春香る♪ あんこたっぷりよもぎ餅【魔】
さらさらの黒い長い髪をなびかせながら歩く少女がいた。凛とした表情の中にはどこか決意を感じさせる強い目をしていた。紫と赤を基調とした着物の脇には少女が持つには長すぎる太刀がささっていた。その太刀は時折かたかたと震え、まるで何かが憑いているのではないかと思うほど不気味な雰囲気を醸し出していた。そんな不気味な太刀が震える度、少女は「静かにしてなさい」というと、ぴたりと止んだ。それから何度か注意をすると、太刀が震えることはなかった。
少女の名前はヨシノ。太刀に宿る悪鬼─カグラの呪いにより自分が生まれ育った村を壊滅させてしまった罪を償うため、旅をしている。始めは太刀を持っていかずに行こうとしたのだが、これはこの太刀を手にしてしまった自分の罪でもあるため、その罪を持って償おうと考え手に取った。旅の始めは何度もカグラに意識を乗っ取られそうになるも、何度も何度も経験を積み重ねることによりカグラを制御できることに成功。それからというもの、カグラはヨシノを主と認め意識を乗っ取るという行為はしなくなった。代わりに、以前のような殺気立った形相ではなく、「何かあったの?」とヨシノを心配しているかのような表情で出てくることが多くなった。そんな怒ると怖いけど、普段はちょっとおっちょこちょいの相棒にヨシノは声をかけた。
「カグラ。もう出てきでも大丈夫よ」
ヨシノの声に「本当に?」と言いたげな表情を浮かべながら青白い霊体が太刀から現れた。主の顔が向いている方にカグラも顔を向けると、そこには見上げる程に大きな桜の木があった。春風が吹く度に小さな花弁を舞い上がらせ、ここを通る人たちに新しい季節がやってきたことを告げる。
「見て。カグラ。こんなにおっきな桜の木、見たことないわね」
「そうだね」というようにカグラは何度か首を縦に動かすと、カグラの頭の上に桜の花びらが落ちてきた。それを摘み、じっと見つめるカグラは不思議そうにそれを見つめているとヨシノくすくすと笑いながら再び桜の木を仰ぐと、どこからともなく美味しそうな匂いがした。
「……この匂い。お団子の匂いだわ!」
ヨシノは匂いを頼りに探していると、ちょうど桜の木の麓で小さな茶店を見つけた。暖簾をくぐると、中ではおばあちゃんがお団子を一本一本丁寧に焼いていた。
「おや、いらっしゃい」
「こんにちは。お団子、一ついただけますか?」
「あいよ。もうちょっとでできるから、外で待っててね」
「ありがとうございます!」
笑顔で返事をし、外にある縁側で待つことにしたヨシノは春の風に揺れる桃色のカーテンに小さく息を漏らした。
「もし、村が残っていたら同じくらい桜は咲いていたのかな……」
もし、あの時魅入られてなかったら、もし、カグラの力を抑え込むことができなならなどと過ぎたことを思ってしまったヨシノ。しかし、何度思っても過去は取り戻すことはできない。家族、友人を手にかけてしまったことは間違いないのだから。それから避けることはできないことだとわかっている。
「……ねぇ、カグラ。わたし……」
「お待ちどうさん。お団子セットできあがったよー」
タイミングやってきたおばあちゃんに声を遮られたヨシノは、思わず口を両手で多いながらその先を言うのを止めた。カグラもびっくりした勢いで太刀の中へと戻るとおばあちゃんはヨシノにお盆を手渡すと、そこには注文していないものが含まれていることに気が付いた。
「おばあちゃん。これ、頼んでいないですよ?」
「ああ。それはサービスだよ。採れたてのヨモギをたくさん使ったヨモギ餅だよ。お友達にと分けて食べてもいいし、一人で食べてもいいし。お茶のお替りもお好きにどうぞ。そんじゃ、ごゆっくり」
そう言いながらおばあちゃんは暖簾をくぐると、お団子を焼く作業に戻っていった。おばあちゃんが完全に作業に入ったことを確認したカグラはまた太刀から現れると「びっくりしたぁ」と言うように腕で額を拭う素振りをすると、ヨシノも「そうね」と言いながら手をぱたぱたさせ顔の火照りを払っていた。
「じゃ、じゃあいただきましょうか」
焼きたての団子を一口。醤油たれがかかった団子は甘くもちょっとだけしょっぱい、定番の味がした。一つ目の団子をもくもくしている間、さっきおばあちゃんが言っていたことは一体なんだろうと思っていると、カグラが大きなヨモギ餅をじーっと見つめていた。
「カグラ。あなたは食べられないでしょ」
「そうだった」と言わんばかりにがっくりと頭を垂れると、カグラはヨシノの隣にふよふよと移動し、一緒に桜の木を見上げていた。静かにお団子を食べ終わったヨシノは最後の緑茶まで美味しくいただくと、また一つ大きな安堵の息を漏らした。
「カグラ。わたし、やっぱり今の自分がちょっと好きかもしれない。そりゃあ、もちろん過去に戻れるなら戻りたいって何度も思ったけど、こう思えるのは過去があったから……なのよね。あれがなければ、きっとこう思うこともなかったかもしれないし。だから、わたしカグラとこうして旅ができるのがちょっと嬉しいっていうのかな」
「そうなの?」というようにカグラは首を傾げると、ヨシノは少し考えてから「不思議なのよね」と今の気持ちをなるべくわかりやすようにカグラに説明を始めた。
「最初、あなたのことがとっても怖かった。いつか、全部乗っ取られるんじゃないかなって。そうなったら、わたしはわたしじゃなくなっちゃうし、いつかわたしという存在は消えてなくなっちゃうかもしれないって。だけど、いつしかあなたの力を制御できてからは、あなたがいないと自分が置いてけぼりになってしまうような感覚がたまにあるのよね。なんでかしら」
「どういうこと?」と聞いているような表情に、ヨシノは自身でもうまく答えを表現するのに戸惑っているようで、何度も唸りながらそれに近しい答えをカグラに示した。
「わたしにはあなたが必要ってことかしら。最初こそあなたが怖いと思ったけれど、今はあなたの存在がわたしを強くしてくれているようなそんな気がするの。こんなわたしだけど、一緒にいてくれるかしら?」
「もちろん」と言わんばかりに頭を何度も縦に動かし肯定をするカグラを見たヨシノは小さく笑った後「ありがとう」というと、静かに目を閉じた。春の温もりと桃色のカーテンに包まれながら、ヨシノは微睡へと落ちていった。
「……」小さな寝息を立てて眠っている主を見たカグラは「少しだけだよ」と言いたげに、自分の肩を貸した。役に立つかはわからないけれど、それで主が安心して眠れるのならとカグラはただじっと主の寝息を聞きながら桃色のカーテンから漏れる心地よい春の便りに身を委ねていた。




