飲んだら黙っちゃう?! 謎色フローズンドリンク【魔】
日雇いの仕事で毎日小銭を稼いでいる者にとって、日払いで高額な仕事ほど欲しいものはなかった。まもなく財布の底とご対面ができてしまうくらい懐事情が寒い中、日雇いで働く仲間が近くのギルドでおいしい話を聞いた。なんでも、船に乗って帰ってくるだけで大金がもらえるというものだった、経験上、そんなおいしい話にはきっと裏があるものだと思い、おれは半信半疑で仲間からその話が出たというギルドまで案内してもらった。おれたちが到着したときには、すでに数多くの人がその掲示に食らいつく勢いで眺めていた。
「本当なのかしら」
「うさんくせぇな」
「でも、一回船に乗っただけでこんな大金が手に入るなら申し込んでみようかな」
などと心配する声もあれば、期待に溢れた声まで選り取り見取りだったわけだが……おれはといえば、どちらかといえば後者だった。これ以上、野菜切れで数日間を過ごすのはまっぴらごめんだ。おれはすぐにその仕事へ申し込むため、ギルドに入り手続きを行った。次いで仲間も数人、一緒になって仕事へ申し込みを行うとちょうど定員となったため、その掲示は引きはがされた。まだ迷っていた人たちは諦めの息を吐きながらとぼとぼと帰路へと就く中、おれたちは今回の仕事の募集主から簡単に仕事の説明を受けた。簡単な話、船で物資を運ぶだけなのだが、ここのところ海はよく荒れているそうだ。荒れた海は危険だと募集主が何度も念を押したが、それでも報酬額に目がくらんだおれたちはそんなことはお構いなしだった。何度も首を縦に動かし肯定すると、募集主は「わかったよ」と肩をすくませた。
最後に同意書にサインをし、動きやすい服装へ着替え荷物を積み込み出航の準備を始めた。軽いものから重いものまで様々だったが、おれたちは文句言わず黙々と荷物を積み込んでいった。最後の荷物を積み終え汗を袖で拭うと雇い主から小さなドリンクの差し入れを受け取った。そういえば水分補給も忘れてたなんて思いながらドリンクに口をつけると、ひんやりとしたドリンクが喉を全力疾走していった。あまりの冷たさに頭がキンと痛くなったが、今はそれすらも心地よいと感じてしまうほど晴れ晴れとした気分だった。
「よーし、出航するぞー。乗組員はすぐに乗船してくれ。忘れ物するなよ」
雇い主が通る声で注意を促すと、乗組員たちは何度も忘れ物がないかを確認してから船へと乗り込んだ。程なくして船を固定していた縄を回収し、徐々に陸から離れていった。おれたちは見送りにきてくれた人たちに手を振って応えるとその姿も段々と小さくなり終いには見えなくなっていった。
「よっし。順調な出だしだな。あとは目的地を目指すだけだから、各自ゆっくりしててくれ」
雇い主も心なしかほっとした様子で乗組員に指示を出すと、船長室へと入っていった。さて、おれたちはどうしますかな。そうだ。前からやってみたかったことがあるから、それを始めてみようかな。
─航海一日目
天気は晴れ。多少雲はあるけど、それでも日の光を浴びるには十分だった。おれたちはデッキの掃除をしたりまかないを作ったり、見張りをしたりと色々仕事を任されていったけど、どれも未体験のことばかりで楽しかった。特にまかないなんて、おれが作った料理でみんながあんなに笑顔になれるんだって思うと、おれは嬉しくてたまらなかった。船長(雇い主だけど、ここからは船長って書くな)からは、これはみんなで順番に回すから固定で任せることはできないと言われ、ちょっと残念だなと思っていると船長はくすっと笑いながらおれの頭に手を置いた。
「お前の飯、すごく美味かったぞ。次、楽しみにしてる」
おれは今までそんなこと言われたことがなかったから、その言葉がとても嬉しかった。何度も船長にありがとうって言ったっけ。明日は確か、デッキの掃除当番だったな。よし、明日も張り切っていこう。
─航海二日目
天気は曇り。昨日よりは少し肌寒い朝だった。おれは船の中にある上着を着ながらデッキの掃除を行った。そんなに汚れてはいないけど、これも当番だししっかり掃除しないと。仕上げのモップがけを終え、ふと視線を外すと何か木片のようなものが海面から浮いているのを見つけた。注意深く見てみると、それは帆柱だった。それもまだ新しいように見えたおれは眉間にしわを寄せた。なんでこんなところにと思っていると、船長がおれの肩をぽんと叩きながら言った。
「このあたりに海の魔物がいるらしいんだ。そいつにやられたのかはわからない」
海の魔物。その言葉におれはモップを持っている手がぶるぶると震えた。もし、その魔物に襲われてしまったらどうなってしまうのだろうか……あの船と同じようになってしまうのか……。そうマイナスなイメージばかり浮かんでいると、船長は「まぁ、噂だからな。もしかしたら座礁しただけかもしれないしな。あんまり気にしすぎないようにな」と小さく笑いながら船長室へと入っていった。座礁……か。本当に座礁であればいいけど。
─航海三日目
生憎の雨。冷たい雨がざーざーと音を立てて振っていた。今日のデッキの掃除はなしになってよかったと仲間は言って喜んでいたけど、それ以上に海からの冷気で体が氷のように冷たかった。波も段々と暴れてきていて、上に下に揺られていた。終わらない上下運動に段々と気分が悪くなってきたのか、仲間の一人が口元をおさえながらデッキに出ていった。冷たい雨に濡れながらこらえていたものを吐き出した仲間はぜえぜえと肩で息をしながら戻ってきたのだが、その途中何かが聞こえたのかぴたりと立ち止まり辺りを見回した。やがて首を傾げながら中へと入ると仲間の一人がどうしのかと尋ねた。すると、そいつは「誰かが歌っている声が聞こえた」と言った。そんなまさか。こんな大雨の中、ましてや声もかき消されてしまいそうな雨の勢いの中歌声が聞こえたって信じられなかった。船長も信じられないといった様子で肩をすくめた。なんだか嫌な予感がする。
─航海四日目
豪雨。もう外には出られないくらい強く雨が降っていた。風も船の揺れも昨日よりも強く、何人もの乗組員がぐったりとしていた。おれはまだ大丈夫だけど、それももう時間の問題かもしれない。今は動くことすらもままならない。そんな中、昨日ふらつきながらデッキへ向かった仲間がすっと立ち上がりここではないどこかを見つめていた。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
「……こえる」
「は?」
「聞こえる。あの歌が……ああ……聞こえる」
「ちょっとどこ行くの?」
昨日、歌が聞こえたといった仲間は誰の声も耳を貸さずにデッキへと走っていった。そしてずぶ濡れになりながら両手を広げて喜んでいた。
「ああ……なんて素敵な歌声なんだ。ああ……もっと聞きたい。もっと聞かせてよ……」
「ちょっと、あんたおかしいんじゃない?」
ほかの乗組員から何を言われても聞こえていないのか、そいつはただ両手を広げて喜んでいた。その異常な行動に誰しもが引いていた。そんな中、一人また一人と「聞こえる」と言い、横殴りの雨が降るデッキへと走っていき両手を広げて喜んでいた。
「あたしにも……聞こえる」
「ぼくに……ああ……もっと早く聞きたかった」
「もっと聞きたい。もっともっともっともっともっと……」
昨日まで一緒に話していた仲間たちは、いつの間にか狂ってしまった。おれは耳を塞ぎ目を閉じ、扉に背を向けた。これは夢だ。そうだ夢だと何度も念じた。
─航海五日目
おれ以外の乗組員、全てがデッキで手を広げ喜んでいた。おれはおぞましかった。初日、まかないが美味しいと言ってくれた船長の目は虚ろになり、口からはだらしなく唾液をこぼしていた。一緒にこの仕事の申し込みをした仲間たちも同じように見るに堪えない姿になっていた。おれはああなりたくないと必死に願いながら耳を塞ぎ、目を閉じているとどこからともなく女性の声が聞こえた。
「あら。あなた、わたくしロティオンの歌を聞きたくないのかしら?」
ロティオンと名乗った女性はおとぎ話に出てくる下半身が魚、上半身が女性─人魚だった。白いドレスにパステルパープルのロングヘアーは毛先に向かうほど深海を思わせる深い青色をしていた。おれは恐怖でこわばり、何も言えないでいると、ロティオンはうふふと笑いながらおれと目を合わせた。
「さぁ、あなたも果て無き海で踊りましょ? わたくしの歌で、あなたの心を壊してあげる」
ロティオンが気持ちよく歌っていると、デッキにいる人たちは歓喜の声をあげていた。あいつら聞こえていたのはこの人の声だったのか。まるで高音のみで構成されたオペラのようなその歌声は、きんきんと頭に響いていた。やがて頭痛に悩んでいると、ロティオンはぴたりと歌を止めおれの顔を眺めた。
「夢を見ることができないなんて……期待外れね。もういいわ」
ロティオンはぷいとそっぽを向き、デッキへ向かうとすでにおかしくなっている乗組員全員を泡で閉じ込め海へ連れて行ってしまった。これでおれは本当の一人になってしまった。
─後悔
もうどうでもいいや。食料も底ついたし、水もない。ああ、やっぱりうまい話には裏があるんだな。身をもって知ったよ。とうさん、かあさん。ごめん。こんな親不孝な息子で。そっちにいったら、おもいきりしかってほしいな。このばかむすこって……ごめんね。ごめんな……い。




