コーヒークリームと白桃のサクサクパフ【魔】
「毎度アリねー。またお願いネー」
しんと静まり帰った裏道に少し音の外れたドアチャイムが鳴った。汚れた歩道の端にはぼろぼろになった箱や据えた臭いを放つ異物が無造作に置かれていた。それを気にする様子もなく歩く一人の少女と一匹の魔物。一人は桃色のロングヘアーを左右のてっぺんでまとめ、下ろしている。どこか異国情緒ある着物の背後には鋭い刀が納められていた。そして一匹の魔物は、黒いフードを深くかぶり、まるで素性を明かしたくないというオーラを纏いながら歩いていた。
少女の名前はニィニー、魔物はジャラ。二人は同じ村に住んでいた親友であり、今は仕事仲間といったところだ。この世界には二つの商会が存在している。一つはこの世界の経済を牛耳る巨大な商会、通称「スー商会」と呼ばれるものである。表向きは商いはもちろん、旅館経営や観光事業を展開しているが、その裏では様々な情報や武器の売買も取り仕切る。資金さえ用意できれば、武器や情報はもちろん、神器すらも用意することが可能だという。そう、資金さえ用意できれば……。そして、そのスー商会は掟が非常にシビアなことで有名だそう。不正を働いた者には容赦なく鉄槌を下すなど、あまり情報は出てきてはいないものの、それとなくそれっぽい話はあちこちで浮上している。
一方、ジャラとニィニーが所属している「イェン商会」というのは、情報がなくどんな組織なのかというのは全くの不明。だが、スー商会と張り合っているということだけはわかっている。それ以上の情報はどこにも出回っていない。そんなイェン商会に所属しているジャラとニィニーだが、これはある出来事を巡って調査を行う都合上所属しているだけ。本来は自力で探そうと意気込んでいたのだが、あまりにも情報がなく困ってしまいやむを得ず用心棒として所属という形をとった。しかし、情報はどれも空振りに終わり、代わりに二人の実績だけがうず高く積もっていくだけだった。成功率はほぼ百パーセントとかなりの実績を積んでいても、二人の顔が晴れることはなく、むしろ曇っていくばかりだった。
「……また無駄骨だったな。ニィニー」
「……でもまぁ、資金は稼げた。それでよしとしましょ。ジャラ」
二人が歩くその姿はいつの間に夜の闇へと溶けて消えていった。
数年前まで遡る。まだジャラとニィニーが村で仲良く遊んでいた時のこと。空は気持ちよく晴れ、畑の作物もすくすくと成長してくれそうなそんなぽかぽか陽気に、二人は村の中を元気に駆け回っていた。途中、作業中のおじさんにぶつかりそうになるも、明るい声で「ごめんなさーい」と言い、尽きることのない体力を村の中で発散させていた。
「はぁ……気持ちいいね。ジャラ」
「うん……ニィニー」
二人は大きな木の下で一息つきながら心地の良い風に頬を緩ませた。まだまだ走れそうな二人だったが、ふと視線を横切った一組が気になり息を止めた。
「……どうしたの? ニィニー」
「しっ……静かに……あれは……ジャラの両親? 何をこそこそしているのかしら……」
ニィニーに指をさされ、その先へ視線を送ると確かにジャラの両親がまるで人目を避けるように、どこかへと小走りで向かっている様子があった。普段は家の中で作業をしている時間なのに、なんで今日は外にいるんだろうと疑問に思ったジャラはニィニーと目で合図をし、後をつけることにした。気配を消しながらついていくこと数分、辿り着いたのは町はずれにある小さな祠だった。なんでもこの村には、とある言い伝えがありその言い伝えが本当ならば、誰でも願いが叶うというもの。ただし、それには毎年のお供えを疎かにしてはいけないとか、無暗に祠を開けてはいけないとか、いくつか掟があった。村の人たちはそれをきちんと守り、いつかこの村に幸せの風が運ばれることを願い、掟を守ってきた。
なんとなく嫌な予感がしたジャラの額には大粒の汗が浮かんでおり、それを見たニィニーも自身の胸の鼓動はいつも以上に跳ねているのがわかった。走っているときよりも早く跳ねている胸の鼓動は、嫌な予感を実現へと変えてしまうのではないかと思ってしまうほど、早く胸を打っていた。人気がないことを確認したジャラの両親は、再度辺りを警戒し誰もいないことを確認すると、掟を破り祠を開けてしまった。近くで耳を澄ましていたジャラは、自分の耳を疑った。
「これでようやく楽になれる」
「いつまでちまちました作業しなきゃなんないんだよ」
「ジャラも手伝ってくれればいいのに……まったく、憎いったらありゃしない」
両親の口から放たれた負の言葉。信じたくない……でも、今すぐ近くに立っているのは紛れもなくジャラの両親。認めたくない事実に頭を抱えていると、祠から灰色の煙が噴出した。
「うわっ! なんだこれ!」
「ちょっとあんた! なんとかしとくれ!」
げほげほとむせながら煙を払う両親。そしてその煙は突然吹いた風により向きが変わり、ジャラへと覆いかぶさった。
「げほっ! げほっ!」
「ジャラ! 大丈夫?!」
思わず声をあげてしまったニィニーの声に両親ははっとし、鋭い声をあげた。
「誰だいっ!」
自身の行動を恥じるも時は遅く、素直に姿を現すとジャラの両親はニィニーをぎろりと睨んだ。
「あんた……ジャラの友達よね。まさか、見ていたのかい?」
「……」
「無言は肯定とみなす。なら……仕方ないな」
そう言ってジャラの父親は懐から小さな刃物を取り出すと、一歩また一歩とニィニーへと近付いた。
「や……やめて……やめてよ!」
「恨むなら自身を恨みな」
父親が小さな刃物を振り上げると、ニィニーは思わずその場に蹲った。もうだめだ……そう思ったとき、鋭い金属音がニィニーの耳に響いた。ニィニーの前に立つ一人の魔物。だけどその服装はどこかで見たことがある……視線を下から上へとゆっくり動かすとあの特徴的な構えは……もしかしてと思い、ニィニーは思い当たる人の名前を呼んだ。
「……ジャラ?」
その声に反応したのは、その魔物の尻尾だった。ぴんとたち、まるで「そうだ」と言わんばかりだった。まさか……そんな。あの煙は人を魔物にしてしまうのかと思ったニィニーはショックのあまり、声を失ってしまった。
「……ジャラ? あんたが? そういえば、朝そんな服を着ていたね」
「……とにかく、見られたのであれば容赦はしない」
ジャラを嫌なものを見るかのような目で見てくる二人の視線に、思わずジャラはぐっと拳を握った。自分たちの身勝手のせいでこうなったんだろうと言いたいが、なぜか声が出ない。声が出ない代わりに溢れてくるこの力で、両親を叩きのめしてやろうかとジャラは得意の構えを取ると、ニィニーはそれをすぐに制しジャラの手を引いて逃げ出した。
「待て! 逃がさないよ!」
追いかけてくる両親からあっという間に距離を離したジャラとニィニー。後のことはもうどうなったっていい。今はとにかく、ここではないどこかに行くことが先だった。
村から離れた場所。二人は気持ちを落ち着かせるため、手近にあった切り株の上に座り込んでしまった。一体なんでこんなことになってしまったのか……それに、ジャラは魔物の姿になってしまったが、これは元に戻るのだろうかなど考えてしまうことは山積みだった。それと、村から離れている場所なのにもかかわらず、村からは騒がしい声が聞こえてくる。大体の察しはつくが、あとは村の人たちで処理をしてもらえばいいと思いジャラは膝を抱えた。
「ジャラ。あたしはずっと一緒だから。もしかしたら、元の姿に戻れるかもしれない。どこかに情報がないか、探してみよう?」
「……」
こくんと首を縦に動かすジャラにほんの少しだけほっとしたニィニー。保障はないけど、何もしないよりはましだと考え、ニィニーはジャラの手を取り歩き出した。
「行こう。これからはあたしたちの力だけで生きていかないと」
「……」
無言で歩いていくこと数時間。名も知らない町に足を踏み入れた頃には、すっかり日も暮れ肌寒くなってきた。どこも明かりは点いておらず、寒々しさが倍増していく中ひとつだけ明かりが点いている建物があった。特に表札などは出てはいないが……二人は意を決し、扉を押し中へと入った。
「いらっしゃいネー。ようこそ。イェン商会へ」
こうして、ジャラを元の姿に戻すための調査が始まった。それを祝福するかのように、少し音の外れたドアチャイムが二人を歓迎した。




