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ザクロの蒸留酒【魔】

 一人の剣士がふらふらと歩いていた。顔はきりりと引き締まっていて、異国情緒溢れる鎧を身に纏い下半身から三つに分かれた竜の首が剣士の頭の上できょろきょろと落ち着きがなく動いていた。手には剣士が心から敬愛していた王の形見である剣が握られていた。

 剣士の名前はジェンイー。かつて属していた国の王が未熟な新王に討たれたと知り、それからというものジェンイーは来る日も来る日も戦いに明け暮れていた。あっちで戦の笛が聞こえれば向かい、そっちで悲鳴が聞こえれば駆けつけて言葉を交わすよりも剣を振るう方が早かった。毎日毎日戦っても戦っても満たされない飢えのような感覚に、ジェンイーは次第に衰弱していった。

「もっと……戦って……力をつけなければ……本当の強さなどまだ先……」

 直射日光が厳しい今日、まるでうわ言のように言葉を紡ぐジェンイーの視界の先には一体何が映っているのだろう。額に大きな汗粒を垂らし、一歩また一歩と進んでいくジェンイーは僅かに残っている意識の中、日陰に移動し小さな休息を摂った。水分も残り僅かだと知りながらも、腰につけている水筒を口に持っていき一気に飲み干す。少量の水ではあったが、今のジェンイーの気持ちを落ち着かせるのは十分な量だった。空っぽになった水筒を腰に戻し、さてどうしたものかと考えた。ほんの数歩先からでも見える陽炎に揺らめく景色に深い溜息を吐きながら、ジェンイーはこのまま進むかしばらく休息を摂るかの二択を迫られた。

「……今、体力を消耗するわけにはいかんな」

 答えを口にしたジェンイーは狭い日陰で仮眠を摂ることにした。寝心地は最悪だが、少しでも体が休まるだけでも思っているとあっという間に深い闇へと意識が落ちていった。


 日が落ちかけたとき、ジェンイーは目が覚めた。三つ首の竜たちも眠っていたのか、眠気を払うように首を軽く振っていた。ゆっくりと立ち上がり空を仰ぐと、さっきまでの暑さが嘘のよう一気に涼しくなっていた。動きやすくなった環境になったことを確認したジェンイーはまた再び宛もなく歩き出すことにした。

「……水が売っていれば助かるのだが……露店は……ないか」

 道すがらに露店で水が売っていればよかったのだが、生憎露店はなくただまっさらな道が続いているだけだった。そこをまた進んでいくのかと少しうんざりな気持ちもあったが、力を求めるためならば仕方がないと割り切り、ジェンイーは踏み出した。

 ジェンイーがかつて敬愛していた王というのは、力こそが全てという考えがあり、弱い者には用がないと吐き捨てる程だった。もちろん、王自身もかなりの歴戦を潜り抜けてきた猛者であり、一度剣を取れば敵国が震え上がるほどだった。そんな力を所持している王にジェンイーは心を惹かれた。純粋に力を追い求めている姿がなんとも美しかった。自分も王のように力を追い求め、いずれ王の隣で一緒に戦える日を夢見て、必死に稽古をしてきた。

 それから幾年の月日が流れ、王は結婚し一人の子供を授かった。その子はすくすくと育ち、言葉はもちろん、勉強や剣術も優れた才能を発揮し始めた。やがて成人に近い年齢になるとき、その子に試練が与えられた。それは、現在の王である父親を殺すというものだった。これは代々の仕来りであり、逃れることができない。自分の中にある弱い部分を見せたら最後、自分が殺されてしまう。だからといって、自分の親を手にかけるということに反発してきた者もいる。だが、これはこの国を存続させるためには必要なことなのだと受け継がれてきていた。そしてつい最近、ジェンイーが敬愛する王がその子によって討たれた。そして、その子が現在の王となり、忌まわしき仕来りは現王によって幕を閉じた。自分の父親と対峙することに嫌悪感を抱いていたその子は、どうしてもその仕来りをどうにかしたいと願っていた。しかし、その願いを叶えるためには父親を手にかけねばならない……。守りたいものもある、この先も平和に過ごしていきたいという思いがその子に力を与え、ジェンイーが敬愛していた王はその力に負けた。


 仲間。

 平和。

 守りたいもの。


「……くだらん」

 ぽつりと呟き、ジェンイーは鼻で笑った。しかし、ジェンイーはふと考えてみた。自分にとって、本当の強さとは。足を止め、しばらく空を仰ぎながら考えてみたが、浮かぶものはどれも答えになっていなかった。やがて本気で考えこむようになり、手近にあった石の上に腰を下ろし、考えてみた。

「……本当の力……か」

 今までありとあらゆる戦場に赴き、剣を振るってみたがどれも中身がないというかすかすかしたような感覚だった。どうしたら本当の強さというのが手に入るのだろう。見当もつかず、途方に暮れていると、どこからか禍々しい気配を感じた。その気配を探っていると、まるで忘れられていたかのようなぽっかりとした洞窟の中からだった。自分の手さえも見えない暗がりの中、慎重に進んでいくとやがて目の前に紫色の空気が渦を巻いているのが見えた。離れていてもわかる位、湿気や不快さを感じるその紫色の空気からがしゃがしゃと音を立てながら何かが這いずって出てきた。ジェンイーと同じ鎧なのだが、その鎧は朽ち果てており所々穴が開いていた。顔はすでに白骨化しており、窪んだ眼窩は何が見えているのかがわからなかった。肩や背中には無数の矢が刺さっており、手にはぼろぼろになった長い刀が握られていた。紫色の空気で見えたのは、なにもそいつの姿だけではなかった。ほかにもその兵士の周りには禍々しい怨みの塊のようなものが唸り声をあげていた。

「こ……こいつは……」

 異国の兵士だということはわかったジェンイーは腰から剣を抜き、戦闘態勢に入った。三つ首の竜たちも暴れる準備は整っているようで、大きく低く唸った。しかし、待てども異国の兵士はこちらを襲ってくるようはなく、むしろ誰かを待っているように見えた。ジェンイーは警戒をし続けながらゆっくりと近付くと、異国の兵士はくるりとジェンイーに背を向け、紫色の渦の中へと戻っていった。一人になったジェンイーは一体何が起きたのか状況を理解するのにかなりの時間を要した。

「……なんだあいつは……」

 このまま戻るか、それとも異国の兵士の後についていくか……。状況を確認すべく、ジェンイーは恐る恐る紫色の渦に手を伸ばすと、紫色の渦はまるで自我があるかのようにジェンイーに纏わりつくと、そのまま闇の中へと引きずり込んでいった。眠りとは違う、闇の中へと。


「ここは……」

 意識を取り戻したジェンイーの視界に映ったのは、夥しい数の異国の兵士たちだった。さっき見たのは手に刀を持っていたが槍を持っているものや、鎖鎌のようなものを持っているものもいた。それらが一斉にジェンイーのいる方向を向くとなればそれだけでもかなりの恐怖を覚える。ジェンイーも数多く戦場を駆け抜けてきたのだが、このような状況は全く初めてで一瞬気持ちが負けてしまった。

「……くそっ」

 ジェンイーは意を決し、剣を抜き異国の兵士たちに向かって突撃していった。一体倒す毎に耳元で怨みを囁かれ、十体倒す毎に憎しみが募り、百体倒す毎に力が増していった。こうして無限とも思える異国の兵士たちを屠っていくなか、ジェンイーに変化が訪れた。大量の怨嗟がジェンイーの中へ取り込まれていくと、ジェンイーの中から次第に純粋な思い─本当の強さが膨れ上がっていった。そして膨れ上がった純粋な思いは、こうして無限とも思える異国の兵士たちを倒しているものは一体何かと自身に問いかける。大量の異国の兵士を倒しているのは自分の力だ。この力でやつらを倒している。間違いない。これは、間違いなくオレ自身の力だと思うようになり、次第にジェンイーの表情が歪な笑みへと変わった。

「なぜ今まで気付かなかったんだ……。そうだ。力にすべてを注いでいなかったのだオレは……。国、忠誠、葛藤……そんなものはもうどうでもいい。ただ純粋に力だけを追い求めていればよかったのだ。いいぞ。世界がまるで違う! これは……オレの革命だ!!」

 そのとき、ジェンイーが敬愛していた王から授かった剣が音を立てて割れた。そしてその割れた部分をジェンイーの中からあふれ出た怨嗟が補い、刃となった。その怨嗟はジェンイーだけでなく、三つ首の竜にも及んだ。口から紫色の炎を吐き、紫色の涙を流している。その咆哮は新たな主の誕生を告げる




 はずだった。




 実際は、まだ意識のある三つ首たちは必死に訴えていた。

「お願い。元に戻って」

「どうか気付いて。真実に」

「これは……間違った力のありかただ」

 各々残っている意識の中で必死に訴えかけるも、それが主の耳に届くことはなかった。やがて三つ首の竜たちは怨嗟に蝕まれていき、自我を保てなくなっていった。そして完全に蝕まれたとき、三つ首の竜たちの声は哀しいものへと変わり戦場へと木霊した。

「はっはっは。いいぞ。この高揚感がオレを戦いに駆り立ててくれる! オレにも寄越せ……もっとだ、もっと寄越せ! はっはっはっは!!!」

 冥府に落ちたかつての剣豪の笑い声が、空しく響き渡った。

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