ストロベリートマトのサクサククレープ【竜】
義勇軍「暁闇」に随行する女性料理人─レギーナ。この義勇団において、欠かすことができない貴重な存在である。新鮮ミルクで作ったフレッシュチーズのような金色の髪を後ろで束ね、ぱりっと仕上げたコック服、首元には料理長の証であるオレンジ色のネッカチーフを緩く巻き、フリルの入ったエプロンの下には若草色のショートスカートを身に着け、今日も豪快に鍋を振るっていた。
「さぁさぁ、早く仕上げないと皆帰ってきちゃうよ! お腹ぺこぺこのみんなにとびきり美味しい料理で喜んでもらおう!」
一人で何役をもこなしながら、しかしその顔は心から楽しそうにしている様子に鼓舞された他のコックたちは最後の仕上げにとりかかった。ぴかぴかに磨き上げられた皿の上に獰猛なフレイムサラマンダーの肉を使用した炒飯、深い皿には野菜とランドドレイクの肉をたっぷり入れたスープがなみなみと注がれた。
「間に合ったね! さぁ、食堂へ運ぶわよ!」
お腹を空かせた戦士たちがよろよろと入るのと、食事が並べ終えるのはほぼ同時だった。まるでグールのようなうめき声をあげながら、しかしきちんと自分たちの席へ移動した戦士たちは出来立てほかほかのご飯を目の前にした途端、その目に光が差し込んだ。
「おお……いい匂い……スパイシーな香りがまた食欲をそそる」
「……あう……もう我慢できねえですぜ」
みんなが美味しそうな食事を目の前に涎を垂らしながら待っていると、キッチンの奥からレギーナが現れた。軽く手を叩き注目を集めると、ここにいる誰よりも動き回って疲れているはずなのだが、ここにいる誰よりも元気な声を挙げた。
「皆さん! 今日も一日お疲れさまでした! 今日もたっくさん用意してますので、遠慮なくじゃんじゃんお代わりしてくださいね! どうぞ、召し上がれ♪」
「「いだだぎまーーーず!!」」
我慢の限界を超えた戦士たちの声が食堂を震わせた。スプーンを使い、豪快に炒飯を頬張る戦士たちは、目をカッと見開き「うまーーーい!」と合唱した。
「程よい黒コショウがまたそそるな」
「それにこの肉、歯ごたえが丁度いいっす。もりもりいけるっすよ」
「おかわりー!」
「こっちもー!」
「はーい♪ ただいまー」
山盛りに作った炒飯とスープはものの数分で空っぽとなり、戦士たちは満足そうにお腹をさすりながら虚空を見つめていた。
「いやぁ……幸せだわぁ……」
「これで明日も頑張れるな……」
「ああ……味が消えていくのがこんなにも切ないなんて……」
食後のお茶を用意したレギーナは口々に言っている戦士たちの感想に心を弾ませながら、後片付けの準備を始めた。大きなシンクにお湯を張っている間に明日の料理の仕込みを手早く済ませ、丁度いい具合にお湯が貯まると戦士たちが洗わなくてもいいのではないかと思うくらいぴかぴかのお皿や深い皿を次々と放り込んでいき、目にも止まらぬ速さで洗っていく。それを次の料理人がすすぎ、また次の料理人が水切り板の上に置いた物を乾いた布巾できれいに水気をふき取り、またまた別の料理人がそれを食器棚に素早く戻していく。こうして後片付けが済み、レギーナ以外の料理人たちは各部屋へと戻っていった。
「さてさて、明日はどんな料理を作ろうかしら」
明日作れる料理を今か今かと楽しみにしているレギーナ。しかし、その思いは翌朝音を立てて崩れ落ちることになろうとは誰も予想できなかった。
翌朝。ルンルン気分でキッチンへ入ったレギーナ。そこである異変に気が付いた。確かに昨日、食材を仕込んで置いていたはずなのだがどこにも見当たらない。それどころか、キッチンはきれいさっぱり掃除がされているようにも思えた。
「あれ……? 誰か掃除してくれたのかな」
掃除してくれたのは嬉しいけど……一体誰が。今日は朝から近くの演習場で戦闘演習があるから、それに間に合うようにしないととはおもっていたのだけど……今から仕込めば間に合うか間に合わないかの瀬戸際だった。肝心の仕込んでおいた食材がないとなると、急いで別の食事を用意しないといけない。
「どうしましょう……うーん」
仕込んでおいた食材で作る気満々だったのだが、突如イレギュラーに見舞われ頭を抱えるレギーナ。手早く出来て、美味しくって……そして欲を言えば後片付けが早く済むもの……加えてみんなが大満足しそうなもの……。こんなにも条件が重なってくるとそんな都合のいいものはないかと必死に頭を捻ってみるも、中々いいアイデアが浮かばなかったレギーナはふと視線を動かした。
「こんなときは……」
壁にたてかけてあった愛用のピザピールを抱えながら考えることに。これがあるのとないのでは頭の回転が違うと本人は言っているのだが、傍から見れば「それがあったら重たくて余計に考えが巡らないのでは?」と思ってしまう。適度な重さがレギーナの肩にのしかかること数分、まるで星が降ってきたかのように頭がぱっと明るくなると、レギーナは大きな冷蔵庫をがばっと開けると、いつの日か仕込んでおいた白くて丸い物体がきれいに並んでいるのを確認した。
「これよこれ! いつかの自分を褒めたいわ!」
決まれば早速とばかりに、レギーナは鼻歌を歌いながら白い物を薄く伸ばしあり合わせの野菜を刻み、ぱらぱらとのせていった。たっぷりのトマトソースにペパロニソーセージ、それに負けないくらいのフレッシュチーズを散りばめてアツアツオーブンの中へと投入。その間に次に焼くものを手早く仕込み、順番待ちをした。やがてオーブンから香ばしい香りが漂い、レギーナの鼻孔をくすぐった。
「ん~、いい香り。もう少しで焼き上がりね」
オーブンの窓からぶくぶくとチーズが膨らんでいる様子を見て、レギーナはピザピールを準備。あとは経験と勘を頼りに取り出すだけ。
「おーい! おれたち、先に行ってる! 弁当はあと頼む!」
「え? もう少しでできあがるのに……しょうがない。準備ができたら持っていきましょう」
演習場まではそう距離はないので特に問題ないと判断したレギーナは、なるべくアツアツのままを持っていけるよう、ピザピールも熱しておいた。こうして既に何枚かのピザが焼き上がり、あとは持っていくだけとなりレギーナは自身の脚力を生かし、会場へとひた駆けた。
「それじゃ、行ってきまーっす♪」
アツアツピザピールを抱えながら、軽快に走っていくその姿はまるで飛脚そのものだった。料理人とは思えない尋常ではない体力に他の戦士たちも驚いていたのを思い出し、駆けながらレギーナはくすりと笑った。
「えへへ。小さい時から走るのは大得意だったんだから。みんな、待っててねー!」
更にスピードを上げて駆けていき、会場前へと到着すると既にお腹を空かせて倒れている戦士たちを発見した。すかさずレギーナがピザピールを差し出すと、匂いに気が付いた戦士たちの目がまたもや見開かれ、ピザに手を伸ばした。
「お待たせしました♪ 食事休憩ですよ」
「ああ……待っていた」
「おお……ピザとは中々面白い発想だ」
あっという間にぺろりと平らげた戦士たちは生き返ったかのように顔に生気を取り戻すと、次の試合でも頑張るよう気合を入れていた。戦士のみんなが試合をしている間、レギーナはキッチンへ戻り、また新たなピザを運ぶというサイクルを繰り返す。
「それって面倒くさくないですか? なんというか……非効率といいましょうか……」
料理人の一人がそう言った。確かに行ったり来たりするのは非効率かもしれない。だけど、それにはレギーナの思いが込められていた。
「みんなにはね、出来立てアツアツを食べてもらいたいの。それに、仕込んでいた食材がなくなってしまったのは、元を辿ればきちんと管理していなかった私の責任だもの。これは、しっかりわたしが責任を持って行うべきだわ!」
ふんすと鼻を鳴らしながら、オーブンの窓からくつくつと美味しそうな音をたてているピザとにらめっこをするレギーナ。それを皿拭きしながら見つめる料理人たち。
「さ、出来上がったわ! じゃ、行ってくるわね♪」
出来立てアツアツのピザを運ぶため、レギーナはまた演習場まで駆けて行った。
無事に演習は終わり、誰もケガをせずに済んだことをまずはみんなで褒めたたえた。帰り道にはお昼に食べたピザが美味しかっただの、また食べたいだのと大盛り上がりだった。戦士たちは疲れた体に鞭打ちながら帰宅をすると、そこには既に出来立てアツアツの料理がずらりと並んでいた。
「おかえりなさい! 準備は整ってるわ! さ、好きなだけ食べちゃって頂戴♪」
えへんと胸を張るレギーナの顔は、いつも以上に充実感に満ちていた。




