絶え間ない刺激がクセになるぱちぱち綿あめ【神】
「お、お父様たちが来る?? え? いつですか?? き、今日??!」
鼻歌を歌いながら異国の休日を楽しんでいた女神アテナ。数日はのんびりしてもいいとどこかの図書館で読んだ気がしたアテナは、それに則り自宅で思い思いの時間を過ごしている中、未開封の手紙が埋もれた書類の中から申し訳程度に顔が出ているのに気が付いたアテナはいつもの癖ですぐさま中を確認して驚愕した。それは、新年の挨拶に親であり最高神であるゼウスたちがやってくるという内容だった。その内容に一瞬にしてお休み気分は一気に吹き飛び、部屋の片づけや新年の飾りを付けたりと大忙しだった。普段のアテナは剣を携え、味方を鼓舞しまたは自ら戦場に赴き戦果をあげるときもある。凛とした表情からの号令はどれも的確で戦場に赴くのが初めての戦士たちにはまるで戦乙女の歌声にも聞こえるんだとか。そんな噂のせいかは定かではないが、彼女の赴く戦場はどれも負け知らずという。彼女の指揮や味方への鼓舞、または戦士たちの経験があったからこその結果だといえそう。
しかし、そんなアテナにも欠点は存在する。戦場では様々な結果を残すことができるのだが、逆に日常生活がぽんこつだという噂があった。ある夏のある日、休暇で訪れていたビーチにて兵士の一人が冗談でアテナのことをぽんこつだというと、本人はむきになりサーフィンに挑戦すると言い出した。そのサーフィンも「さーひん?」と語尾がなんとも情けないのだが、アテナの相棒であるアイギスの快い(???)協力のもと無事に終えることができた。サーフィンを終えて戻ってきたアテナの足は今までにないくらいがくがくと震えていたというのは内緒の話。
異国の休日では、「晴れ着」と呼ばれる特別な日にしか着用しない衣があると聞いたことがあったアテナは、クローゼットからそれを引っ張りだし説明書に書いてある通りに帯を結んだ。
「はぁ……はぁ……あとは……あとは……そうだ」
やり残していることはないかときょろきょろとしていると、ふいに背後でふよふよと浮いている相棒であるアイギスの盾に目が行った。アイギスの盾はアテナを守る存在でもあり、武器でもある頼もしい相棒である一方いつぞやの夏休みではサーフボードになるなどその活躍は武器だけに留まらず、多方面においても活躍している。そしてこのアイギスの盾はアテナの思っていることを先回りして行ってくれるというとんでもなくハイテクな仕様となっており、今では戦闘面だけでなく日常生活においても頼れる存在となっている。
「アイギスも今日はおめかししましょうね」
そういってアテナは余った飾りをアイギスの盾にぺたぺたとくっつけ、背後で浮くようお願いするとなんとも神々しい女神様の完成。対の盾がアテナを更に美しく際立たせるという役目を担っていた。
「うんうん。とっても似合っていますよ。アイギス」
話しても返してはくれないとわかっていても、つい口に出して喜んでしまうその笑顔は純粋にアイギスを褒めていた。その言葉を理解しているのかどうかはわからないが、アイギスはただ静かに空中に漂っていた。
ぴんぽーん
「え? もう来たの? 早すぎません?? あ、はーい! 今出ますー。ちょーっと待ってくださいねー」
慣れない晴れ着姿での歩行に苦戦しながら、なんとか玄関に辿り着き扉を開けるとそこにはオリュンポスの神々がずらりと並んでいた。先頭は最高神ゼウス、その隣には知恵の女神メーティスと相棒のとんすけ、その背後にはハデスやオルプネー、ペルセポネなど冥界からもしっかりと顔を出していた。
「アテナや。新年あけましておめでとう」
「おお……おめでとうございます。お父様」
たっぷりとした白髭を撫でながら嬉しそうに笑うゼウス。と対象的なつまらなそうに溜息を吐くハデス。まるで「茶番はいい」と言いたげにあからさまだった。
「ちょっとあなた。そういう態度は新年からはあまり見たくないです」
「……すまん」
闇そのものを纏っているのではないかと思う程、深い深い闇色の晴れ着、ぴしりと整えられた長髪から覗く深淵に浮かぶ炎のような瞳はいつ見ても恐ろしいものだなぁとアテナは思っていた。
「アテナ。新年あけましておめでとう。今年もどうぞうちの主人をよろしくね」
「おい。それではまるで……」
「いいじゃない。こういう挨拶の仕方もあるのよ?」
「お……お前がそういうなら……うむ」
「あああああ……よろしくおねがいします」
返事に覇気が宿っていないアテナは癒しであるメーティスととんすけに挨拶をしたあと、オルプネーと挨拶を交わしたあと、全員アテナの家へと入っていった。
(まずいまずいまずいまずいまずい)
まさかこんな大人数で来るとは思ってなかったアテナは滝のような汗を流していた。どうやったら早く終わるか……それだけを考えて行動するしかないと考えたアテナはなるべく自然にいつものように振る舞いつつ、次へ次へと回すよう心の中で「がんばれー! 自分! ふぁいとー!」とエールを送った。
「それではみなさん、改めまして。あけましておめでとうございます」
作法に則り、椅子ではなく正座という座り方で全員に挨拶をするアテナ。今までに座ったことのない座り方に困惑しながらもなるべく顔はにこやかに挨拶を済ませ、次へ回そうとしたときゼウスが一言。
「そうじゃアテナ。せっかくだし、新年の抱負を聞きたいのう」
「へ? は? ほ?? ほーふ? ほーーー……ふ?」
首を傾げるアテナに、オルプネーが小声で「意気込みとかそういう意味ですよ」と教えてくれ合点がいったアテナは「そうですねぇ」といいながら目を泳がせた。
(新年の意気込み?? なにそれ?? 全然決めてない。どうしようどうしようどうしよう)
「えーっとそうですねぇ。今年は昨年よりも戦果をあげたいです」
ざっくりとしているものの、目標を掲げられたことには変わりないと思ったアテナは言い終わるのと同時に小さく安堵の息を漏らした。その答えにゼウスはうむうむと頷きながらまた白髭をいじりながら続けた。
「じゃあ、期間を決めようかのう。あんまりだらだらしてもよくないからの」
(無理無理無理無理無理無理無理無理)
心の中で何度も首を横に振り、何度も否定をしたのだがその思いは父であり最高神であるゼウスには届かなかった。やがて場の空気も段々と重たくなっているのに気が付いたアテナはしばらく目を泳がせながら必死に答えを探した。
「えーっとですねぇ。では、半年以内に戦果をあげるというのはどうでしょう」
半ば思い付きで答えたアテナだが、思いのほかゼウスの心に深く刺さったようで「そうかそうか。半年でか。なら、精進するがよいぞ」とまんざらでもなかった。
(よかったぁ。適当に言ってみたけど……でも、それを実現しないといけないのも事実……あぁぁぁああ)
嬉しいやら悲しいやらの間に挟まれたアテナは心の中で笑顔から悲しい顔になったりと大忙しなのだが、徐々にアテナにある変化が訪れた。
(……?? なんでしょう。足元がなんだかちくちくするような……?)
つい先ほどまでは感じられなかったが、今になって足がちくちくとする痛みが襲ってきた。それは正座特有の血行不良による痺れというものだった。
(な……なんですかこのびりびり感は……! で、でも。我慢しなくては)
「では、そろそろ次の方へ。では……メーティスさん」
「今年も一気呵成に挑むのです! ね? とんすけ?」
「ぶっひ!」
「そうかそうか。ぷりんちゃん、今年も頑張るんじゃぞ」
「はいなのです!」
「ぶひぃ」
メーティスの番になってものの数秒で終わった今年の抱負に呆然としながらも、アテナは軽く咳払いを次へと順番を回した。次は冥界の王ハデスとその妻ペルセポネ。
「今年、おれの目標は……」
最初はうんうんと聞いていたのだが、その内容があまりにも長すぎて途中アテナの耳には何も残らなかった。ハデスを見ているはずの瞳は生気がなく見えないどこか遠い目をしていた。その間にも、アテナの足をじわじわと攻め続けている痺れに段々と表情が強張ってきた。
(い……痛い痛い! は、早く終わらないかしら。って、アイギス? アイギスってもう少し高い場所にあったような……?? なんでわたしの肩近くまで???)
実はアイギス。アテナに気が付かれないようゆっくりゆっくり時間をかけてアテナの肩の位置まで高度を下げていたのだ。それは、いつぞやの夏にサーフボードにされたときの恨み(?)を晴らそうものなのか、アイギスは無言でアテナの足裏を刺激した。
「っっっ!」
声なき声で痛みを堪えるアテナ。そしてそれを楽しいと感じてしまったのか、アイギスはこれでもかとばかりにアテナの足の裏をつつき始めた。
(ちょ……ちょっと! アイギス! やめて!! お願い!! 痛いからぁあ!!!)
「は、ハデス様。そ、その辺で……」
アテナが苦しそうに話を切ろうとしたのだが、ハデスはまだ話したりないのか眉間に皺を寄せ「まだおれが話しているだろう」と言われ、再度熱弁が始まってしまった。こうなっては止めることは難しいと誰もが思ったのだが、突然ハデスの声が止んだ。
「ごめんなさいね。この人、久しぶりに皆さんに会ったから話したくて仕方なかったみたい。でも、ここはあなたの独壇場じゃないから……ね?」
「は……はひ」
ペルセポネに首根っこを捕まれ「ね?」と言われた時のハデスはまるで恐怖におびえる猫のように縮こまっていた。周りの人が騒然としているなか、ペルセポネはハデスを引き摺りながら「また今度、お話しましょう。あ、改めて。今年もよろしくね」といい、アテナの家を出て行ってしまった。
(はぁああ……怖かった……でも、長い話が終わったからあとは……オルプネーさんとお父様だけ。なんとか持ちこたえるのよ、わたし!)
痺れる足を堪えながらオルプネーに順番を回し、簡単な抱負を掲げ最後はゼウスへと番が回った。きっと長いんだろうなと思っていたアテナは心してかかろうと拳をぎゅっと握り父の話に耳を傾けた。実際はそんなに長いものではなく、今後は皆がもっと安心して暮らせるようにするにはどうしたらいいかなどだった。内容も簡潔でとても聞きやすかったことも幸いし、あっという間に全員の抱負を聞き終えることができた。
「うむ。これで全員じゃな。それじゃあ、今年もよい一年になるよう精一杯頑張ろう」
ゼウスが拳を掲げると、みんなもそれに倣い拳を高く掲げた。そのとき、アテナの足が悲鳴を挙げた。もう限界を迎えていたアテナは失礼を承知で足を崩し始めた。
「あーーーーーーもうらめぇ……足が……足がぁああ痺れて動けないぃい」
遂に限界を迎えてしまったアテナに、ゼウスやメーティスたちは駆け寄った。メーティスは全然痺れていない、ゼウスもまだまだいけるという返答にアテナは「えぇええ」と悲鳴を挙げた。
「情けないのう。こん位我慢じゃ我慢。精進が足らん証拠じゃ」
「……大丈夫なのです??」
「ぶふぃ?」
「あ……ああ、だだだだ大丈夫ですよー。少し時間が経てば……ひゃふっ!!」
アテナは更に悲鳴を挙げるのと、アイギスがアテナの足裏をつついているのは同時だった。
「ああああああいぎすぅうう……ああ痛い痛い痛いぃいい……もうやめてぇええ」
アイギスからは「徹底的に今しかない」という思いがひしひしと伝わってきている。アテナの悲鳴を無視し続け、執拗に痺れた足をつついているその姿はいつぞやの夏の日の仕返しとばかりに的確に確実に痺れたアテナの足をつつきまくっていた。
こうしてゼウスたちの新年の挨拶は終わったのだが、ほっとしたのもつかの間。ゼウスから「まだまだ次があるぞい。頑張るんじゃぞ」と言われ、時が止まったアテナ。既に足の感覚はなく、這って動くことしかできないアテナにゼウスは出る間際に「気合じゃ。きーあーいー」となんとも役に立たないアドバイスをして去っていった。
「まだ……あるの……? う……そ……がくっ」
アテナが床に突っ伏すのと、次の来客を知らせるインターホンが鳴ったのは同時だった。




