ちょっぴり酸っぱいソルティマスカットソーダ【神】
少し雲が多い空の下、大きなリュックを背負った冒険者の女性が帽子をくいと持ち上げた。お気に入りのサングラスをぱりっとした白いシャツの胸元からぶら下げ、ブラウンのホットパンツのポケットには無造作に巻かれた宝の地図が突っ込まれていた。
「雲は多いけど……それでも少し暑いわね……」
額にじわりと浮かんだ汗を適当に拭いながら水を飲む女性─ムーニア。空っぽになったボトルを屑籠に捨て、手でぱたぱたと仰ぎ風を起こしていた。
「……どこかで涼んでいきたいわね」
日陰に避難しながらぽつりと呟いた。ムーニアはお宝のためなら多少危険な目に遭おうが手にするという強い意志を持っているのだが、気候が相手だとそれは難しいというもの。仕方なく近くにあった店で新しい水を購入し、早速一口。きんと冷たい水が喉を通り過ぎるのと、暑さが一瞬だけ引いたのはほぼ同時だった。
「ふぅ……」
心なしか落ち着きを取り戻したムーニアがふと、店内にあったポスターに目をやった。そこには新緑が眩しい中、四角い箱のような乗り物が描かれていた。そのほかにも清流らしきものも描かれていて、それが気になったムーニアはお店の人に聞いてみた。
「あの……この清流ってどこにありますか?」
するとお店の人は「ああ」と言いながら教えてくれた。
「それは貴船っていうところにあるんだ。この近くに電車があるから、それに乗っていくといいよ」
「でん……しゃ?」
聞きなれない言葉に首を傾げるムーニアにお店の人はカウンターを出て指さして教えてくれた。
「あそこに銀色の建物が見えるだろ? あそこから乗って「きふねぐち」っていうところで降りるんだ。今の時期はとっても気持ちがいいよ」
「そう……なんですね。ありがとうございます。行ってみます」
「楽しんでおいで」
お店の人にお礼を言い、ムーニアはお店の人が教えてくれた銀色の建物を目指し歩き出した。その建物まではそう遠くなく、ムーニアの足で四分から五分といった距離だった。銀色の建物に入り、四角い乗り物に乗るために必要なチケットを購入し乗り物に乗り、リュックを前に抱え窓際の席に着いた。
「まもなく発車します。ドア付近のお客様はご注意ください」
男性の声と共に扉が閉まり、ゆっくりと動き始めた乗り物に若干興奮するムーニア。今までこんな乗り物に乗ったことがなかったムーニアは誰もいない乗り物の中ではしゃいでいた。
「なにこれ! どういう原理で走っているのかしら!!」
乗り物にも流れていく景色にも興奮していると、あっという間に目的地である「貴船口」に到着した。慌てて荷物を背中に回し下りる準備をし、購入したチケットを笑顔が眩しい係員に手渡し、外に出た瞬間ひやりとした風がムーニアの頬を撫でた。
「……わぁ」
ほんの数分前まで感じていたあの暑い風はまったくなく、せせらぎの音がなんとも涼し気な地に降り立った。出口付近にあったイラストマップを手に取り、ムーニアはせせらぎの音を聞きながらゆっくりと歩き始めた。
「なんて……なんて心地良いのかしら」
せせらぎを聞きながら森林浴というなんとも贅沢な組み合わせに、トレジャーハンターのムーニアも思わず頬が緩む。最近はバタバタしがちな毎日だったため、こういった時間はとても貴重だった。
「ここまで水滴が飛んでくるなんて、すごい水量ね」
ほんの僅かに身を乗り出してみると、頬に感じる冷感。一つ一つは小さくとも、その量は凄まじく心地よい冷感がムーニアの頬をぺたぺたと触れた。
「よし、元気貰えたわ。もう少し歩いてみましょう」
その後も元気よく歩くムーニアの目に飛び込んできたのは、どれも美しく落ちる水のカーテンだった。ごうごうと音を立てながら落ちる水は迫力がありながらも、どこか安心感があるような心地にしてくれる。途中から流れが穏やかな場所に着き、ごうごうと落ちる水の音とは違った清涼感を感じたムーニアは新緑香る空気を胸いっぱい吸い込んだ。爽やかな空気を取り込んだムーニアが次に目にしたのは川の上にあるテーブルの数々だった。少し興味を持ったムーニアが近くにいた人に聞いてみると、あれは季節限定の催しで川の上で食事ができるというものだった。川のせせらぎを聞きながら食事ができるなんて素敵じゃないかと思ったムーニアだったが、近くにあったお店の料金表を見て現実へ引き戻されたのは言うまでもない。涙を飲みながら先へ進むと、今度は大きな二本足の赤い建物とその奥には石段が続いていた。ここは一体なにかとイラストマップで調べてみると、ここは水の神様を祀る場所だと書いてあった。水の神と書かれてムーニアが思い浮かんだのは、冒険の途中で出会った水の精霊ウンディーネだった。
「なるほど。ここではウンディーネを崇めているのね」
合っているとも間違っているともなんとも言えない発言に答えるものが誰もいなかったのが幸いだった。一人妙に納得しているムーニアはちょろちょろと水が出ている大きな鉢が気になり、覗いてみるとそこにはイラストで作法が描かれていた。それに倣い、ムーニアはお清めを行うと今度はこれまた大きな建物の中へと吸い込まれるように足を動かしていた。
「……なんだか凛とした佇まいね」
そこには「本殿」と書かれた札が掲げられていたのだが、残念ながらムーニアにはそれを読むことはできなかった。それでもなんとなくここにはとってもすごい神様がいるんだとわかったのか、ムーニアは静かに手を合わせた。
「さて……」
なんとなくぐるりと見終えたムーニア。時間も時間でそろそろいい頃合いなので戻ろうかと足を動かすと、どこかで見たような女帝が着なれない服装で高級なお店の中へと入っていくのが見えたような……?
「……まさかね。そう……まさかね」
まさかここまで来るなんて考えらないとばかりに何度も頭を振り、気持ちを切り替え来た道を戻った。帰りもたっぷりの癒しを全身で受けながら四角い乗り物に乗り、無事に戻ることができた。せっかくなので、あんな素敵な場所を教えてくれたお店の人にお礼を言おうと再度立ち寄ると、お店の人が先にムーニアに気が付き「あら、おかえり」と声をかけてくれた。
「あ、行ってきました! とっても気持ちのいい場所を教えていただきありがとうございます」
「そこまで喜んでもらえるなんて、なんだかこっちまで嬉しくなるね」
しばらくお店の人と話をし、楽しかった思いを伝えるとお店の人はうんうんと頷きながら聞いてくれた。そしてほんの少し顔色が良くなったムーニアは「さて」と言い気持ちを切り替えた。冒険へと戻る時間がやってきたのだ。たまたまここに来ることができたことに感謝をし、お店の人に最大の感謝を伝え、お店を出たムーニア。
「さて、次も大きなお宝を探すわよ!」
すっきりとした笑顔のムーニア。次はどんなお宝を手に入れることができるのか、今から胸の高鳴りが止まらなかった。




