気分で選んで♪特製マジックカクテル【魔】
魔界にある小さな路地裏にあるこじんまりとした酒場がある。不定期に営業し、中に入れたらラッキーというくらいの気構えがないと些か辛い思いをしてしまうかもしれない。席はカウンター席のみで八人まで座れる椅子と人と、客同士がすれ違いができるくらい程度の面積の酒場だがひとたび扉のプレートが「Close」から「Open」に代われば、あっという間に満席となってしまう程の大人気の酒場である。
ここの酒場を経営しているのはヴァイオレット。ヤギのような黒い角に魅惑的な笑みを湛え、濃い緑色のカクテルドレスにやや高めの銀色のヒールを履いている。ただ美しい悪魔が経営しているだけで、ここまで人気が出ているわけではない。もちろん、ヴァイオレットが美しくて何度も通い詰めている悪魔もいることは事実なのだが、他の酒場と違うのは魔力を付与することができるということだった。
それはヴァイオレットが特製のお酒に魔力─エレメントを注ぎ込んで飲んだ者に対し何かしらの魔力を付与するというものだ。そのエレメントというのも多種多様で、感情を高ぶらせたり自分が得意とする属性魔法とはまた違う属性の魔法を付与したり、魔力の増強を行ったりと様々である。それを訪れた悪魔たちのオーダーに合わせカクテルを作り、最後に魔力を付与し提供するのだ。もちろん、付与するエレメントが多ければ多い程料金も高くなっていくのだが、中には付与されるだけ付与され支払いをしない悪魔もいる。そんな悪魔に対してもヴァイオレットは笑みを絶やさず優しく声をかける。ただ当たり前のことをしているのだが、それでも激高する悪魔はヴァイオレットから付与されたエレメントを使い支払いを拒んだ。
「あらあら。困ったお客様ですねぇ」
困っているようには見えないのだが、ヴァイオレットはふっと息を吹きかけると放たれたエレメントは音もなく消えていった。おかしいと更に激高した悪魔は自身にあるエレメント全てをヴァイオレットに向けて放つも、すべて音もなく消え去っていった。
「な……!」
「お客様。お忘れのようですが、そのお力はわたくしが付与したものでございます。付与することができれば、それを打ち消すこともできるのです。ところで……お支払いは……していただけますね?」
あくまで優しく耳元でそう囁くと、悪魔はその場で膝をつき泣き喚き始めた。それを一人のバニーガール─ヨルヒョラクが軽々と持ち上げ、店の裏へと連れて行った。
「あなたの残りの魔力、いただいちゃいますぅ♪」
「や……やめてくれ……ぎゃああ!」
悲鳴が聞こえてからしばらく。何事もなかったかのようにヨルヒョラクが笑顔で戻ってくると、(必要のない)ウエイターを始めた。
「さぁ、魔力吸引のエレメントが付与されたカクテルのお客様ぁ!」
「次は猛毒と業火のエレメントが付与されたカクテルのお客様ぁ」
次から次へとエレメントが付与されたカクテルを運んでいき、最後にバチンとウインクを決めると、どこからともなく拍手が巻き起こった。
「ヨルヒョラクちゃん。今日もカワイイね」
「そうですかぁ? ありがとうございますぅ~!」
きらきらの笑顔を振りまき、今日も愛想を振りまいていく。ここ魔界で生きていくにはそれなりの「さしすせそ」が必須らしい。本人に聞いてもそれは企業秘密だと言われ教えてはくれなかった。何度も回転を重ね酒場はまもなく閉店の時間となった。
「さぁ、後片付けを済ませましょう」
「は~い」
ヴァイオレットとヨルヒョラクはてきぱきと洗い物、床掃除を始め店の出入り口のプレートを「Open」から「Close」へと代え店内の明かりを消した。こうして今日の営業を終えたバー「Violet」は賑やかさを忘れ静寂を思い出した。
次の賑やかが戻ってくるのはいつになるか。それは店長であるヴァイオレットの気まぐれ次第。明日か明後日か、それとももっと先になるか……それは誰にもわからない。
魔界に夜明けが訪れた。




