ふわふわ心地がクセになる? ホワイトピーチムース【神】
オリュンポスの宮殿の中で一人、真っ白なドレスのようなものを身に着けた女性が歩いていた。しかし、その女性はなんというか、やけに人目を気にしながらというかもじもじしながらというか……周りの人たちと同じように歩くことができないでいた。その理由というのも、一言で表すなら「すくすくと育ちすぎた」というべきか。真珠のように白い肌、プラチナのようなロングヘアーにすらりとした脚線美。そしてなにより目を引くのが、そのグラマラス&セクシーな容姿だ。男性のみならず、女性からも羨望の眼差しを受ける。だが、本人はそれがコンプレックスであり、目立たないよう露出の少ない厚着を好んでいる。
彼女の名前はウォルプタース。「喜び」を司る女神であり、人の笑顔が何よりも大好きな善人である。彼女から放たれる仄かに温かいオーラは人の心をネガティブからほんのちょっぴりポジティブに変える力があり、よく悩み相談を受ける。相談を終えた人たちの顔はみなすっきりしたように晴れ晴れとして帰るのだが、相談を受けた本人はというと何も変わらずといった様子だった。嬉しそうに手を振り帰る姿を見送りながら、一人になったウォルプタースは誰にも気が付かれないよう小さく溜息を吐いた。
「……なんで……なんで私の力は私自身に使えないのでしょうか……」
ウォルプタースにも抱えている悩みがあり、この悩みについてどう解決したらよいか……いつもいつもこのことばかり考えていると、自身に宿るこの力のあり方について何度も疑問を抱いてきた。だけど……。
「これは……きっと、私以外の困っている方専用の力ってことですよね。わかりました。この力は、困っている人たちのために使いますね!」
ものの数分ですぐにポジティブに変えることができるウォルプタースは、自身を勇気づけ次の相談者の名前を呼んだ。
相談も終わり、少し休憩をしようと外へ出たとき中庭の方が騒がしいことに気が付いたウォルプタースは、何事かと思い向かった。そこにはどこからか脱走してきたオリュンポスの怪物が好き勝手に暴れていた。あちこちでは悲鳴があがり、逃げるに徹する者や勇敢に立ち向かう者、または負傷した者を癒す者もいた。その光景を見たウォルプタースは一瞬、立ち止まってしまった。今、ここで見なかったことにすることもできる……だけど、今目の前で困っている人がいるのに……そんなことは……。唇をぐっと噛みしめ、ウォルプタースが下した決断は……。
「ち……ちょっとそこの魔物さん! あんまり暴れてはいけませんよ!」
できる限り声を張り、怪物に注意をした。その声にぎょっとした周りの人たちは声をかけるも怪物から注意をひきたくないので誰も声を発しなかった。
「皆さんが困っているんですから。さ、暴れていないでおうちに帰りなさい」
ウォルプタースが優しく諭してみたが、怪物は「なんだお前は」とばかりに大きく咆哮した。びりびりと体全体が震えるほどの迫力に、周りの人たちは一斉に逃げ出した。そんな中、ウォルプタースも逃げたかったが、ぐっと立ち止まり怪物をきっと睨みつけた。
「もう! そんな大きな声出しちゃ、ほかの人に迷惑でしょ! ごめんなさいをしなさい!」
「あいつ、今の状況を理解してるのか?」
「……多分、してない」
遠くでなにやら話し声が聞こえるがそんなことはどうでもいい。今は、この怪物を大人しくさせることに気持ちを持ってきているウォルプタースは精一杯叱りつけた。
「ほら。ちゃんと謝ればきっと許してくれるわ。私も一緒に謝ってあげるから、ね?」
「……話が通じる相手だと思ってるだと?」
「……ありゃあ、信じてるな。絶対」
またなにやら遠くで話し声が聞こえるようだが、ウォルプタースは全く気にしない。怖い気持ちの中、勇気を振り絞りながら声を張ったウォルプタースは何度も謝るよう促したのだが、怪物からすればなんのことだかさっぱりの状態。またひと際大きく吠えると、ウォルプタースは顔を真っ赤にしながら怒り始めた。
「も……もう怒りましたよ! ぼこっちゃうんですから!」
「……あれでボコる……? 冗談だろ」
「……いっそ夢であれ」
またまた遠くで何やら話し声が聞こえるも、ウォルプタースはぷんぷんと怒りながら忠告を続ける。しかし、怪物はそんなことはお構いなしとばかりにウォルプタースに襲い掛かった。巨大な尻尾をまるで鞭のようにしならせながら振り回すと、空を切る音が目の前から聞こえた。ウォルプタースにあたる寸でのところだったこともあり、さすがに腰を抜かすだろうと他人たちも思っていたのだが実際は違った。
「もう! 本当に怒りましたよ! ぼ、ぼっこぼこにしちゃうんですからね!」
本人は怒っているはずなのだが、ほかの人から見てどうしても怒っているように見えないこのギャップはなんなのだろうか。ウォルプタースは頬をぷくっと膨らませながら小さなボールのような神器を取り出すと、そこに何やら詠唱を加えると神器は白く光りあたり一面を白いノイズで埋め尽くした。
「私だって!」
ゆっくりとノイズが晴れていくと、さっきまでごうごうと唸っていた怪物はあっという間にぴくぴくと痙攣をしながら倒れていた。
「「ええーーー!!」」
周りにいた人たちはあの一瞬で一体なにがあったのかを知るため、一斉にウォルプタースに近付き理由を聞いた。
「おいあんた。あいつになにしたんだ?」
「どんな呪いをかけたんだ?」
「どこにそんな魔力がこもっていたんだ?」
などと聞いてくる人たちに戸惑っていると、理由を聞いてきた人の何人かはウォルプタースのことをじろじろと見ていたのに気が付き、恥じらいながらも顔を真っ赤にしながら怒った。
「もう! そんなにじろじろ見ないでください!」
ウォルプタースがそう叫ぶと、またさっきと同じような白いノイズがあたり一面に走った。白いノイズを真正面から受けた何人かは目をぐるぐる回しながら気絶し、その隙にウォルプタースはヒールをこつこつ鳴らしながら走っていった。
「もう……恥ずかしいです……」
ウォルプタースは自身に貯めこんだネガティブを開放し、攻撃することもできる。ただこれにはどうしても差がでてしまうという欠点はあるものの、怪物をやっつけてしまうほどであればそれ相応のネガティブ要素を貯めこんでおけば発動は可能だし、相手を気絶させるだけならそんなに貯めこむ必要もないためすぐに発動が可能である。今回、この怪物騒動の前にたくさんのネガティブ要素(どうして自分自身を前向きにできない事や、相談者の悩みが結構重たく自身にもあてはめてしまった事等など)を貯めこんでいたため、怪物を撃退することができたのは、不幸中の幸いだった。それにしても……。
「もう……みなさん、そんなにじろじろ見ないでくださぁああい!」
走るとどうしても抑えられない部分を見られているような気がしたウォルプタースの声は、終始羞恥の色に染まっていた。




