酸味がアクセント♪ ピンクグレープフルーツのフロート【神】
とある城塞都市の若き領主─ローリアンは首を傾げていた。つい先ほどまで修練場で剣を握り、稽古をしていたはずなのだがその剣はどこかへいってしまったのか、忽然と姿を消していた。その代わりに、目の前には見たことのない光景が広がっていた。
「これは……一体どういうことだ?」
いつもは冷静沈着なローリアンでされ、今置かれている状況に多少の困惑の色が見えていた。クリームマロンのような髪色に自信に満ちたきりりとした瞳は遠方にある大きな建物に注がれていた。自分の国にはない建造物にローリアンは思わず大きな声で唸り声をあげた。
「あれは……城なのか。わたしの国にあるものとは大分造形が違うが……それもまた面白いな。どれ、もう少し近くで見てみよう」
興味を刺激されたローリアンはマント……ではなく、白い礼服の上着を肩にかけながら城へと向かった。
城へ向かう途中、ローリアンは自分の国にないものがあちこちに点在していることに驚きを隠せないでいた。小さな石が敷き詰められた歩道、そしてその両脇には緑豊かな樹木が均等に植えられていた。少し葉が落ちて寂しいかもしれないが、それもまた趣深いものだとローリアンはうんうんと頷きながら歩を進めた。やがて城に近づくと、数多くの観光客らしき人たちが一斉に何かを使っているのを見かけた。それは四角くて薄い板のような物で城とオレンジ色に染まった葉が舞う大きな木と一緒にポーズを取っていた。一瞬の間ポーズを決め、カチリという音とともにポーズを解いて何やら楽しそうにはしゃいでいるのを横で見ていたローリアンはふむと鼻を鳴らした。
「……ここは、わたしの知っている世界ではないな」
ここでようやく、自分が異世界に飛んできてしまったということを理解したローリアンはふと自国のことが気になった。もし自分がいない間に緊急事態が起こってしまったらと……。しばらく考えた結果、ローリアンは部下でもきっとうまくやってくれるだろうという結論に至り、しばしの休息を得ることにした。
「すまない。済んだらすぐに戻る」
戻り方がわからないということはさて置き、ローリアンは観光客で賑わっている城の足元まで近づくと、その大きさにさらに驚いた。
「これはなんとも立派だ。見ごたえがあるな」
天を仰いで見るその城は遠くからでも存在感は強く、また近くで見るとその壮大な規模にローリアンは人目を気にせず思ったことを素直に口にした。足元から見る城を堪能したローリアンは城門を潜り中へと入ると、そこはまた異国文化漂う庭園が広がっていた。変わった形の木製の橋の上にはさっき見たオレンジ色に染まった葉が落ちていて、まるで絨毯のように広がっていた。その上を静かに歩きながらオレンジ色に染まった葉をつけた木々を見つけたローリアンは「……美しい」と零した。ローリアンはオレンジ色の葉がついた木々に近づきその赤々とした色彩に胸がときめき、思わず近くにいた観光客に「これは何か」と尋ねた。すると観光客は「それは紅葉というんですよ。毎年、秋になるとこうやって一部の葉は赤く色づくんです。ここの公園は紅葉の有名スポットなんですよ。よかったらお城をバックに記念写真撮りませんか?」と勧められた。
「しゃしん……? ふむ」
写真というものは一体どういうものなのだろうか。ローリアンは恥を承知でその写真というものについて観光客に尋ねると、観光客はにこっと笑いながら「思い出を切り取る……という感じですかね?」と答えた。思い出を切り取るという表現もまた素敵な響きだと感じたローリアンはせっかくなので、その写真を一枚お願いしてみた。
「では、いきますよー。はい、チーズ」
カチリ
ローリアンは観光客が持っているものに見覚えがあった。それはさっき、城の足元でたくさんの人が持っていた四角くて薄い板のようなものだった。なるほど、その板で思い出を切り取るのだなと納得したローリアンは小さく頷くと、観光客ができた写真をローリアンに見せた。
「こんな感じで撮れましたよ。背景とお兄さん、とってもぴったりです」
薄い板には確かにローリアンと城、その両脇に紅葉の華やかな一部が写っていた。
「おお……わたしがいる。なるほど、そなたの言う通り『思い出を切り取って』いるな」
満足そうに笑うローリアンに、観光客は「あ、ちょっと待ってて」と言い鞄から何やら機械を取り出し薄い板と繋げて作業を始めると、機械から薄い紙のようなものが出てきた。観光客は薄い紙を見て「うん! ちゃんとできてる!」と声を弾ませると、それをローリアンに手渡した。
「はい! こちら、記念にどうぞ」
「おお……ありがたい。大切にさせてもらおう」
ローリアンは受け取った薄い紙のようなものを大事にしまい、観光客にお礼を言うとまた一人大きな城をじっと見つめていた。秋風がそよそよと流れ、紅葉をやさしく揺らす音に耳を傾けながら自国にはない美しさに身を委ねる。今までこんな風にじっくりと景色を楽しんだことがあるだろうか。
「なに。まだ時間はたっぷりある。堪能しようじゃないか。この美しい世界を」
少し名残惜しさもあるが、ローリアンは次なる美しい景観を求め公園内の散策を再開させた。思い出を切り取ることはできないが、思い出のおすそ分けならできると思ったローリアンは時間の許す限り、今ある美しい景観を目に焼き付けた。




