雪わらび餅【魔】
音もなく深々と降り続く白雪の中、真っ赤な鎧を纏い魔物と戦っている戦士がいた。口元だけを出した赤い兜、同色の鎧はどこか暴力的なイメージが漂っていた。近付くだけで何か影響が出てしまいそうなそんな禍々しい雰囲気を纏いながら、最後の魔物にとどめをさした戦士はふうと息を吐くと、空から降り続く白雪と同じ色をしていた。
「……そんな季節か」
彼の名前はガトライズ。記憶をなくし、魔界を彷徨っていた。自分は誰なのか、いったいなぜここにいるのかが一切わからない。だが、一つだけ確かなことがある。それは、絶対に許せない奴がいるということだけ。沸々と湧き上がる怒りに身を任せ、無限とも思える魔物との死闘を繰り広げていた。一体、百体、千体と屠り続けても枯渇することのない怒りは、次第に我をなくしただ暴れるだけの存在と化していた。
それからいくつかの月日が流れ、ガトライズは思い出したことがあった。それは、自分は元人間だったということ。そんなことすらも忘れてしまう程、彼の中にある憎悪は凄まじく、一度スイッチが入ると中々制御がきかない。今はだいぶ落ち着きを取り戻し、ガトライズはひょんなことから地上へと出る道を歩いていた。そして、外を出ると一面銀世界で思わず声に出して驚きを表すガトライズ。さくさくと足音を立てながら一歩また一歩進んでいくと、足元で何かが当たった。
「……なんだこれは」
雪の中から取り出してみると、それは紐のようなものを丸状に丁寧に編み込んだ飾りだった。それを見たガトライズはふっと頬を緩ませた。
「年が明けたのか。なんだか懐かしい気持ちがある。俺にもそういう祝う過去があったのだろう。最早、関係ないことだが」
飾りを見たガトライズの頭の中に刹那的ではあるが、過去の出来事がフラッシュバックした。そこでは、誰かが笑いながら食事をしていたり、誰かが外で遊んでいたり。そんな映像が一瞬、頭の中で蘇ると、ガトライズは信じられないといった様子で立ち尽くしていた。
「もしかしたら……記憶を取り戻せるきっかけになるかもしれんな」
もし、記憶を取り戻すことができたら、前より笑えるだろうか。もし、記憶を取り戻したら、前より生活は豊かになるだろうか……少し心配になりながら、ガトライズは更に独り言ちる。
「うっすらと感じたあの懐かしさ……過去の記憶が残っているのか……」
すっかり忘れかけていた記憶を取り戻すということに、ガトライズは自分に問いかけてみた。
もし、記憶を取り戻すことができるなら?
取り戻したい
取り戻したくない
ガトライズは悩んでいた。もし、記憶を取り戻すことができるなら、それはそれでもちろん嬉しい。だが、取り戻したからといって、好転する未来は見えなかった。なぜなら、ガトライズが記憶をなくしてどれだけ時が流れていたかを知る必要があったからだ。もし、記憶を取り戻し許せない奴が誰だか判明したところで、その許せない奴がまだいるかどうかはわからない。もし、そいつがいなかったら、記憶を取り戻したところで何の得もなかった。仮に取り戻したとし、許せない奴がいなかった場合、さっき感じた懐かしさの原因を探る旅も悪くないだろうと思ったガトライズは、静かに空を仰いだ。
では、記憶を取り戻さないままだったら。今まで通り魔物と戦い、我を忘れて力に溺れる日々を過ごす。記憶をなくしてからの日々となんら変わり映えのない時間を過ごしていくことになる。だが、あの時にふと感じた懐かしさの正体を知ることも同時に捨てることとなる。ガトライズは悩んだ。自分に無実の罪を着せた奴を八つ裂きにしてやりたいという思いと、もしそいつがいなかった時、自分はどうなってしまうのだろうという気持ちが攻めあっていた。
悩みに悩んだ結果、ガトライズは懐かしさに振り向くことなく前進した。記憶を取り戻せる機会があるならとも思ったが、今はそれよりもこっちの方が性に合っていると思ったからだ。
「いつか自身を忘れてしまうかもしれない。それで復讐を果たせなくなるかもしれない。だが、それも悪くない」
ガトライズは音もなく降り続く雪の中を黙々と歩き続けた。生きていればきっと何か好転のきっかけが巡ってくる。そう信じて。




