★ごろごろワイルドナッツのエンガディナー【竜】
深い緑で覆いつくされた森の中には、今日も沢山の生き物たちが息吹いている。木の実を啄む小鳥、花の蜜を吸う蝶、木の葉を食む虫など様々。そのほかにも種類豊富な生き物たちが生活している。
そんな森の中に上半身は目つきの鋭い人間、下半身はナーガ族という少し変わった種族の生き物がいるという。名前はラスタリオ。あまり見かけることはないのだが、たまたま見かけた人の話によると、人の話は通じるのだが、如何せん頭に血が上りやすく好戦的という。そして、見ただけで相当な力を有しているとわかるほどの筋骨隆々の上半身から放たれる拳は太い木でも簡単に風穴を開けてしまうほどだという。命からがら逃げかえったその人は、森を見るたびにラスタリオが襲い掛かってくるのではないかとトラウマになってしまったそう。そのため、森の中には不用意に入らないよう注意が発令された。
「だっり」
そんなことが起きていることなど微塵も感じていないラスタリオ。日課であるパトロールから戻ってきて休もうとしたとき、近くで大きな声を発しながら歩いてくる人間たちを見つけ急いで追い払った。ここは静かであるべきだと考えているラスタリオにとって、鳥のさえずりや風の音、川のせせらぎ。動物たちの鳴き声以外は全て雑音ととらえ、雑音と判断した音がしようものならすぐさまその音の出どころを探し出す。ナーガ族の特徴として音もなく近付くことができるため、ラスタリオの縄張りないし迷惑だと判断したものたちには気づかれることなく迫ることが可能。そして目標をしっかりと見据えながら右腕に力を籠め、じわりじわりと近付いていく。最初は威嚇程度の力で地面に腕を突きたて追い払うのだが、それでも向かってくる者に対してはラスタリオの顔が嬉しそうにそして残虐に笑む。
「やるってのか? ぁあ?」
相手のことなぞお構いなしとばかりに力が籠った右腕を振り下ろす。大きな音と共に粉塵が舞い上がらせ、視界を封じる。そして音もなくまたじわりじわりと近付き相手を徐々に追い込み、とどめとばかりに膨れあがった右腕を地面に叩きついた。まるで地震のような轟音と共に入ってきた者は一気に戦意を喪失し、出口へと駆けて行った。
「ふんっ」
鼻息を漏らしながら、やれやれといった様子で自宅へ戻るラスタリオ。いつもこんなに荒れているわけではないのだが、ここのところ侵入者が増えてきていて神経がぴりぴりしている最中らしい。いつもは気前のいいお兄さんっぽい雰囲気なのだが、上記の理由から警戒心を解けないでいる。
「……はぁ」
無意識に零れてしまった小さな溜息。いつからこんなことになってしまったのだろうかと考えるも、ラスタリオ自身思い当たる節がない。このままこの状況が続いてしまったらどうしようかと不安になりながら、熟したリンゴを一齧り。ほんの僅かに酸味はあるものの、中にたっぷりと詰まった蜜はそれを払拭させるほどに甘く爽やかだった。リンゴを食べ終えたラスタリオは少し冷静になり、今後どうしていくかを真剣に考え始めた。ここは森のみんなが生きていくには自分が守っていかねば。となれば、その障害を取り払うのが自身の役割だと再度認識したラスタリオは何度も頷き、にやりと笑った。
そして少し時は過ぎ、今日は生憎の雨模様。しとしとと降る雨が葉を打つ音、木々のざわめきが聞こえる自宅にて、ラスタリオはがしがしと自身の頭を拭いていた。空気が湿っているのを感じたラスタリオは雨が降る前にパトロールを終えてしまおうとしたのだが、途中雨に降られてしまった。幸い本降りになる前に戻ることができたからよしとしたラスタリオは、首から湿った布を垂らしながら窓の外を見た。いつもより森が静かなだと感じたラスタリオの顔には、どこか寂しさが滲んでいた。
しばらくして、雨は止み空の隙間から晴れ間が覗いた。それが嬉しいのか鳥たちは一斉に小さく歌いだし、風もそれに合わせて小さく凪いだ。このまま静かに一日が終わってくれればいいのだが、そうもいかなかった。転寝をしていたラスタリオの耳に入ってきたのは、複数の足音だった。すぐに目を覚まし、音のする方へとするりと移動をすると辺りをきょろきょろと見回している旅団のような集団を見つけた。
「そういえば……」
どこかで見たことがあると思ったラスタリオ。それは数日前、追っ払った男性と同じ服装をしているからだということを思い出した。
「また性懲りもなく……」
次第にイライラが募り、ラスタリオが気が付かないうちに右腕には既に力が蓄えられ、いつでも攻撃ができる準備ができていた。しかし、旅団たちはそういった雰囲気ではないと気が付いたラスタリオは次第に落ち着きを取り戻し、右手を下ろした。何か困っているような話し声も聞こえ、仕方なく話だけでも聞いてやろうとゆっくりと前へと出た。いつまでもここら辺でウロチョロされても仕方ないしなと自身に何度も言い聞かせながらひょこっと顔を出す。
「おい。何かあったのか?」
「ひぃっ!」
突然の声に驚いた旅団の一人が情けない声を発した。その声に思わずラスタリオは腕を組みながらかっかっかと盛大に笑った。
「なんだその声は。オレが出てきてびっくりしたのか?」
「あ……ああ……そうだとも。いやはや、情けないものを見せてすまない。ところで……」
旅団の一人がごそごそとリュックから何かを取り出すと、それをラスタリオの前に差し出した。
「このスカーフに見覚えはないかな。この森で落としたのをこの前見つけてな。周辺の者に尋ねても皆知らないと首を横に振っていて困っていたのだよ」
旅団の一人が手にしているのは赤いスカーフだった。所々破けているが、とても大事にしているものだというのがわかるものだった。
「……!」
スカーフを見たラスタリオの目が見開かれた。普段は余裕のある笑みを浮かべているのだが、スカーフを見た瞬間、真面目な顔になった。まるで何かを探しているかのような眼差しだった。そしてしばらくして、口を開いたのはラスタリオだった。
「それ……オレのスカーフ……どこでそれを……」
「やっぱり……君のだったんだね。最近、わたしたちと同じ服装をした人物がこれを見つけてね。よかった……持ち主を見つけることができたよ」
「……もしかして……」
ここ最近、この森が騒がしかった理由がわかったような気がしたラスタリオ。それはスカーフの持ち主を探してくれていたからだった。このスカーフには色々と思い入れがあったので、肌身離さず持っていたのだが、それがいつの間にかなくなっていた。いつも身に着けている個所に触れてみてもあの感触はなく、言われて初めて気が付いたものでするりとスカーフを持つ旅団の前に近付き優しく受け取った。
「よかったよ。君のもので」
「……これを届けるために……?」
「そうだとも。……でも、君には迷惑をかけてしまったね。本当に申し訳ない」
深々と頭を下げる旅団の皆々に、ラスタリオは「いやいや」と言い首を横に振った。
「これをわざわざ届けてくれたってのに……オレってば話も聞かねぇで……その……すまなかった」
今度はラスタリオが頭を下げ、旅団たちが「いやいや」と言った。お互いに誤解が解けた証として共に握手をした。旅団たちは不用意に森の中に入らないようにすることに加え、森の生き物たちに手を出さないと約束をした。ラスタリオもきちんと人の話を聞く、無暗に襲わないことに加え、もし森に入るならラスタリオお手製の木彫りの笛を時々吹いてほしいとのこと。この笛を吹けば「敵意なし」と判断し、もし笛の音が途中で途切れた場合は困難に遭遇したと判断し、手伝うことを約束した。こうして森には再び平穏が戻ってきた。その日の夜、ラスタリオの寝顔はいつもよりもどこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。




