ぴりぴり雷槌もち【神】
新年を向かえたオリュンポス界。あちこちでは子供たちが楽しく遊んでいたり、大人たちは変わらず世間話に花を咲かせていた。しかし、宮殿ではオリュンポスの神々が新年の挨拶や、または抱負を語ったりする場が設けられていた。そこでは普段、それぞれの衣装を身に纏っている神々も、この時ばかりは異国の慣習に倣い、正装をしていた。
オリュンポスの神々の頂点である、最高神ゼウス。艶やかな白髪にたっぷりとした髭を蓄え、大きな玉座にどしりと腰をかけ肘あて部分で頬杖を突き、退屈そうにしていた。そんなゼウスの背後には雷霆ケラウノスが安置されており、時々目に見える程の稲光を放っていた。黒色の羽織に薄めの灰色の袴をつけ、非常に格式高い風格……なのだが、その顔がなんともつまらなそうに歪んでいた。
「……暇じゃ」
ゼウスはただ一言そう漏らした。確かに正月はみんな集まるということは承知している。長ったらしくなることも承知の上だ。それに神が多いせいで長時間になることもわかっている。承知している部分が多いとはいえ、今年はどうしても我慢ができないことがあった。
それは、新年の挨拶担当がアテナだったからだ。戦女神であるアテナは戦いのときこそハキハキとし、ほかの兵士たちに指示を送り負けなしの戦術を披露するのだが、それ以外はてんでダメだった。生活能力に乏しいというか、興味がなさすぎるというかなんというか。会話も戦っているときと普段では語彙力が違いすぎてしまい、しまいには他の神に「本当に同一人物ですか?」と聞かれてしまう。本人はいくらそうだと言っても、それを周りの人がすんなりと信じてくれるまでには相当の時間を要してしまうこともしばしば。必死に説明をするアテナだが、生活面での不安要素が強すぎてしまい、戦場でのアテナの記憶がどんどんと薄れてしまってきている。今では戦場のアテナではなく、日常生活に弱いアテナが定着してしまって本人は危機感を覚えている。それを挽回するために色々と考えてきた言葉を、神々の前で並べてみるもののみんな退屈を覚えていた。その中でも一番退屈だというのを表に出しているのが、最高神であるゼウスというわけだ。
「なーんでアテナが挨拶なんじゃ。今年の担当は確か別だった記憶じゃったが……はぁ……早く終わらんかのう……。おっさんばっかりの新年会も飽きてきたのう。あやつ、足を痺れさせてぷるぷるしておる。はぁ……可愛いぷりんちゃんたちが遊びにきたりせんのうかのう」
アテナには悪いが、ゼウスはほかの神に聞こえないよう最小の声でそう呟くと、その願いが叶ったのか、玄関で荒々しいベルが鳴った。
「お! まさかぷりんちゃんか! どれどれ、わし自らお迎えしてやろうかの」
ゼウスは今にも踊りだしそうな勢いで玄関のハンドルを握った。
「ぷりんちゃーん。ぷりん」
「お邪魔致す」
「……ちゃーん」
玄関を開けて現れたのは、可愛い……とはお世辞に言えないどちらかといえば厳格な雰囲気を持った風神─厳王だった。大きな岩山を思わせる体格に刃物のような鋭い目つき。晴れ着姿の上からでもわかる筋肉質な体は、最高神ゼウスが想像していたぷりんちゃん像とはだいぶかけ離れたものだった。
「新年の挨拶に参りて候」
「あー、はいはい。次どーぞー」
すっかり意気消沈してしまったゼウスは適当に厳王を中に招き入れ、アテナの挨拶を適当に区切らせ厳王の挨拶へと移った。
「新年の喜び、誠に目出度く申し納め候。本年も、よしなにお取り計らい下さりたく、伏して願いあげ奉り候」
広間にて両手をついて深々と挨拶をしている姿を見たゼウスは、なんともいえない表情で見ていた。長年、ゼウスに付き添った神からすれば、あの表情は一言でいえば「面倒くさい」というときに出す表情だとか。それを知ってか知らずか、他の神は何か我慢をしているように顔を強張らせていた。ゆっくりと顔をあげ、最後にゼウスに会釈をして席につこうとしたとき、他の神々が手を挙げ沈黙を破った。
「あー、ヘパイストス。何かあるかな」
「ああ。こいつをみてくれ」
そうして出したのは、長年ヘパイストスが工房に籠って作成した武具の数々だった。一つ一つ説明をしているヘパイストスは嬉しそうなのだが、何の話をしているのかさっぱりわからない神々は口をぽかんと開けたまま固まっていた。
「あやつの挨拶は長いのう。というか、ただの発明お披露目会ではないか」
次の挨拶はアキレウスなのだが、アキレウスは腹の底に響くような大きな声で返事をすると、無言で色々なポーズをし始めた。一体何が始まっているのかを理解するのに、少なくとも十分以上はかかった。
「……アキレウスはただの筋肉アピールではないか。オデュッセウスもそんなに嫌な顔するんだったらスポットライト係を断りなさいな」
ただ無垢な笑顔をしながらアピールをするアキレウスに対し、「なんでこんなことをしなくてはいけないんだ」と言いたげなオデュッセウスは慣れない照明係を受け持っていた。そんなオデュッセウスを見たほかの神々もゼウスと同意見だった。彼には何か断れない理由があったのかもしれないが、最終的に引き受けたのはオデュッセウスなので、まぁ仕方のないことだと思い無言で生暖かい眼差しを送ることに徹した。
「ふう。これでようやく挨拶が終わったかのう」
なんとか全員分の挨拶が終わり、さぁお開きにしようとゼウスが席を立った瞬間だった。厳王が静かにそして鋭く手を挙げた。
「なんじゃ厳王。まだ何かあるのか?」
声に「だるい」という気持ちがのっかったままゼウスは問うた。すると、厳王はそんなことを全く気にすることなく懐から小さな箱を取り出した。
「ここは新年の集い。せっかくなので簡単な遊戯でもいかがか」
「……遊戯ぃ? なんじゃこれ。花や鳥が描かれておるの」
「うむ。これは『花札』という遊戯。簡単に手順を説明致す」
同じ花が絵柄を集め、役を成立させる遊びとのこと。また、絵札の組み合わせで得点が加算され、最終的に得点の高い参加者の勝ちということを説明した厳王。最初こそ渋い顔をしていたゼウスをはじめ、他の神々も異国の遊戯に興味を示し順番に遊戯を楽しみ始めた。結果、全員がすぐに手順を覚え盛大に盛り上がった。
「いやぁ、こんなに愉快な遊戯があるなんてなぁ。厳王といったか。褒めて遣わす」
「ははっ! 有難き幸せ」
「(かたっくるしいのう)それじゃあ、今日はここまでにしておこうかの。それじゃあ、お開き」
ゼウスの号令に全員が帰り支度を始めている中、たった一人動けないでいる人物がいた。今、その人物は自らを守る盾─アイギスによって足をちくちくと突かれて悲しい悲鳴をあげていた。
そして、やっと誰もいなくなった広間に一人のゼウス。再度誰もいないことを確認したゼウスは、最高神にあるまじき下品な笑みを浮かべながらルンルン気分で玄関へ向かい、扉を開けるとそこに立っていたのは……。
「あら、あなた。嬉しそうな顔をしてどこへ行くのかしら?」
「あ……ヘラ……」
「中で一緒にお話しましょ♡」
「は……はひ」
恐ろしすぎるくらい美しい笑みを浮かべた妻ヘラを前に、最高神のゼウスでさえ成す術なく凍らせてしまうのは、彼女の魅力なのかはたまたそれ以上の殺意なのか。それを知る前にゼウスは声なき声をあげながら広間へと引きずられていった。




