すっきり甘いみぞれぜりぃ【神&魔】
冥府のとある場所。小さな小屋の中でお気に入りの本を読みながら、お茶を飲んでいる少女がいた。しっとりとした青色のセミロングの髪、くっきりとした黒の瞳。名前はアゲハ。表情はただただ硬く、少女は周りからよく朴念仁と言われている。当の本人は別に何を言われても気にしておらず、今日も冥府に流れてきた魂を送り届ける仕事を終えくつろいでいる中、小屋の扉を叩く音が聞こえた。この時間に扉を叩く人物はというと……アゲハは彼女しかいないと思い、ゆっくり立ち上がり扉を開けた。
「いらっしゃい」
「お邪魔するわ」
純白の巫女装束に真っ赤な袴と、冥府では見ることのない組み合わせの刀巫女─セン。とあることがきっかけで、二人はお茶を飲む仲となり時々こうしてセンがこうして冥府まで赴き談笑をするというのが恒例となっている。今日は大きな風呂敷の中に今の季節でしか楽しめない緑色の大きな球体を持って訪問したセンの額には大粒の汗が垂れていた。
「結構重たかったわ。ちょっと台所借りるわね」
「いいわよ。少し散らかっているけれど、それでもよければ」
台所に向かったセンを見送り、アゲハは読みかけの本に再び視線を移した。何度も読んでいるはずなのに、時々読み返したくなるこの本。どこで手に入れたか記憶を遡っていると、センが大きな皿の上に緑色の球体だったもの─スイカをきれいに切り分けて持ってきた。緑色の皮の内側には真っ赤に熟れた果実が詰まっており、黒色の種は煩わしくもしかしそれがないとなんとなく落ち着かない憎めない存在感を赤い果肉の中から顔を覗かせていた。
「お待たせ。よく冷えてるから美味しいと思うわ」
「そう。じゃあ、いただくわ」
そう言い、二人は真っ赤に熟れたスイカをぱくり。口の中でじゅわっと溢れる果汁はこの時期でしか味わえない特別な味が広がった。しゃくしゃくとした食感、甘味で溢れた果肉に思わず頬が緩むアゲハ。その様子をセンは嬉しそうに眺めながらスイカを食べていた。大きなひと玉の半分くらい食べ終えたところで二人はお腹がいっぱいになってしまい、残りは冷蔵庫へと運ばれていった。満足そうにふうと息を漏らすアゲハ。普段の彼女なら決してこうした姿を見ることはない。それは、気心が知れているセンの前だからできることであって、他の人の前では一切表情を崩すことはないのだから。
「ちょっと大きすぎたわね。残りはまたあとで食べましょ。それとね、ちょっと面白そうなチラシがあったの。ほら、これなんだけど」
センがチラシを取り出し、アゲハの前に置くとそこには異国の字で書かれた一枚のチラシ。どうやっても読むことができなかったアゲハは首を横に振り「ごめんなさい。わたしには読むことはできないわ。一体なにが書かれているのか、教えてくれると助かるのだけれど」というと、センは顔を真っ赤にして謝った。何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着かせたセンはチラシに書かれている内容を読み上げると、アゲハは興味が沸いたのか普段は中々動かない眉がぴくりと動いた。
「足を水に付ける神事っていうのがあるのよ。しかも異国で」
「足を……?」
「ほら、普通神事って巫女が踊ったり神主が祝詞を読んだりするものだと思うんだけど、どうやら異国の神事は水の中に足をつける神事もあるみたいのだけど。どう?」
ちょっと変わった神事だと思ったセンも興味があり、どこからともなくやってきたこのチラシを掴みアゲハに声をかけたそう。そういればここ最近、冥府でもなんとなく暑いと感じる日が続いていて、中々気持ちよく寝付くことができていないことに気がついたアゲハはしばらく悩んだ末、首を縦に小さく動かした。
「ちょっと……どういうものなのか見てみたい……かも」
「お、アゲハが外の世界に出たいなんて珍しいね。暑さもすごいみたいだから、しっかり準備してから行きましょ」
「ええ。ちょっと気になるの」
外の世界に興味を持つなんて……断られるものだとばっかり思っていたセンは思わぬ返答にいい意味で裏切られた。なんだか嬉しい気持ちをいっぱい胸に抱えたセンはアゲハと一緒に異国の神社へと向かった。
「ここが……その神社なの?」
「その……はず」
神社に到着したはずなのだが、実際に出たのは小川の流れる音が心地よい森の前だった。二人が想像していたのは大きな鳥居だったのだが、代わりに緑の息吹が感じられる森の前に二人は一瞬どうしようかと悩んでいた。
「た……立ち止まっていても仕方ないわ。とりあえず、進んでみましょ」
「……そうね。ここは暑いわ」
お気に入りの番傘をさしながらアゲハ。センはアゲハを先導するように歩くとそこは外の暑さからは隔離されたような涼しさがあった。風が吹く度にそよぐ葉の音、砂利道を歩く音に二人は静かに呼吸を整えた。冥府とは違う異界の風にアゲハの表情がすっと丸くなった。
「……ここは、なんだか神聖な場所ね」
「そうね。あたしの神社とは大違いよ」
しばらく砂利道を進んでいくと、大きな鳥居が見えてきた。思わず見上げてしまうほどの大きさの鳥居に二人は息を飲んだ。こんなに大きな鳥居をみたことがない二人はしばらく大きな鳥居を見上げていると、先に我に返ったセンがアゲハの手を取り手水鉢で手を清める作法を教えた。
「お清めも済んだし。さ、中へ入ろうか」
「そうね」
いよいよ中へと入ると、大きな幕に「足付け神事受付はこちら」と書かれていたのを見つけたセンはアゲハと一緒に受付を済ませると、履物を入れる袋を手渡された。二人はそれに履物を入れ、係員からいくつか注意事項を聞いた。膝上まで水に浸かること、立ち止まらないこと、足元に気を付けることなどを聞いたあと、緑色の敷物の上に足をのせたセンが先に浸かった。
「っ!!!!!」
声を発さずに何かを訴えようとしたのだが、それが言葉になっていないのでよくわかっていないアゲハ。一体どうしたのだろうとアゲハも右足を水に浸すと、目を見開いた。センが言いたかったことはこのことなのかと理解したアゲハは、その後も何も言わずじゃぶじゃぶと冷たい水の中をゆっくりと歩いて行った。
「ま……待って。アゲハ。置いていかないで」
足に突き刺さるような水の冷たさを堪えながら、必死にアゲハに追いつこうとするセン。思いもしない水の冷たさに強い衝撃を受けた二人はなんとか目的地まで到着することができた。用意された椅子に腰を下ろし、センが持ってきてくれた布巾で足を丁寧に拭き履物に足を通すと心なしか気持ちがすっと軽くなったような気がした二人は、その先にある巫女さんたちが何かを配っている会場へと足を運んだ。そこではご神水を配布しており、その水を飲み体内も清めるといった意味合いがあるんだと巫女さんから教えてもらった。
「せっかくだし、いただこうかしら」
「わたしももらおうかしら」
巫女さんからご神水を受け取り、口に含むと氷も入れていないのにとても冷たい水に二人はまた声なき声をあげた。最後に本殿でお参りを済ませると、帰り道の二人の顔はどこか爽やかな顔をしていた。
「最初はどうなのかなと思ったけど、思いのほか冷たくてびっくりしたわね」
「ええ。あまりの冷たさにびっくりしたわ」
「そうね。ミヤビったら声を出さないでそのまま突っ切っていったかわびっくりしたわ」
「そういうあなたはわたしに置いて行かれそうになって涙目になっていたようだけれど?」
「あーーー! あああ、あれは仕方なく……あぁ……恥ずかしい」
「ふふふ。ねぇ、お土産にお団子買っていかない? 異界のお菓子にも興味があるの」
「そうね。せっかくだし買っていきましょ」
「みたらし団子」と書かれた団子を数本購入し、森の出口付近で帰還魔法を詠唱しているセンと少し名残惜しそうに森の出口を見つめるアゲハ。
(外の世界はどうなのか心配だったけれど……中々良いところだったわ。また……来れるかしら)
目の前が白色に塗りつぶされると、アゲハの意識は吸い込まれ自分の住んでいる冥府へと飛ばされていった。




