ちょっぴりピーキー? ピンキーライムティーソーダ【神】
「……まずいわ……完全に……スランプだわ……」
大きな大きなまな板の上で突っ伏している少女がいた。ぱりっとした白いコック帽に、メロンソーダのような髪色を左右で丸くまとめている。コック帽と同じようにぱりっとした白いエプロンのちょうど腰辺りには革製のコルセットが巻き付けられ、それには彼女が独自に調合したスパイスが入ったボトルが数本挿させるよう、改良が加えられていた。これで調理中、わざわざスパイスラックからスパイスを取り出さなくてもよいという彼女のアイデアから生まれたものだった。
大量の食材が入った大きなフライパンを片手で難なく返し、鼻歌を歌いながら調味料を加え皿に盛りつける姿は一流のコックも唸るほどの身のこなしだった。一見、子供のような見た目をしているが、これでも天軍副料理長を名乗っており、天軍に属する人たちのお腹を毎日支えてくれている。彼女の作る料理はただ美味しいだけではなく、筋力を増幅してくれたり視覚を鋭くしてくれるといった特別な作用がある。なので、演習へ行く兵士たちはもちろん、これから戦へ行く兵士たちにとって欠かすことができない作用が入った料理でもある。
そんな彼女─ミネネは絶賛スランプ中。というのも、先日料理長に怒られてしまったことから始まった。怒られた理由というのは、ミネネは料理長が苦労してやっと手に入れた至高の食材を勝手に拝借し、自身の実験料理に使ってしまったからだ。その日、料理長は出張のため、外出しているというタイミングで作ってしまおうと張り切ってキッチンに立ったものの、肝心の料理は失敗。未知の食材だったこともあり、どういった特徴があるかも知らないまま調理をしてしまったため、食べることはおろか調理方法も曖昧なまま進めてしまった結果がそうだった。
「あ……あっちゃあ……失敗しちゃいました……」
それをたまたま早く帰宅した料理長に見つかってしまい、さぁ大変。どんな顔をしたらいいかわからない料理長は、とりあえず顔を真っ赤にしてミネネを怒った。苦労して手に入れた食材が、こうも無残な姿になってしまったことも悲しいが、それを無断で使用したミネネに対して悲しいと料理長は大粒の涙を流し、自室へと籠ってしまった。
「……あうう……あたしってば……この癖を何とか直さないと……いずれここを追い出されちゃうかも……あああ、それは嫌だぁあ」
何でも試したいという気持ちを持つことはいいことなのだが、それを何度も何度も繰り返し、癖となってきているのでは直そうにも直るのか微妙なラインではある。その度に叱られて反省し、また時間が経過したら試してを繰り返せば料理長としても判断をせざるを得なくなるだろう。
「ああ……どうしたら……あ!」
苦悶の表情を浮かべていたミネネの頭に突然、流れ星が落ちた。これはチャンスなのではと思ったミネネは、早速コック帽を放り投げ未知の食材を手に入れた経緯を調べ始めた。
「どこで手に入れたのかしら……それを探って……料理長に認めてもらうんだ!」
事務所の伝票入れを乱暴に捲り、やっと見つけるとそこには目を細めても読めるかどうか瀬戸際の文字が書かれていた。
「えっと……行商人……って書いてあるわね……それと場所は……なんだ、ここから近いじゃない」
場所がわかればこっちのものだとミネネはエプロン姿のまま、その場所へと走った。
こけた。
「……ここね。伝票に書いてあった場所というのは」
なんだか妙に膝小僧が痛いのは気のせいだろうか。いや、今はそんなことを気にしている場合ではない、さっさとあの未知の食材を買い戻さなくては。自身のお小遣いで足りるかいささか不安ではあるが、そこは何としても買わなくてはと自身に気合を入れ怪しげな空洞の中をずんずんと進んでいった。
生暖かい風がひゅうと吹き、その度にミネネの背中はぶるりと震えた。味わったことのない気持ちの悪い風におどおどしながら辿り着いたのは、洞窟の中にある小さな商店だった。そこには竜人の女の子が威勢のいい声を出して客引きをしていた。
「いらっしゃい~いらっしゃい! お客さん、見てってくれよな!」
竜人の女の子の前には見たことのない商品がずらりと並んでいた。眠たそうな埴輪の像だったり、怪しい色をした草だったりと色々あったがその中でも特に目を引いたのは、でんと大きな山かと思うくらいの肉の塊だった。ミネネはその肉の塊に見覚えがあり、思わず「あれだ!」と叫んだ。その声に気が付いた竜人の女の子は土煙をあげながら猛烈な勢いで迫ってくるミネネを見て思わず逃げ出した。
「わわわわわ! 何? なになになに?????」
「その肉の塊を……譲ってぇえええ!!」
「ちょちょちょ! ちょい待ち! この肉を? 譲れ? それはできないよ。これは非常に珍しいからね。そう簡単には渡せないね」
「むむぅ! いいじゃない! けち!」
「けちじゃないよ。それに、お子様にはこの価値はわからないよ。さ、帰った帰った」
「……っ! あたし、子供じゃないもん! これでも大人だもん!」
まるで子供たちの口喧嘩のようなものが始まると、商品を見ていたほかのお客さんたちは揃って踵を返し、帰っていった。そんなことに気が付かないまま、しばらく時が流れてるとお互いに肩で息をしながらもまだ言い合いを続けていた。
「……そろそろ、諦めてくれないかなぁ?」
「いやよ……絶対に……諦めないんだから!」
決意に満ちたミネネの瞳を見た竜人の女の子は、一旦冷静になりその理由を尋ねた。すると、ミネネもはっとなり経緯を話した。すると竜人の女の子は「ああ、あの人の次に偉い人だったんだ」とあっけらかんなことを言うと、竜人の女の子は全部ではないが肉の塊を少し譲ってくれた。
「はいよ。話を聞かないでごめんよ。これ、お詫びに持って行って。レシピもつけておくから」
「あ……有難う。あたしも、ムキになってごめんなさい」
「ううん。これでおあいこだ。ぜひ、美味しいステーキでも作ってあげて」
「わかったわ! ……また、会えるかしら? あなたとはもう少し、色々とお話してみたいことがあるのだけど……」
少しもじもじしながらミネネが話すと、竜人の女の子はぱっと表情を明るくさせ「ああ。ぜひ。不定期ではあるけど、ここで商売してるからまた来てくれよ。珍しいもの、たっくさん用意して待ってるからさ」
「……うんっ! またね! ありがとう!!」
こうしてミネネは料理長が苦労して手に入れた食材を手に、キッチンへと戻った。
「よーし! 腕によりをかけて作るわよ!」
竜人の女の子から貰ったレシピを参考に、様々な工程をへてようやく完成したステーキは今まで作ってきた料理の中でもとびきり香ばしくって食欲をそそるものだった。これならきっと……。付け合わせの野菜もたっぷりと用意し、料理長の部屋を軽くノックした。
「料理長……いらっしゃいますか?」
「……ミネネかい?」
「はい。あの……先日は本当にすみませんでした。これ、料理長が仕入れたお肉と全く同じものをステーキにしてみました。これで許してくださいとはいいませんが……元気になってほしくって作りました」
「……ミネネ。ぼくもごめんね。一方的に君を怒ったりして」
扉の奥から聞こえるくぐもった料理長の声に、ミネネは首を横に振り何度も謝った。そして部屋の前に出来立てのステーキを置き、キッチンへ戻るミネネ。その間、ミネネは自身の行動を振り返り、もうこれ以上はしないと心に決めるとずんずんと大股でキッチンへと入った。
こけた。
今晩のフルコースを完成させたミネネ。ふうと一息つくと、キッチンの出入口からなにやら人の気配を察した。はっとなり振り返ると、そこにはすっかり元気になった料理長が立っていた。
「料理長!」
「ミネネ。ありがとう。とっても美味しかったよ」
「料理長……本当にごめんなさい」
「いいんだ。ぼくもちゃんというべきだった。反省している。だから、顔をあげておくれ」
「……はい」
目に大粒の涙を浮かべながら、ミネネは料理長をまっすぐ見据えた。料理長にはその目が何かを決めたような目に見えたのか、ふっと頬を緩ませた。
「ミネネ。いや、副料理長」
「はい!」
「まだ……先の話なんだけどね、君にここを任せようかと思っていてね」
「え……? え……?」
突然の発表に、ミネネは理解が追いついていかず裏返った声が口からこぼれた。これは喜んでいいのかそうではないか……頭が理解するよりも先に料理長の言葉がミネネの耳へと吸い込まれた。
「君は……ミネネは常に新しいレシピを考えてくれているし、そのレシピでみんなが笑顔になっている。一方、ぼくのメニューは少し常識に囚われているというか……少し物足りなさがあるのかもしれない。それを今から補強なんてできるかは自信がないんだ。だから、若くして副料理長へと上り詰めた君にしかできないことなんだ。任せてもいいかな」
ゆっくりとまるで子供に読み聞かせをするように、料理長の言葉は全部が穏やかだった。その穏やかさ故、ミネネが拒否をしたくてもさせてくれない。優しくて穏やかで、温かくて心地のよい料理長の言葉。この時ほど、ミネネはずるいと思ったことはなかった。
「……わかりました。あたしにどこまでできるかはわからないですが……やってみます」
「……君ならそう言ってくれると思ったよ。それまで、ちゃんとサポートするから」
「……はい……」
念願の料理長になれる。嬉しい。嬉しいはずなのに……なぜだろう。心から手放しで喜べない。それはきっと、料理長が引退をしてしまうということなのだろうか……。でも、今はそれを気にしなくてもいい。気にしていたら、きっとそれが料理に出てしまう。味が変わってしまったらみんなに心配をかけてしまう。そんなことはしたくない。だから……だから……。
「このミネネ。とびっきりのフルコースを準備してみせましょう!!」
迷いを払拭するかのように大きな声でそう宣言すると、ミネネは冷蔵庫から食材を取り出し、翌日の仕込みを始めた。数多くの食材を切り、漬け、炒めて。その日のフルコースを食べた天軍のみんなは口を揃えてこう言ったそう。
「なんだか、塩気が多い」と。




