黄な粉の蒸し羊羹【神】
気持ちの良い青空の下、心地の良い風がひゅうと吹き抜ける。木材でできた一軒家がずらりと並び、あちこちで活気のある声が響いていた。
「へいらっしゃい! うちの白菜、買っていかないかい?」
「うちのヨモギ餅、おすすめだよ」
「新しい酒も入荷したぜ。損はさせねぇさ」
店主の掛け声に足を取られた町の人々は商品について問うたり、金額について交渉したりと様々だった。ある男性は交渉に成功し、大きく腕を掲げて見せたりまたある所ではおすすめ品におまけをつけて甘味を楽しむ女性などが見受けられた。
そんな活気で溢れている町を一人の青年が歩いていた。流れるような目元、黒檀のように黒い短い髪、額には純白の鉢巻きを巻き、首元には鉢巻きと同じ色の巻物をしていた。透き通った海のような青の羽織に夜のような濃紺色の履物を召していた。腰にはその青年にはあまり似つかわしくない長物が収められており、一目で剣を扱う人だということがわかった。また、この近辺では見かけない装いに誰もが青年をちらちらとみていると、その視線に気が付いた青年は薄く笑みを浮かべ応えた。すると、その笑みを浮かべた先にいた女性は顔を真っ赤にしながらその場で固まってしまった。
「そろそろ休憩を挟もうかな」
青年は誰もいない喫茶に入り、声をかけた。しばらくして店の奥から若い女性が顔を出し注文を伺った。
「おすすめはあるかな?」
「えーっと、当店自慢の羊羹とみたらし団子の組み合わせです。お茶も濃いものから薄目のものも選べます」
「じゃあ、それで。それと、お茶は濃い目で頼むよ」
「かしこまりました! では、ご用意できましたらお持ちしますのでお好きな席でお待ちください」
若い女性がはきはきと答え、そのまま厨房へと姿を消すと青年は「さてどこにしようか」と席を選び始めた。静かな中もいいし、日当たりが心地の良い外もいいなとしばらく悩みぬいた結果、天気も良いので外の畳椅子で待つことにした。ちょうど日傘で影ができており暑くもなく心地の良い場所を選んだ青年は、しばらく町の様子を嬉しそうに眺めていた。みんなが心から笑って、話している姿に心が解れていくような感覚に浸っていると、背後から若い女性の声が聞こえた。
「お待たせしました! 羊羹とみたらし団子です! お茶は淹れたてなのでお気をつけて!」
「ああ。ありがとう。いただくよ」
きれいに切り分けられた羊羹の隣には、たっぷりの餡がかかったみたらし団子が三串並んでいた。青年は羊羹の横に添えられていた楊枝で食べやすい大きさに切り分け、一口。優しい甘さの小豆が口いっぱいに広がり、思わず深呼吸したくなる美味しさだった。甘すぎずだけど適度に甘い羊羹に舌鼓を打っていると、どこからか女性の悲鳴が聞こえた。
「誰かー! 助けてー!」
その声にいち早く反応したのは青年だった。食べかけの羊羹をそのままにし、声のする方へと駆けると一人の女性が複数の男性に囲まれていた。男性の顔は皆何かを企んでそうなそんな顔をしていた。
「そんなに怖がらなくても平気だよ。ちょっと俺たちとお茶してくれるだけでいいんだから」
「そうそう。それにそんな大声出しても誰も……」
「来ているが」
「「なっ!!」」
背後からの青年の声に全員驚いていると、その隙を見逃さなかった女性は一目散に青年の元へと走った。そしてすぐ青年の背後に隠れ、簡単に事情を説明した。なんでも、自分が店の前で声掛けをしたところ、無理やりここへ連れてこられたとのこと。無力な町の人を脅かしたこの男たちを青年は目を細めながら睨みつけた。
「なぜ、このようなことを?」
「あ? 別に何も悪いことしてねぇだろうが」
「ガキはすっこんでろ」
「お、おい。兄貴。あ、あいつの持ってるの……」
目を大きく見開いた男性が指さした先には、青年の腰にある長物だった。その長物が一体どういうものかさっぱりな男たちは指をさした男に罵声を浴びせた。
「あれが一体なんだってんだよ」
「別にどうってことねぇだろ。たかが刀一本で驚くなよ」
それでも男性は首を横に振り、「間違いでなければ」と言ってから青年の腰にある長物の名前を口にした。
「菊一文字……」
「ほう。よくご存じで」
青年は静かに答えた。しかし、その青年の長物を言い当てたからと言って何かが変わるわけはなかった。強いて言うなら、男たちの目の色が変わった。
「あの菊一文字、相当な額で取引されてるって聞いたことあります」
「それとそれと、あの菊一文字って名刀だって話もあります。あれがあれば怖いものなんてないっすわ」
好き勝手に言っている男たちを冷たい眼差しで見つめている青年─菊一文字は、静かに佇んでいた。きっとこいつらはこの長物を奪いに来るだろうと予想していると、その予想はすぐに当たり男たちはがむしゃらに青年に襲い掛かってきた。
「その刀をよこせ!」
「それは無理なお願いだな」
ひらりひらりとまるで木の葉が風に舞うようにして男たちの攻撃をかわす青年。息一つ乱さず全ての攻撃をかわした青年に対し、ぜえぜえと肩で息をする男たち。攻撃が当たらないことに頭に血が上った一人の男がその辺から適当な棒のようなものを手に取り、青年に襲い掛かった。
「そこまで殺気だたれると……こちらも本気を出さなくては」
必要最低限の動きで男の攻撃を全てかわし、それでも青年は長物を抜かず回避に専念していた。
「お前たちも見てねぇで加勢しろや!」
頭に血が上り切った男の怒号に、周りもようやく戦う気になったのか適当なものを掴んで青年に襲い掛かった。
「君、危ないから先に逃げていなさい」
「あ、はい……すみません」
さすがに大人数でこられると、女性に被害が出てしまう可能性を考え青年は一先ず女性を先に逃げるよう促した。女性は速足でその場から去り、これで青年と男たちだけとなった。
「女一人助けたからっていい気になってんじゃねぇ!」
「別にそうは思っていないよ。それに、もし君たちにこれが渡ったとしても、きっと扱えないと思う」
「そんなもん、使ってみないとわかんねぇだろう」
「いや、見ただけでわかるね。この刀は君たちには相応しくない」
これ以上は言っても無駄だと判断した青年は、長物の束だけで男たちを次々と気絶させていった。最後の一人になった男に青年は静かな怒りを込めて声を張った。
「深紅の菊花を散らせ!」
「ひ……ひぃい!」
実際は刀を抜いてはいないのだが、青年の凄まじい闘気がまるで刀をのど元にあてられたかのような錯覚をさせた。最後の男は白目をむきながら気絶すると、青年はふうと一息。あまり騒ぎを大きくするつもりはなかったのだが、これはこれで処理をしないといけないと思い近くの奉行所へ向かうことにした。
「おっと、忘れるところだった」
奉行所へ向かう前に、さっき喫茶店で注文した羊羹とみたらし団子の精算をしていなかったことを思い出した青年はまずそちらで精算を済ませてから、奉行所へ向かうことにした。
「わたしの主は生涯あの子だけだよ」
腰に差された長物を一瞥しながら、青年は歩き出した。いつか、また主に会える日を夢見て。




