もちもちのーびのび♪すいーとらいすけーき【魔】
人の目を気にする頻度が少なくなった少女─メデューサ。一見、普通の少女なのだがそのエメラルドグリーンの髪は蛇になっており、魔力を持ったメデューサの赤い瞳は、ひとたび合ってしまうとその人物を石に変えてしまうという恐ろしいものなのだが、ほんの僅かだけ視線を逸らせばそれを回避できることに気が付いた。それに気が付いてからはほんの少しだけ臆病も治り、色々な人とお話ができるようになっていた。
今日は異国の休日では「がんたん」と言って、新しく迎えた年をお祝いする日だとこの前読んだ書物に書かれていた。それと、新年には相応しい装いがあるとも書いてあったのを思い出したメデューサはクローゼットからきれいに畳まれた着物を引っ張り出した。
「うわぁ……とってもきれいです。でも、難しそうなのです」
着物はいくつかに分かれており、中には説明書も入っていたのだが何が何だかさっぱりわからないメデューサは説明書一ページ目でギブアップしてしまった。せっかくだし着てみたいのだが、どうやって着ていいか困っていると、来訪者を告げるベルが鳴った。
「はーい」
一旦着物をそのままにし、とてとてと玄関に向かうメデューサを訪ねてきたのは隣のおばちゃんだった。おばちゃんはメデューサの状況を一番最初に理解してくれた人で、度々夕ご飯をお裾分けしてくれるとても心強い味方だった。
「新年あけましておめでとう。メデューサちゃん。それと、へびさんは今日も元気だね」
「おばさま! おめでとうございます。へびさんたちは今日も元気一杯なのです!」
「おおそうかい。それはよかった。ところで、おせち料理を食べようと思っているんだけど、メデューサちゃんも一緒にどうだい?」
「え?? わ、わたしですか?? ご迷惑ではないですか??」
メデューサが心配そうに尋ねると、おばちゃんは豪快に笑いながら首を横に振った。
「迷惑? とんでもない。せっかくだし、一緒に食べた方が美味しいからね。遠慮はいらないよ」
「……いい……ですか?」
「もちろんだとも! ん? メデューサちゃん、あそこに置きっぱなしにしている箱はなんだい?」
おばちゃんに聞かれ、はっとしたメデューサは「そうだ」といい、廊下をまたとてとてと歩きながら箱を取り戻ってくると、箱の中にある着物を見せた。
「新しい年をお祝いするのに、この着物を着てみたいのですが……着方が分からなくて困っていたのです」
箱の中を見たおばちゃんは「うん」と頷くと、すぐににこっと笑い箱を抱えた。
「大丈夫。うちで着付けしてあげるよ。あたしもメデューサちゃんの晴れ着姿、見てみたいよ」
「おばさま……ありがとうございます!」
「いいってことよ。さ、寒いから温かい恰好でおいで」
「はい!」
こうしてメデューサはお隣さんの家にお邪魔することになった。
「……見たことがないものがたっくさんなのです」
おばちゃんの家に入ってまず驚いたのが、玄関先に飾られた紅白の飾りだった。そして、その飾りはどこかで見たことのある動物が用いられていた。
「あ、へびさんです。ここにもお友達いましたね」
友達見つけたよーと言いたげに嬉しそうにうねうね動いていると、家の奥の方からおばちゃんの声が聞こえた。
「メデューサちゃーん。こっちおいでー」
「あ、はーい」
声のする方へと行くと、そこでは目をきらんと輝かせたおばちゃんが着付けの準備をしていた。そして、その後ろでは旦那さんがいつでもサポートできるよう膝をついて待機していた。
「さ、手早く済ませちゃうよ。あんた、準備はいいかい?」
「もちろんさ。いつでもいけるさ」
「よ……よろしくお願いします」
メデューサはどきどきしながら真っすぐ立つと、目にもとまらぬ早さで着付けが行われていった。ものの数分で着たかった着物へと変身ができたメデューサは動きにくそうにしながらも小さくぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。
「わぁ……とっても素敵です! おばさま、おじさま。ありがとうございます!」
「いいってことよ。お腹は苦しくないかい? 苦しかったらいつでも言ってね」
「メデューサちゃんは何を着ても映えるね。さ、お正月を楽しもうか」
「はい!」
おばちゃんに手を引かれやってきたのは大広間だった。そこには大きなテーブルの上に見たことのないご馳走がずらりと並んでいた。黄色くて艶々した小粒の食べ物、赤色と白色が交互に並んだもの、赤くておっきな生き物が丸々一匹箱の上にのっかっていたりと、見てるだけでもわくわくが止まらなかった。
「わぁ……すごいご馳走です」
「これが、新年をお祝いするお料理『おせち料理』さ。それぞれ意味があるみたいだけど、そんな堅苦しいことを考えてまで食べたくないね。あたしゃ」
「その話、わからなくもないけど……取り合えず意味はあとで一緒に見ようか、メデューサちゃん」
「はい、楽しみです」
メデューサが四角いふかふかした織物の上に腰を下ろすと、ほどなくしてお椀が運ばれてきた。黒色のお椀には蓋がされており、開けてみると中には半透明の液体の中にこんがり焼き色がついた四角形の白いもの、爽やかな香りがする黄色いもの、さっき見た赤色と白色のものがきれいに盛られていた。
「これは雑煮っていう食べ物さ。白いのはお餅といって、とっても噛み応えのあるものだから喉に詰まらせないようしっかり噛んで食べてね」
「おもち……どんな味がするのでしょう。いただきます!」
箸を上手に使いながらお餅と呼ばれた焼き色がついた白い四角形を観察するメデューサ。落ちないようしっかり箸で挟んで持ち上げると「パリッ」というなんとも心地の良い音がメデューサの耳をくすぐった。
「ふーふー。はむ……んーーーーー!」
一口含んでちぎろうとしたのだが、お餅と呼ばれた白い四角形は思いのほか伸びた。その長さに驚いたメデューサはゆっくり伸びたお餅を回収するように食べていくと、何度も噛んでから飲み込んだ。
「このお餅という食べ物。すっごいもちもちしてて美味しいです!」
「気に入ってくれてよかった。まだまだたっくさんあるから食べて行ってね」
元はこんな形なんだよと言いながら、柔らかくなる前の餅を見たメデューサは恐る恐る触れてみた。するとさっきまでのもちもちとしたものではなく、かちかちに硬い物に更に驚いた。
「お餅って……焼くとこんなにもちもち柔らかくなるのですね。不思議です」
一つお勉強になったところで、メデューサは新しいお餅をお椀の中に入れてもらいまたびよーーんと伸ばした。
「へびさんにも小さく切ったお餅をどうぞ。しっかり噛むんだよ」
旦那さんがへびさん用にカットしたお餅を配っていくと、へびさん達もその不思議な食感に戸惑いながら楽しく食べていた。皆がお餅を楽しんでいると、メデューサは本棚の近くに飾られた白いものを見つけた。何かと尋ねるとあれは鏡餅だと教えてくれた。
「鏡……」
あまり好きになれない言葉がついたお餅。鏡を見てはいけない。見ては誰かが石になる。前から誰かにそんなことを言われ続けていたのを思い出したメデューサは胸の前で手をぎゅっと握った。すると、旦那さんがメデューサの頭にぽんと優しく手を乗せた。
「過去に何があったかはわからないけど、もう怖がらなくていいよ。わしたちがついてるから」
「うんうん。もしメデューサちゃんに何かあったらすっ飛んで助けに行くから」
「おばさま……おじさま……。そうですよね。鏡といっても見ても大丈夫な鏡ですもんね。これならへっちゃらです」
えへへと笑うメデューサに、おばちゃんと旦那さんは顔を見合わせ、うんと頷いた。そしてにやりと笑うと二人してメデューサを抱きしめた。
「ひゃああ! どどど……どうされましたか???」
「もうメデューサちゃん可愛いなぁ! よーし、こうなったらお正月の遊び「かるた」で勝負よー」
「かるたならみんなで遊べるゲームだから楽しいよ。へびさんもぜひ楽しんでいってくれると嬉しいな」
ぼくたちにできるかなと心配そうに顔を見合わせているが、そこは気にしないでいいよと笑うおばちゃん。テーブルを下げ、スペースを広く取り色々な絵柄が描かれたカードを並べていく。読んだ札と取る札が同じならそのカードを獲得できるというシンプルなルールだった。
「最初はあたしが読んでいくよ。メデューサちゃん、頑張ってね!」
「は、はい! やってみます!!」
「おじさんも負けないよー」
両者取り札に向き合うと、おばちゃんは嬉しそうにうふふと笑ったのちゆっくりと読み札に書かれている文字を読んだ。最初に札を獲得したのはメデューサだった。そこから取りつ取られつを繰り返していくうち、楽しくなってきた三人は寝るのを忘れ、かるた取りに夢中になっていた。この日、メデューサは忘れられない思い出を得ることができた。




