マンゴーのクリームツイスト【神】
「ヴォルフさーん。朝よー」
「……んぁ。もうそんな時間か……んー」
ヴォルフと呼ばれた狼男はゆっくりと体を起こし、軽く伸びをした。ふうと息を吐き、隣を見るとまだ夢の中にいるのか、子供たちが嬉しそうな笑みを浮かべながら眠っていた。子供たちを起こさないよう、慎重にベッドから出ると足音をたてないようダイニングに向かった。
「ヴォルフさん。おはよう。今日は少し早めに出るって聞いていたから、少し早めに準備しておいたのだけど……大丈夫だったかしら」
「ああ……そうだった。すまねぇ、おれがすっかり忘れてたよ。覚えててくれてありがとう」
「ああ……よかった。間違っていたらどうしようかと。っと、もう少しで朝ごはんが完成するから待っててね」
ヤギ族の女性─ルゥフィリアはキッチンに小走りで向かうと仕上げの工程へ移った。栗色の毛並みがなんとも特徴的で、いつでも明るい彼女から何度元気を貰ったかはわからないと、時々ヴォルフは呟いていた。ひょんなことから二人は知り合い、こうしてひとつ屋根の下で生活している。今はルゥフィリアの子供たちと一緒に暮らしており、子供たちもヴォルフに懐いており今ではべったりである。
ヴォルフは木を扱う仕事に就いている。力持ちが取り柄なヴォルフがそれを生かせる仕事となると、それしかなかったのだが今はその取り柄が最大限に発揮され仕事場では彼なしでは考えられないとまで評価している。
「はい、ヴォルフさん。きのこのスープができたわ。それと、ポテトと自家製ベーコンの厚切りトーストができたわ」
「ありがと。じゃあ、いただきます」
自宅周辺で採れた新鮮なきのこを丁寧にほぐし、コンソメのみで味を整えたスープは寝起きの体に染み渡った。メインは家庭菜園で採れたジャガイモを柔らかく蒸かし、牛乳を入れながら荒く潰したものを自家製のベーコンの上にたっぷりとのせたトースト。ポテトと自家製のベーコンだけでもボリュームがあるのだが、厚切りのパンが加わるとそれだけでももうご馳走である。
皿の上に残ったベーコンの油もパンで拭って綺麗に食べ終えると、ヴォルフは手を合わせ挨拶を済ませすぐに仕事へ向かう準備を始めた。
「あなた。はいこれ。今日のお昼のお弁当」
赤いバンダナで包まれたお弁当はまだ温かく、作り立てだということが触れただけでわかる。その温もりに感謝をしながら受け取ると仕事用のカバンの中へとしまった。
「よし。じゃあ、行ってくる。子供たちは……」
「今日はお休みよ。終わったらなるべく早く帰ってきてね。今日は……あれだから」
あれと言われ、ヴォルフは「ああ……あれか」と頷いた。約束をしっかり果たすため、今日もきっちりと仕事をこなさなければと自分に戒め、ヴォルフは仕事場へと向かった。
「いってらっしゃーい!!」
「おう!」
ヴォルフが見えなくなるまで見送ったルゥフィリアは、「よし!」と自分に気合を入れキッチンへと向かった。
日没より少し前。慌てた様子で帰宅したヴォルフをルゥフィリアが柔らかい笑顔で出迎えた。ヴォルフはいそいそと風呂場へと駆け込み、汗を流している間ルゥフィリアは夕食の準備を着々と進めていた。
「あとはこれをいれて……よし、完成!」
大きなおたまで鍋を一回ししてから蓋をし、火を止めた。あとは子供たちが帰ってくればいいだけの状態なのだが、帰宅時間を過ぎても中々帰ってこないことに不安を覚えたのはルゥフィリアよりもヴォルフだった。
「あいつら、やけに遅いな。どうしたんだ」
「もう帰ってきてもいい頃なのだけど……」
窓の外はすっかり日も暮れ、暗くなり始めてきている。これ以上暗くなると、いくら通いなれている道とはいえ危険な道へとなるのも時間の問題だった。
「ちょっとおれ、付近見てくる」
「そんな。だったらわたしも……」
「だめだ」
ルゥフィリアの申し出をぴしゃりと断ったヴォルフ。いつになく鋭い返事にルゥフィリアはびくりと体を震わせた。
「あ、いや……二人とも外に出ちまったらすれ違いであいつら帰ってきたら誰もいないっていうのを防ぐためだ。強く言ったつもりはなかったが……すまん」
「いいえ……わたしもそこまで考えてくれているのに気が付かなくてごめんなさい」
「いや……あぁ、その……なんだ」
なんて言っていいかわからなくなったヴォルフは自分の頭をくしゃくしゃとしながら迷っていると、玄関から子供たちの声が聞こえた。
「遅くなってごめんなさーい」
「ただいまぁ。あぁ、おなかすいたー」
「「帰ってきた?!」」
二人は玄関に走ると、そこにはあちこち泥んこにまみれた子供たちだった。けがらしきものは見当たらないことから、どうやら転んでしまったものだと思われる。無事に子供たちが帰ってきたことに安堵した二人はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「おとーさん。おかーさん。おそくなってごめんなさいなの」
「いや……お前たちが無事ならそれで構わないさ」
ヴォルフは子供たちを抱き寄せると、頭を優しく撫でた。
「おとーさん、どろんこくっついちゃうよ」
「それがどうした。一緒に風呂に入れば問題ないだろ?」
「わーい。おとーさんとおふろー!」
「ふふふ。じゃあ、お着換え用意しておくからみんなはお父さんとお風呂に入ってらっしゃい」
「「「はーい」」」
ヴォルフは子供たちを担ぎ上げ風呂場まで運ぶと、すぐに風呂場からはヴォルフと子供たちの楽しい声が聞こえてきた。着替えを風呂場に運んだルゥフィリアはその声に思わず笑みをこぼした。
風呂も入り終え、子供たちは席に着き次いでヴォルフとルゥフィリアも席に着いた。テーブルには数多くのごちそうがずらり並んでいて、子供たちは目をきらきら輝かせながら眺めていた。
「お待たせ。今日はたぁっくさんごちそう作りましたー! みんな、遠慮しないでたぁっくさん食べてね!」
かぼちゃのパイ、たまねぎのオーブン焼き、ハンバーグデミグラスソースかけ、コーンスープなどがおいしそうに湯気をたてていた。もうよだれがテーブルにつきそうなくらいに我慢していた子供たちだが、一瞬姿勢を正し何やら足元から取り出した。
「「はいっ! ぱぱ、まま! これ、ぼくたちからのぷれぜんと!」」
「「えっ……!」」
今日は二人が共に過ごし始めて丁度一年が経過した日だった。それを子供たちは覚えていたのだ。少しくしゃくしゃではあるが、白い紙でラッピングされた箱には赤いリボンでくくられていた。
「これ……まさか、お前たちが?」
「そうだよ! みんなでいっしょにかんがえたんだー!」
「さがすのにじかんがかかっておそくなっちゃったんだ……ごめんなさい」
「さ、なかをみてみて!」
子供たちに急かされ、中を開くとそこには銀色に輝くリングが入っていた。それぞれに名前まで入っており非常に凝った内容のものだった。しかし、ルゥフィリアの指には大きすぎてしまい、ヴォルフの指には小さすぎるもののため、ヴォルフは引き出しから銀色のチェーンを出しそれをリングに通した。そしてヴォルフはそのリングネックレスをルゥフィリアの首にかけた。
「とっても素敵ね。大事にするわ。でもこれ、高かったんじゃないの???」
「そんなことはきにしないでいーの! きょうはとくべつなひなんだから!」
「そっか。じゃあ、おれからもお前たちにプレゼントだ」
そういってヴォルフは麻袋の中から木製の何かを取り出し、子供たちに手渡した。それは木でできたおもちゃだった。
「わぁあ! すっごいかっこいい! ぱぱ、ありがとう!」
「だいじにするよ! あとであそぼう!」
ヴォルフも今日のことは知っており、仕事場で子供たちのプレゼントを作っていたのだ。仕事場の人たちには既に断りを入れてあるため、なんの問題もなかったのだが思いのほか難しく手間取ってしまい帰宅が少し遅くなってしまったというわけだ。
「さぁさ、ママからもみぃんなにご馳走のプレゼントよ! いっぱい食べてね!」
「「「はぁい! いただきます!」」」
子供たちとヴォルフの声が重なると、一瞬沈黙のあと、みんなで声に出して笑った。その笑い声は今日一番、幸せを告げる笑い声となった。




