすることでようやく満足していたフォシィだが、今はその破壊したいという衝動はどこかへ消えており、目も頬も嬉しそうに上がっていた。
「決めた。フォシィ、今日は破壊しない。こんな素敵なところを破壊なんて……できない」
もし、フォシィを知っている人物がこの場にいたら、きっとひっくり返るだろう。あんなに目をぎらつかせながら破壊していたフォシィが破壊をしないだなんて言ったら、翌日はきっと天変地異が起こるだろうと言うだろう。破壊をしたくないという気持ちがあるというのは、それほどまでにフォシィにとってこの世界というのは美しく映っているのだろう。入口付近で潜った二本足で立っているような建造物をもう少し小さくしたものがずらりと並んだ回廊のようなものを抜けると、ひと際目を引く列を見つけたフォシィは首を傾げた。
「あれは……なにかしら」
丸くて大きな石のような物を持ち上げては落胆している人間を見たフォシィは気になり、列に並んだ。少しずつ石を持つ順番になり、気になったフォシィは前に並んでいる女性にあの石は何か尋ねてみた。
「ああ。あれは『おもかる石』って言ってね。願い事をしてからあの石を持って、重かったら願いが叶うのには時間がかかる、軽かったら願いが叶いやすいって言われているんだ」
「へぇ……面白いの」
「お嬢ちゃんの願いが叶うといいね。あ、あたしの番だ」
教えてくれた女性が何かを願ってから石を持ちあげると、女性は「うっ」と声を漏らした。女性は石をゆっくりと定位置に戻し、フォシィに声をかけた。
「どうやら、あたしの願いはそう簡単には叶いそうにないみたいだよ。はぁ……」
気を落としている女性になんと声をかけようか迷っていると、フォシィの番になり慌てて石を持ちあげた。
「あ……願い事するのを忘れたの。でも……(この美しい景色が続きますように)」
「あ、なんか軽く持ち上げてるように見えるけど……」
フォシィもゆっくりと石を置き、女性の元へ駆け寄ると女性は「どうだった?」と声をかけると、フォシィは少し考えてから「ちょっとだけ軽かったの」と答えた。
「おや、そうかい? あの石を軽く持ち上げられる人ってそうそういないんだけどねぇ」
「そう……なの?」
「それほど『簡単には叶わないから努力をしなさい』って神様が言っているのかもしれないね」
女性はあははと笑いながらフォシィと境内を巡ると、帰り際に何かを見つけさっと駆け出した。
「今年はこれを書いていこうかな」
「それは……何なの?」
女性は板のような物をフォシィに見せると、「これは絵馬って言って、今年叶えたい願いごとや目標を書くんだ。せっかくだしお嬢さんのも買ってくるからちょっと待ってて」
「あ……行っちゃったの……」
フォシィの答えを聞く前に受付へと向かった女性。絵馬を二つ購入し、記入できるスペースに移動しペンのキャップを外した。
「あたしは……これを願おうかな。よし、これを、あそこに括り付ければ完成だよ」
「わかったの。やってみるの」
ゆっくりと丁寧に願いを書いていくフォシィ。書き終えたフォシィは裏面を見てみた。そこには可愛らしくデフォルメ化された馬が描かれていた。
「これ……とっても可愛いの」
可愛い馬の絵を見たフォシィはなんだか心がぽかぽかと温かくなり、もう一つ記念に欲しいなと思った。だけど、フォシィはあまり手持ちが多くない。
「たまには我慢も大事なの。また会おうね。お馬さん」
名残惜しそうに絵馬に挨拶をし、女性と二本足の赤い建造物を潜る頃には、辺りはオレンジ色に染まっていた。
「もうこんな時間なの……あっという間だったの」
「いやあ。今日はお嬢さんと一緒に巡れてよかったわ。ありがとね」
「ううん。こっちこそ、色々教えてくれてとっても嬉しかったの」
「またどこかで会えるといいね。風邪引かないようにね」
こうして案内してくれた女性と別れ、フォシィは借りていたこの服を返しにお店へと戻った。すると女将さんが嬉しそうな顔で迎えてくれた。
「なんだか表情は明るくなったね。何かあったのかい?」
「? そうなの?」
「うん。なんか、楽しいことがあったように見えたからね」
「……うん。今日はとっても楽しかったの。また新年を迎えるとき、ここに来たいの」
「ぜひぜひ。待ってるからね」
「今日はありがとうなの」
女将さんと別れ、店を出たフォシィ。少し冷たくなった風に頬を撫でられ、背筋をぶるりと震わせた。
「また……ここに来るからね」
そう言い残し、フォシィは小さくスキップをしながらふらりと歩き出した。そんな冷たい風に揺られたフォシィの絵馬にはこう書かれていた。
「もっともっと素敵な場所へ行けますように」




